「初めて出会ったときのことですか?」

そうです、と私は答えました。
私の一番聞きたかったことは、そのことでしたから。

「そうですねぇ………、あれは何十億年前のことでしたっけ………」

うえ、そんな昔から始まるんですか?
そう私が不満を漏らすと、この人は苦笑いをして、

「私は最初あの人の使い魔でしたから。 この姿になったのも一年位前の話ですし」

そうでしたそうでした。 すっかり忘れてました。
私が舌を出して照れ隠しに頭をかいていると、コーヒーメイカーに白い手がかけられました。

テーブルの上においてあった白のマグカップに、黒色の苦い液体が注がれていきます。
実を言うと私はこれが苦手です。 ですが、この人はそんな私のために、砂糖と牛乳を持ってきてくれました。

「砂糖、どのくらい入れます?」

う〜ん、じゃあとりあえず四杯入れてください。
そう私が返すと、この人はまたもや苦笑いを浮かべました。
そんなにまずいことをいったんでしょうか、私は。

「まあ、味の加減は人それぞれですからね」

慣れた手つきでスプーンが動いていきます。
一、二、三、四と。 きちんと四杯分の砂糖と牛乳が投入されました。

「それで、何の話をしてたんでしょう?」

それを忘れてもらっては困るのです、と私は返します。
そしておもむろにマグカップに口をつけ、中の液体を―――――

ぐむっ!?

に、苦いんじゃなくて甘すぎますー!?
ごほごほと咳き込む私の背中を柔らかな手がさすってくれます。

「だ、大丈夫ですか!? やっぱり四杯は入れすぎなんじゃ………」

ええ、全くもってその通りです。 自分の予測力の甘さを痛感しました。
とりあえず着ていた服は汚れずに済んだみたいです、どうもすみません。

「いえいえ、それよりも話の続きでもしましょうか」

て、テーブルにこぼれたコーヒーまで拭いてもらってすみません。
本来なら私がやるべきですよね、こぼした張本人ですし。

「むせこんでいたからしょうがないですよ」

返す言葉も出ず、私は顔を赤くして黙り込んでしまいました。

「とりあえず、最初に出会ったころの話をすればいいんでしたっけ?」

お願いします、と私はか細い声でそう伝えます。
するとこの人は澄んだ音色を響かせる唇を、ゆっくり動かし始めました。

「最初に出会ったとき、といっても、もう存在しない世界で、ですけどね。
 確か私は死に掛けてましたね、その辺の少年たちにいいように遊ばれたせいで」

え!? 死に掛けていたんですか!?

「使い魔というのは、大抵が死に掛けている動物と魔導師が契約するものなんですよ。
 魔導師は魔力の供給と住む場所、使い魔のほうは魔導師を補佐する役割を与えなければなりません」

なにか聞いているとすごく打算的でいやらしい大人の世界が見えてくるんですけど。
私と私を作ってくれた人との関係とはかけ離れていますね、と私は感じました。

「とはいっても中には良好な関係もあるわけで、私の場合もそうでしたから、不自由は無かったです。
 とりあえず最初に会ったときの感想は、すごく無口な人でしたね、後は何でだろうって気持ちでした」

どういうことです? と私が尋ねると、その人は金色の髪を少しかきあげながら、

「私には特に備わっている技能は無いって言われたんです。 だから、何でだろうって。
 さっきも言ったみたいに、魔導師は何らかの目的を持って使い魔を生み出すことが多いんです」

そうですよね、もともと魔導師さんが自分のために生み出すものですからね。
自分に何か利用価値があるから助けられたんだ、と思うのが自然ですからね。

「それを尋ねたら、あの人、なんて答えたと思います?」

わからないですね〜、想像すらできません。
そう私が答えると、桜の花弁の様な唇がふふっ、とゆれて、

「"誰も助けたことが無いから助けた" そう答えたんですよ、あの人」

あまり聞かない回答ですね〜、と私は答えました。
私が同じ事を聞いたら、どういう反応をしたんでしょうね?

