むにむに。


ふにふに。


むにょーん、むにむに。


「………あの、はやてさん?」

「ええなぁ、こないにやわらかいもの久しぶりやわ〜、シグナムのに匹敵するな」

「ええと、そろそろ離してくれます?」

フィリスが自分に組み付いてくるはやてにそういうと、はやてはにまぁ、と笑みを浮かべて、

「なんやのん? 恥ずかしいん?」

「そりゃ恥ずかしいですよ! だって………」

フィリスは強引にはやてを振りほどき、それから叫んだ。



「最近太ってきた二の腕やお腹触られてるんですから! それもいやらしく!」



フィリスが羞恥心に顔を赤らめるのを見て、はやては苦笑いを浮かべる。
涙目になっているフィリスの隣に座り、はやてはフィリスの頭を撫でてやる。

「あはは、ごめんなー。 せやけど気持ちええんやもん、フィリスさんのお腹」

「言わないでくださいっ!」

目じりに涙をためて懇願するフィリス。

「んで、ダイエットでもしようかってことで私のところに来たんやっけ?」

「そしたらはやてさんが触診とか言って触ってきたんじゃないですか!」

「堪忍なー、最初は本気だったんやけど、触ってるうちにこう、なんというか」

完全にセクハラです、と言いながらフィリスはティッシュで鼻をかむ。
もはやはやては完全に苦笑いするしかなかった。

「せやけど、何でいまさらダイエット? そないなことせんでもお兄ちゃんに頼んでフレーム調整してもらえばええやん」

「それが言えたら苦労しないんです。 少しは理解してください」

深いため息をついて、フィリスはソファに腰掛ける。
それを見たはやてはにんまりと笑みを浮かべて、

「せやな〜、大好きな人に太ったんで細くしてくださいとは言えへんわな〜」

ぐさり、とフィリスの心に極太の楔が一本刺さった。
それをえぐるようにはやてはフィリスを言葉で攻める。

「それも、家事手伝いをサボったうえに味見ばっかりしてたから、なんて絶対に言えるわけないやろな〜」

はやての攻めが思った以上に効いたのか、フィリスは重石を乗っけられたかのように動かない。
初めは微笑みながら静観していたはやても、あまりに動かないのでひょいと顔を覗き込む。

「あー、その、ごめんなー。 まさか泣いてまうとは………」

「謝ってもらっても痩せるわけじゃないです………、それと泣いてなんかないです」

ひざを抱え込んで呟くフィリスの隣に寄り添うはやて。
よしよし、と言いながらはやてはフィリスの頭を撫でてやる。

数分ほど経って、フィリスが少し落ち着いてきたところではやては話を戻す。
いや、戻そうと努力だけはしたのだが、

「さて、ここいらで真剣にダイエットの方法を………、ってフィリスさん? うにゃあ!」

「いいですよねー、はやてさんは。 ダイエットとか気にしない成長期で………」

フィリスがはやての背中側からはやてを抱きしめ、その腹部をさすっている。
いくら友人の間ではそういう異名で通っているはやても、いわゆる"大人の手つき"には免疫がないようだ。

「ちょっ、フィリスさっ………! そこ………、ひゃあんっ!」

「ふにふにしてますねー、はやてさんのお腹……。 肉付きもよくて、健康的ですよね………」

撫でさするように這わせたり、時折優しく摘むようにしてフィリスははやてのお腹をさすっていく。
その度にはやては身を捩じらせていつもからは想像できないくらいに羞恥に顔を赤くしている。

だんだんと激しさを増してゆくフィリスの手は、はやての太ももへと攻撃目標を変える。
腹部を愛撫される快感をこれでもかと堪能させられた後、はやてはさらに攻め立てられる。

「フィ、フィリスさっ、だめやて、そこっ、ふぁぁっ! 息、息吹きかけたらだめぇっ!」

肉薄するという言葉が本当にふさわしいくらいにフィリスの顔が太ももに近づいている。
フィリスが言葉を発するたびに、その花びらのような唇から漏れる吐息がはやての感覚をくすぐる。

