海鳴市中丘町の住宅街。

そこにある一軒の家の前で、少年は歩みを止めた。

 

「これが、はやての家」

 

さほど特徴のない家を見上げながら、少年、八神ひかるは言う。

 

「そや。それじゃ、場所もわかったことやし、一緒に入ろ?」

 

はやてはひかるの手をとり家のドアを開ける。

ばつが悪そうに顔をうつむかせながら家に入ったひかるの目の前には、

 

シグナム、ヴィータ、シャマル、そして犬型のザフィーラがいた。

 

そしてそれぞれの目には、何かしらの感情が宿っていた。

 

「はやてちゃん、その子は………」

 

「えーと、まだ話とらんかったか? 今日からうちに住まわせます、私の、お兄ちゃんです」

 

「でもその子……………」

 

「ま、まあ急には慣れないかも知れへんけど、その、できる限り、仲ようしてな?」

 

そういうとはやては靴を脱いで家に上がる。

ひかるは少し前へ進み出て、立ち止まった。

 

うつむいたまま動こうとしないひかるに近づこうとしたはやてをシャマルが止める。

ひかるは顔をあげるとシグナムとヴィータの目をまっすぐに見る。

 

ひかるの目には感情がこもってなく、

ただ、恐怖の、不安の表情が色濃く出ていた。

 

その顔を見て、シグナムはふう、と息を吐いた。

 

「まったく、そんな顔をされてはこちらも言うことがなくなる」

 

「だな」

 

シグナムはリビングに向かいながら手招きをする。

 

「入れ。 いろいろと話したいこともあるしな」

 

「え。 あ、じゃあ、………お邪魔します」

 

「待った!」

 

靴を脱ぎかけていたひかるをヴィータが止める。

 

「はやてがああ言ったからにはお前はこれから八神家の一員になるんだろ?

 そんなやつが、まるで他人の家に入ってくるような台詞をはくんじゃねぇよ」

 

「……………………………………」

 

「言えばいいだろうが。九年ぶりなんだろ?」

 

その言葉を聞いてひかるはうつむきながらも、笑った。

 

「ここに引っ越してきてからはまだ一度も入ったことないけれど………」

 

靴を脱いで、玄関に上がって、

九年ぶりに、帰ってきた、別の場所にあった我が家で、

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

ひかるは、帰還の言葉を言った。

 

 

 

 

 

 

「さて、まず何から話そうか」 


ソファに腰掛けたシグナムが言う。

 

「別に……、何でもいいですけど」


ひかるは出された緑茶を飲みながら答える。

 

「とりあえずのところ、本当に主はやてとお前が兄妹なのか、そのあたりのことがわからない限り、こちらも対応しづらい」

 

「まあ簡単にいうなら証拠はあるのかってことだな」

 

「証拠………、とりあえず似てるって事だけじゃ………、ダメか」

 

はあ、とひかるは息を漏らす。

 

「まあいい、その件は後回しにするとして、問題は次だ」

 

「次……………?」

 

「そう、これが結構重要な問題なんだよな」

 

なんなのだろう、という顔をしているひかるにヴィータは顔を近づけて、

 

 

「おまえ、料理上手?」

 

と聞いた。

 

そしてその言葉にひかるは思い切り面食らった。

 

「いや、うちには微妙な料理作る騎士がいてな、できればはやて以外に料理つくれるやつがいれば……、って」

 

「別に………、そんなに下手じゃない、と思う」

 

「そしたら、できれば料理当番勤めてくれねぇ?シャマルの作る料理はどーも味が微妙で………」

 

ヴィータがひかるに耳打ちした瞬間、

ヴィータは誰かに頭をむんずとつかまれた。

 

「さーて、ヴィータちゃーん?少し私とお話しようか………」

 

ヴィータを殺気がこもった目で見つめるシャマル。

手には包丁やら何やらが握られていた、相当怖い。

「そ、そういうわけだからな、頼んだぞ」

 

「うん。 初めて話したばっかりだけど、君の犠牲は忘れない」

 

ずるずると引きずられていくヴィータを敬礼して見送るひかる。

そしてヴィータの姿が見えなくなったとたん、

 

誰かの絶叫が響いた………

 

 

 

 




 

そして午後五時。 夕飯の買い物時で、夕暮れ時。

はやてとシャマルが買い物に出かけ、少し静かになった八神家。

 

新しくこの家の家族となった少年、八神ひかるはソファに座ってテレビを見ていた。

 

とはいっても現在のひかるは半ば放心状態、

思い出に浸っている、というのが正しいだろう。

 

そんな彼の横に、ヴィータはゲーム機を置いた。

そしておもむろにそれを起動、
テレビ画面にゲームのタイトルが表示される。

 

それを興味なさそうに見つめていたひかるにヴィータはコントローラーを手渡す。

 

ひかるがきょとんとしているうちにヴィータはキャラ選択を済ませてしまう。

仕方がなさそうにひかるもキャラを選択、

 


 

そしてゲームが開始された。

 

 

 

「あのさ、これって対戦型?」

 

「そうだけど」

 

「ルールとかわかんないんだけど」

 

「簡単。ただ目の前の敵を倒せ、それだけだ」

 

「なるほど」

 

ひかるはお茶を飲み干す。

 

