紅蓮の炎が城全体を包み、逃げ惑う人々の行く手を阻む。

もともとは大国の王の居城であったその城も、今では城壁が崩され、無残な姿をさらしている。

城だけでなく、城下の住宅街にも火は回り、後世で言う歴史的な建築物をことごとく炭に変える。

 

飛び散る火の粉が誰かの服にかかる、と同時に燃え上がる人々。

後ろから何者かに追い回され、背中から真っ二つに切られる者、

命乞いをして、なお生への執着を見せる者、それをあっさりと奴らは斬る。

 

慈悲など無い、感情など無い、彼らの頭には"大命"と言う言葉しかない。

血を流せ、血脈を通せ、そして、数億にも昇る生贄で世界を埋めよ。

"大命"を遂行し、我らの邪魔となるものすべてをこの世から滅ぼせ。

 

そのために犠牲になっている人が、今この場所にたくさんいた。

くだらない、"大命"なんかの為に犠牲になっている人々が、こんなにも。

高々十二人の魔道師によって、一夜にして数十万人の人、十もの国がこの世から消えた。

 

そんな中、とある少年が今滅びようとしている城下町に潜んでいた。

少年は諸国を放浪し、この町に辿り着いた。 

少年がこの城下町に滞在しようと思ったのは、単なる偶然だった。

 

しかし、偶然は必然。 少年の求める敵は、その国を襲った。

深夜、人々が寝静まり、仲の良い者は朝までのひと時を楽しもうとしていたとき、

紅蓮を帯びた鏃(やじり)の嵐がその国の王が住む城、"アルマゲスト"に降り注いだ。

 

後世で言うローマ帝国時代の数学と天文学の専門書と同じ名前を持つ城は、

一瞬の出来事に全く対応することができず、烈火の矢をまともに受けた。

 

鉄壁を誇るはずの城壁が一瞬のうちに瓦礫と化し、

燃え盛る炎は勢いを失うことなく城内のあらゆる生物を焼き殺し、

崩れた瓦礫の下敷きとなる者、火の矢をまともに暗い、その場で消し炭と化した者、

さまざまな人間の思いが、わずか十分足らずの間に打ち砕かれた。

 

彼らの望みは"大命"を果たし、世界を変えることのみ。

そのために集まった十二人の魔道師たち。 

彼らの目的は誰も知らない、彼らが目指す先に、彼ら以外の人はいない。

彼らを止めるものはいない、彼らはただ進み続ける、"大命"を果たすために。

 

そんな彼らを阻むために、少年はこの国にやってきた。

そして今、少年は十二人の一角を崩している。

 

つまり、彼らにとって少年は、"大命"を果たすためには邪魔な存在。

だが、彼らは少年が自分たちと同じ国にいるとは知らない。

少年も、彼らの標的となる国に、自分がいたことを知らない。 

ただ、"する側"と"される側"には違いがある。

 

 

自分の目的の相手が来たかどうか知ることができるか、できないかだ。

 

 

少年は紅蓮の矢が降り注いだと同時に行動を起こしている。

対して、彼らは少年が行動を起こしたことすら知らない。

 

この"差"が、彼らの破滅を招くとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

薄暗い路地裏にも、燃え盛る火の光が差し込んでいる。

そのため、身を隠す場所を探して少年は走っていた。

 

ごみを回収する木箱の陰、その辺の酒場の看板、

その辺の民家は中まで火が回っているものが多く、入れそうに無い。

かといってこのまま路地だけを逃げ回るのは無謀だった。

 

(相手は、残り九人。 でも、今のままじゃ、確実にこっちがやられる………!)

 

その辺においてある樽を蹴飛ばし、路地裏を走り回る。

本来であれば、ごろつきの集団の一つや二ついてもおかしくない路地も、今では静まり返っている。

皆、空から降り注いだ紅蓮の鏃に貫かれ、焦がされ、燃やし尽くされてしまったのだろう。

辺りにはその亡骸や、元は人間であったものの消し炭みたいなものが散乱している。

 

少年は後ろに人影が無いかを確認しながら走る。

彼の首にはネックレスが吊り下げられており、それが走るたびに擦れ、音を立てる。

彼が羽織っているのは西洋のマントに酷似した布、

それに現代で言う空色のTシャツの上に木綿でできた上着を羽織っている。

 

「くそったれ………、うわっ!」

 

少年は前方に気を取られすぎていたのか、足元の樽に躓き盛大に転ぶ。

頭から樽の軍勢の中へ突っ込んでいくその姿はとても滑稽に映る。

 

そして、樽を倒してしまったことによるデメリットが一つ。

樽に限らず物は、倒してしまうと大抵音を立ててしまうのである。

 

その例にもれることなく、少年が蹴倒してしまった樽は盛大に音を立てた。

そして、その音は確実に少年の敵、九人の魔道師の耳に届いた。

 

「やばっ!」

 

あわてて立ち上がり、その場から離れようと走り出す少年。

しかし、その行く手を虹色の結界が阻む。

 