自身の太ももを這ってくるすべすべの皮膚の感触と、生暖かい吐息にはやては身を捩る。
しかし、フィリスがその程度ではやてを許してくれるはずもなく、彼女の手ははやてのふくらはぎを一通り撫でる。
指先をなぞるように這わせ、はやてはその快感に背中を弓なりにそらす。

そしてフィリスのしなやかな指先がはやての胸元へ向かおうとしたそのとき、



「い、いい加減にしてくださいっ!」



はやての精一杯の力を込めたチョップがフィリスの脳天に突き刺さる。

「はぐっ! ………あれ? 私はいままで何を?」

ようやく正気に戻ったフィリスをはやては自分の胸元を両手で隠しながらにらみつける。
頭の上に?マークを浮かべるフィリスをいいだけ威嚇した後、はやては涙をぬぐう。

「お、覚えてないならもういいです。 私かて似たようなことやってたし………」

はやては苦笑いを浮かべつつも警戒を解かずにソファに座りなおす。

「んで、結局なんでダイエットしたかったんでっしたっけ?」

「えーと、ひ、ひかるさんに最近ふっくらしてきたね、って言われたからです。 ご飯食べてるときに」

あははは、と乾いた笑みを浮かべてフィリスを見るはやて。
自分も少なからず、いや、正確には三回くらい兄に言われたためしがあるからだ。

「それで、ダイエットを決意?」

「はやてさんは決意しないんですか?」

フィリスからの純粋な質問に一瞬返答に詰まるはやて。

「私は………、まだ成長期ってことでお兄ちゃんから止められとるし………」

「じゃあはやてさんも一応体重のことについては悩んでるんですね」

「ええ………、やっぱりその、重いよりは軽いほうがいいかなー、って」

取り繕ったような笑みを浮かべながら頭をかくはやて。
実際のところ、ひかるに嫌われたくない、という思いが大きかったのは内緒だ。
ただ、そのひかるには思いっきり心の中を見透かされていたと言うのはもっと内緒だが。

「で、何かいい方法とかありませんか?」

「いい方法って、簡単にやせられる方法?」

違います、とフィリスは即答する。

「ひ、ひかるさんにばれないようにすることです」

その部分だけ、フィリスは誰にも聞こえないようにこっそりと言った。

「あー、やっぱりお兄ちゃんには知られたくはない、と」

「だって、ばれたら恥ずかしいですし。 それにおおっぴらにやるのも恥ずかしいんです」

恥ずかしがりやな性格がもろに露呈しているフィリス。
この前見せたあの男らしさはどの世界へ消えていったのだろう。
もしかして、幻覚? とはやてはひそかに思っている。