「シンプルでわかりやすくていいね」

 

その言葉を言うが早いか二人は画面内で激突する。

現実での両者の実力差を考えると負けるのは間違いなくヴィータ。

 

しかしこれはゲーム。

この場合、強いのは経験をつんだヴィータのほうである。

 

そしてそれを実践するかのようにヴィータはひかるに圧勝。

画面に出ている『You Win』の文字を見てひかるはため息をついた。

 

「よし、まずは一勝」

 

「…………………………」

 

あからさまに『こんなもので勝ってうれしいのか』という顔をするひかる。

その顔を見て、ヴィータは少しづつ語り始めた。

 

「お前、あたしたちのこと、どう思ってる?」

 

「さあ、まだ会ってから三時間くらいしかたってないし。 感想も何もあったものじゃない、ってのが本音」

 

あたしもそんなもんだよ、とヴィータは言う。

 

「でも、あたしは別にお前が八神家の一員になることが嫌なわけじゃない。

 ただなんとなく、嫉妬って言うのかな、そんな気持ちが心のどこかにあるだけだ」

 

嫉妬ねぇ、とひかるは感想をもらす。

 

「そう、嫉妬。 いや、嫉妬って言うのも少し間違いかもしれない。

 ………怖いのかもな、お前に、はやてのことを取られちまうかもしれないって事が」

 

ヴィータの独白をひかるは無関心に聞いていた。

その中で、ひかるは思った。

 

八神家という『つながり』は、とても強いものなんだと。

自分のいない間にはぐくまれた、守護騎士たちとはやての絆はとても強いんだと。
それこそ、いまさら自分なんかが割り込むことを許さぬくらいに。

「なにせお前はあたしたちよりはるかに強い、実力だけでなく、血縁関係とかからもな」

  

「でも、一緒に過ごした年月は、君たちのほうがはるかに上」

 

俺にはそれがうらやましく思えるけどな、とひかるは言う。

 

「だから大丈夫だと思う。 俺ははやてを独り占めになんてしないし。 

 それに、『家族』っていうのは、支えあったりするものだと思ってる」

 

だから俺も嫉妬しているのかもしれない、とひかるは結ぶ。

 

「お前がか?」

 

「そう。 君たちの『つながり』の強さにね」

 

その言葉を聞いて、ヴィータはしばし考え込む。

そしてふと顔をあげたときには、

 

 

ぎこちない雰囲気が、いつの間にか消えていた。

 

 

それを感じて、ヴィータはフッ、と息を漏らす。

 

「どうした?」

 

「いや。 あたしもお前のこと、『家族』って認め始めたんだなって」

 

それはよかった、とひかるは呟く。

 

ヴィータは一度ひかるの方を見てから画面に目を戻す。

すでにそこではゲームが始まっており、

ヴィータのキャラはHPが半分ぐらいまで減っていた。

 

「とりあえず、なんだけどさ」

 

「ん?」

 

「当面は、お前があたしの目標。 お前に匹敵するだけの力をつけられたら、はやてのことも、絶対に護れると思うから」

 

その言葉を聞きつつヴィータの猛攻に耐えるひかる。

しかしもうHPの残量は少ない。 負けフラグ一直線だ。

 

「俺に追いつくのは、相当きついぞ? なにせ四十億年生きてますからね」

 

そう言ったひかるをノックアウトしてからヴィータは言う。

 

 

 

「何年かかっても追いついてやるよ。 あたしはベルカの騎士だからな」

 

 

 

 

その言葉を聞いて、ひかるは微笑んだ。

画面ではヴィータのキャラが勝っているのに、微笑んだ。

 

 

「ところでさ、シグナムっていう人いるじゃん。 あの人はいつもあんな感じなの?」

 

「いや、あれは確かお前に負けたのを今でも気にしているんじゃなかったっけな。 一撃で倒されたのが相当ショックだったみたいだけど」

 

「あー、ディヴォルカニック・ブレイズのこと? あの時は悪かったね、いきなりで」

 

「あたしはもう気にしてねーよ、シグナムはどうだかしらねーけどな」

 

などといった談笑をしている二人の後ろに、殺気が灯った。

その殺気に先に感づいたのはひかる。

 

彼が恐る恐る振り返ってみると………

 

 

目に異様な気配を携えたベルカの騎士が、刀を持って立っている。

その騎士はヴィータの後ろ襟を掴むとずるずると引きずっていく。

 

「さて、ヴィータ。 少し修行に付き合ってもらえるか? 少々話したいこともあるのでな……………」

 

シグナムに捕まり引きずられていくヴィータ。

 

「き、今日二度目かよ。 あー、ともかく、これからもよろしくな。えーと………」

 

「ひかる」

 

自分の名前を知らないヴィータにひかるは名前を教える。

 

「ひかる、か。 あたしはヴィータ。 これからちょっとお仕置きされてくるけどな」

 

「うん、帰ってきたらアイスおごってやるよ」

 

それを聞いたヴィータはハハハ、と力なく笑って。

 

「楽しみにしとくよ」

 

といいながら玄関まで引きずられていくヴィータを見送るひかる。

その光景を見ながら、彼は心の中で思ったことを呟いた。

 

 

 

 

「やっぱりいいもんだな、『家族』って」

 

 


 

 

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