壁に激突する寸前で少年は急停止し、振り返って愕然とする。

そこには、黒のローブをまとった魔道師が一人立っている。

彼、いや彼女かもしれない、の右手には黒色のクリスタルを取り付けた杖が握られている。 

そしてその杖の先からは、灰色の光がほとばしり始めていた。

 

「見つけたぞ………、"大命に仇名す者"!」

 

声から相手を"彼女"だと少年は判断する。

少年は魔道師の攻撃に備え、拳を握る。

 

魔道師は空気の槍を二本、少年に向けて飛ばす。

少年は前転でそれをすれすれでかわし、腰に下げていた剣を振りぬく。

 

思ったより接近戦に慣れていなかったのか、魔道師はいとも簡単に少年に斬られ、絶命した。

少年は結界が途切れたことを確認すると、路地を走ってひたすら逃げる。

 

「今ので十二宮はってるのか? はっきり言って前の三人より弱いじゃんか」

 

「ほう、それは聞き捨てならんな」

 

走りながら愚痴をたれていた少年の前方に男が現れる。

地面に魔方陣が出ていたことから推測すると、男は転移魔法で現れたようだ。

 

今までの相手とはレベルが違うと思われる相手の出現に、少年の額に汗が吹き出る。

背筋が凍るかのような威圧感が路地裏全体を侵食している。

 

急停止して腰に携えた剣を鞘から引き抜く少年。

少しくすんだ銀色の刃に炎に飲まれていく町の光景が反射する。

両手持ちの柄を握り、切っ先を相手に向け、少年は戦闘体勢をとる。

 

「そう急くな、"大命"を遂行し終わるまでは手は出さん」

 

「それは全員で俺のことを囲んで倒す、そういう意味と取って良いか?」

 

「どういう意味にとるかは人の自由。 よって君がどういう意味に取るのも自由だ」

 

男は杖を構えたまま少年に語りかける。

少年はじりじりと間合いを計り、攻撃をする機会をうかがう。

 

燃え盛る町の中にあって、この二人がいる空間だけが異常。

火の粉の一つも飛んでくること無く、人々の悲鳴が聞こえてくるわけでもない。

完全なる密室。 隔離された空間に、少年と男は取り残された。

 

人が四人もいれば狭くなりそうな幅の路地裏に、少年は立っている。

駆け出せば四歩程度で男の喉笛を掻き切る事ができる距離。

しかし、男から見ればこれは距離ではないことを少年は知っている。

 

少年が言う大命を果たすもの、"十二宮"は皆すべて、歴戦の魔道師だ。

もちろん、飛び道具が使えない魔道師など一人もいない。

 

このままの硬直状態では自分が完全に不利になるのは時間の問題、

そう考えた少年は剣を水平に構え、男に向かって突進する。

 

わずか三歩で距離を詰め、剣を真横に振りぬく、

それと同時にローブの切れる感触と、誰かが跳びあがる音が響く。

慌てて上を見た少年の目に、炎弾が降り注ぐ景色が入ってくる。

 

前転で炎弾を回避し、少年は男の着地地点に向かってナイフを投げつける。

手製のナイフは男の張った障壁に弾き飛ばされ、地面に転がる。

男が新たな炎弾を生成する前に少年は男の懐に飛び込む。

 

横薙ぎ、縦振りに剣を振り、男の胴体を切り裂こうとする。

しかし、男は冷静にそれを杖で受け止め、呪を紡いでいく。

左斜めからの袈裟切りを受け止められ、足を払われる少年。

 

「飛べ、フレイムシュトリングス」

 

男が放った火炎が地面を這い、少年を爆発で吹き飛ばす。

全身に高温の炎を浴びせられた少年は、壁に激突する。

 

「ぐっ………、っは!」

 

肺から思い切り空気を吐き出され、熱さに唇が少し焦げる様な匂いがする。

痛みにのた打ち回ることなく自分の服でくすぶっている火を消していく少年。

少年は剣を手に取り、それを支えにして立ち上がる。

 

「………何故、立ち上がる?」

 

少年は男の質問に答えず、先ほどと同じように剣を構え、突っ込む。

男は少年の斬撃を軽くいなし、杖で少年の顔を殴り飛ばす。

地面に叩きつけられた少年に向かって、男は追撃の炎弾を飛ばす。

 

地面に着弾した途端に爆発したそれをまともに食らう少年。

かなりの距離を転がり、壁に当たったところで停止する。

 

少年の剣はすでに原形を留めてはいない。

あれだけの高熱にさらされたのだ、普通の剣なら当に鉄屑と化している。

 

荒い呼吸を繰り返す少年に男は尋ねる。

 

「何故、君は立ち上がる。 何故、我らが"大命"の邪魔をする?」

 

「その"大命"の先に、果たして何がある。 永遠の先に残るのは、単なる苦痛だけだ」

 

少年は壁に手をつきながら立ち上がる。

彼の呼吸は荒く、足はすでに限界なのか、膝に震えがきている。

恐怖と緊張、そして少年が"本気で戦えない理由"が少年の体に疲労となって現れている。

 