「う〜ん。 やっぱり一番いいのは運動して、それでご飯の量を加減することやね」

「でもその場合、ご飯の量増やしたことですぐにばれますよね」

再び腕を組んで考え出す二人。

「運動って言えばはやてさんは結構運動してますよね」

「あまり運動神経ええほうやないけど、訓練が一応あるから」

「もう立派な捜査官ですからね。 ひかるさんも喜んでましたよ」

「お兄ちゃんは一つの部隊の隊長さんやないか。 私とはランクが違うで」

はやてはキッチンに移動し、冷蔵庫から麦茶を取り出してくる。
それを見たフィリスは、食器棚から透明なコップを二つ取り出し、テーブルに置く。

「どっちもお仕事していると言う点では変わりませんよ♪」

「給料も一・五倍近く違うし、仕事内容も結構違うもんやで」

結露の水がすばやくまとわり付くくらいに冷えた麦茶をグラスに注ぐ。

「それよりもダイエットについて考えましょう」

「せやったなー。 なんか効果的でばれないダイエット方法は………」

そこまで口にしてから、はやてはふとあることを思い出す。

「ダイエット用のドリンクがあったなぁ。 確か"ファスティングジュース"とかいうやつ」

「な、何ですかそれっ!」

はやてが何気なく口にしたワードに、強烈な反応を見せるフィリス。
彼女の体からはやせたいという思いがひしひしと伝わってくる。

「栄養をきちんと取りつつ、やせるためのドリンクで、確か一週間くらいで届くはずやな」

「それ、ぜひ注文させてください!」

「まあええけど、あまり期待するものやないでー」

はやては軽く流していたが、フィリスは相当本気らしい。
なにせ、もうすでにカタログを開いて注文したのだから。
























「んで、フィリスが最近飯食わずにどこか行っていた訳がそれだってか?」

頬杖をつきながらはやての兄、八神ひかるははやてに尋ねた。

「そう。 と言うよりはそれ以外に考えられへんのよ」

ひかるの真向かいに座っているはやては、腕組みをしながら質問に答える。

「乙女の悩みってなぁ大変なものだな」

「お兄ちゃん男の子やないか。 なんで私たちの悩みがわかるん?」

それはな、といいながらひかるは席を立つ。


「昔女の子だったからだよ♪」


鳩が豆鉄砲を食うとはこういうことなのだろうか。
はやては驚いた顔のまま動くことができない。

「だって、今お兄ちゃん男の子やん」

「そう、でも昔は女の子だったりもしたの」

いつものひかるの声からは考えられないくらい、透き通った、透明な声で、
そう、まるで歌姫のような女性的な、小鳥のさえずりのような繊細な声で。


八神ひかるは昔の自分を垣間見せた。


「フィリスは二階にいるのか?」

「多分、自分の部屋でダイエット中やと思う」

そう、とひかるは言い残して二階へ続く階段をゆっくりと上っていく。

「そしたら、少しばかり慰めに行ってあげるかな」

ゆっくりと上っていって、そうして一つの部屋の前でとまる。
ひとつ、ふたつ、ノックをしてから扉を開けて、中に入る。

部屋の中はこざっぱりとしていて、右隅にベッド、左端に洋服箪笥、その手前側に本棚。
そして八神ひかるが探していた人物は、その部屋のベッドの上で本を読んでいた。

「フィリス、ちょっと話があるんだけどいい?」

フィリスは読んでいた本をベッドにおいて、ひかるのための座布団を出す。
無言で促されつつ、フィリスの置いた座布団に座るひかる。

「それで、何の用でしょうか」

「うん、最近やっている断食の件についてなんだけど」

ビクッ、っとフィリスが反応する。

「あれ、俺が不用意なこと言ったせいらしいじゃん、だから謝ろうと思って」

「え、えと。 誤るって何をです?」

挙動不審になりながらも、平静を装うフィリス。
しかし、額に汗をかいている時点で、平静さは隠しきれていない。

「いや、肉付きがいいとかいったんでしょ、俺ってデリカシ−ないからな」

「そ、そんなことないですよ」

フィリスは手を振りながら否定する。

「ま、でも努力してくれたのはうれしいと言うか、だけどダイエットはもうやめていいからな」

「は、はい………」

しゅんとなるフィリスの耳元にひかるは近づいて、一言だけささやく。
それを聞いたとたん、フィリスの顔が真っ赤になり、それから素敵な笑みへと変わっていく。

ひかるの言葉を聴いたあとのフィリスの笑顔、それは、




恋する乙女のものだった。










あとがき、

どもこんちは、久しぶりの小説の更新です。
中編より先にこっち出したわけは、ぶっちゃけ中編が気乗りしないからです。
できる限り早めに更新終えたいんですけどね。

それと、今回の話は琥珀さんからのリクエストになっているんですが、
これでいいんでしょうか!?(涙目
これで本当にリクエストに答えたことになるんでしょうか!?

うう、自分の構成力のなさに本気で 糸色 望した!

いつかリベンジを誓って。

それでは。







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