「違うな、永遠の先にあるのは絶対的な楽園、この世の真理を知る時間だ。

 そのための大命、そのための生贄、そのための、"九星の秘術"だ」

 

男は両手を掲げ、天を仰ぐ。

 

「我々人間にはまず時が足りない。この世を知る時、心理を理解する時、

 そして、心理を理解した者が、この世のすべてを統べる時だ」

 

少年は黙って男の話を聞く。

 

「そのために我らが主が見つけ出したが"九星の秘術" 太古の昔の………」

 

 

 

「だからこういう勘違いしてる連中って嫌いなんだよ」

 

 

 

明らかに口調が変わった少年。

男は少し驚いたように少年に視線を向ける。

 

「勘違い………?」

 

「そんな秘術、許されてたまるか。 永遠だかなんだか知らないけれども、

 誰かの幸せ奪ってまで達成して、得るような代物じゃないんだよ、それは」

 

「君は………、何を知っている? 我らの儀式にことごとく介入し、

 あまつさえ同胞の命までを奪った。 君は………、いったい何者だ?」

 

男は少年の言葉が理解しきれないかのように尋ねる。

少年は瞳の奥に強固な意志を宿しながら、哀れな男を見る。

 

 

「ったく面倒くさいや。 こんな印一つで永遠に転生繰り返すなんてなぁ!」

 

 

少年は羽織っていた上着を乱暴に脱ぎ捨て、放る。

少年が上着の中に着ていたのは現代で言うTシャツのような服。

そして彼の首筋には、真っ赤な不死鳥のエンブレムが浮かび上がっていた。

 

円の中に不死鳥が描かれているその紋章を見て男は目を見開く。

九星の秘術、その方法が書いてある書に刻まれていた刻印も、不死鳥であった。

 

「君は………、まさか………、"九星の民"………」

 

「そんな大層な民ではございません。 俺は単なる………」

 

化け物だよ、と少年は言い放った。

と同時に少年の右手に紅蓮の炎が集まってくる。

猛り狂う炎は剣の形を成し、少年の道を切り開く剣となる。

 

「さあて………、ん?」

 

少年があたりに現れた気配を察知する。 その数、総勢八名。

民家の屋根に登っている者、路地裏の道から出てくる者、

転移魔法で少年を取り囲むように現れる者、様々だ。

 

それぞれが思い思いの形状の杖を手にし、少年に殺気を向ける。

久々に感じる命のやり取りの空気を感じながら、少年は気を昂ぶらせる。

 

 

「いいぜ………、かかって来いよ! 地獄の果てまで付き合ってやるからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やわらかな陽光が降り注ぐ木の下で、赤い髪の少年が寝息をたてている。

その傍では、ゲートボールに興じる少女と、それを応援している少女がいる。

 

「ん………、ふぁ………」

 

少年はゆっくりと目を開き、大きく伸びをする。

欠伸とともに、大きく息を吐いてから少年は日光のまぶしさに目を細める。

 

気が付くと、少年の妹、八神はやては少年に体を預けて眠りに入っていた。

起こすのはかわいそうだ、と判断した少年、八神ひかるはそのまま木の幹にもたれかかる。

 

ボーっとした頭が思い出すのは先ほどまでの夢。

九星の秘術なんて言葉を思い出したのは何百年ぶりだろう、とひかるは思う。

あの後、自分がどうなったかは覚えてはいない。 記憶にない。

どうせ死んでしまっても転生ができるから問題は無かったし、と彼は思う。

 

珍しく仕事を休んだ彼の服装は空色のTシャツに青色のジーンズ。

奇しくもあのときの服装と、似ているものがある。

 

少年がもう一眠りしようかな、と思い目を瞑ろうとすると、

不意に、首筋に痛みのようなものが走った。

 

少年が首筋を見る前に、赤毛の少女、ヴィータが近づいてくる。

やってきたヴィータの額にはうっすらと汗が出ていた。

どうやらゲートボールに相当熱中していたらしい。

 

「いやー、やっぱ炎天下じゃじいちゃんばあちゃんには結構辛いよな。

 あれ? お前首のそれどうしたんだよ、今までは無かったろ?」

 

気づかれたか、とひかるは心の中で思った。

でも別段知られても問題は無いので、素直に質問に答えることにした。

 

「これは……、"呪い"なんだよ」

 

「呪いってあれか!? はやての足が動かなくなったような奴か!?」

 

思いっきり慌ててひかるの顔を覗き込むヴィータ。

ひかるはとりあえず自分の体に異常は出ないことを伝える。

 

「なんだー、よかったー」

 

無い胸をなでおろすヴィータ。

その様子が少し滑稽に見えるひかる。

 

「でも、俺にとってこの呪いが害になるのか、それとも無害なのか」

 

それだけはいまだに判断できないんだよなぁ、とひかるは呟く。

不死鳥をかたどった紋章に手を触れながら。

 

 

 

 

 


 

 

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