「最初はこの人どこかおかしいんじゃないかと思いましたよ。 でも、それもすぐに忘れました。
 あの人のことを知っていくにつれて、あの人のそばに、あの人の使い魔としているうちに」

あのー………

「なんでしょう」

あな………、フィリスさんとその人って、やっぱりその、えーと………

「ええ、恋人同士になりましたよ。 私が拾われてから、約二年後に」

否定とか、恥ずかしがったりとかはしないんですよね。
分かりました。 だったら、私の一番聞きたかったことを聞かせてください。

「どうぞ。 私が答えられる範囲なら何でも答えます」

あ、やっぱり二つでお願いしますね。
それでは、一つ目です。 恋をするって、愛し合うってどういうことなんでしょう。

「難しいですよね、その質問は」

あ、ごめんなさいです。 答えにくかったら答えなくてもいいですよ。
私がそういうと、フィリスさんは人差し指を私の顔の前で立てた。

「大丈夫です。 きちんとお答えしますよ」

うう、やっぱり間違ってたんでしょうか。
分からないことは人に聞きなさいとよく言われたんですけど………
私はいまいち恋心というものが理解できないのです。

知識としての恋愛、誰かが考えた論理としての恋愛、そういうものなら分かります。
でも、何物にも変えがたい現実、すなわち自分が恋をしている状態を知らないのです。

何でこんなことを考え始めるに至ったかはまあ、その、お気になさらず。
け、決して私が今抱いている感情の意味が分からないとかそういうことじゃないんですからね!

あうう、何を暴走しているのでしょうか………
これでははやてちゃ………、マイスターに笑われるです。

「言葉で伝えられる恋愛というのは、実は私にもよく分かってないんです。
 でも、一つだけ言えることはあります。 そしてこれは誰でも言えるんです」

それはいったい何なのでしょう、と私は心の中で自問します。
ですが答えが出るほど私の精神は成熟してはいないのです。 
なのでフィリスさんに正解を問いただしてみました。

「理由は無い、それくらいですよ。 他に言えることは無いと思います」

り、理由が無いんですか? それじゃ何で恋なんてするんでしょうか。 

「たとえば、私がひかるさんのことを好きになったのも理由は無いんですよ、
 なんとなく気になっていて、気がついたら大好きになってましたしね」

結局のところ、恋愛とかって実体験がものを言うんでしょうか。
話だけ聞いていてもわからないことが多いです。

「恋することって、誰かに説明できることじゃないんですよね。 ただ、私はこういう考えを持っているというだけで」

じゃあ、感じ方、恋愛の仕方は人それぞれなんでしょうか?

「そうですね。 私の場合はただそばにいただけですからね」

それも一つの形なんですか。 勉強になるです。

「激しく求め合う恋もあれば、淡白な関係もある。 やっぱり人それぞれなんです、こういうことって」

そう答えてからフィリスさんはごめんなさい、といいました。
私には、なぜフィリスさんが謝るのかがさっぱりわからないです。
フィリスさんは何か、私に失礼なことでもしたのでしょうか?

「きちんと答えておくと言っておいて、答えられてませんよね、完璧には。
 私にもっとそういう経験とかあって、答えられる力があればなぁ………」

大丈夫ですよ、フィリスさんはしっかりと答えを出してくれました。
さすがはフィリスさんです、期待以上のことを知ることができたです。

「そう言ってもらえると嬉しいです」

やっぱりフィリスさんの笑顔は素敵です。 大人の女性って感じで。
私はまだまだ子供ですから、将来こういう女性になりたいと切に願うです。

「そういえばもう一つだけ、質問がありませんでしたか?」

そういえばありましたね、と私は心の中で思います。 
じゃあ、最後に一つだけ質問に答えてもらえますか?

「どうぞ」

フィリスさんの神々しいまでに純粋な微笑を見て私は一瞬屈しそうになりました。
何にとか、何が、とかは聞かないで下さいね。 恥ずかしいので。

高鳴る鼓動を抑えて、あくまでも冷静に言葉をつむぎました。




「フィリスさんは、今でも幸せですか? 今でも、恋をしていますか?」



ああ、少しきょとんとしていますね。
そんな表情もかわいらしいです、フィリスさん。

正直に言いますと、私はこの気持ちに整理を付けたいんです。
この気持ちが、いったいどういう感情なのか、知りたいんです。

異性が感じるような恋愛感情なのか、それとも年上の人に対する憧れなのか。
もっと詳しく言うとですね、つまるところこういうことになるんです。



私のマイスターに対する憧れや母性愛のような感情なのか、



それとも本当にこの人に、フィリスさんに恋をしてしまっているのか、



その区別を、私は付けたいんです。
もちろんこの質問で整理が付くとは思っていません。

ただ、フィリスさんの幸せそうな笑顔を見れれば、
それでもしも、私の心がずきりと痛んでしまったら。

そうなったら、私はフィリスさんに恋をしてしまっている、と言えるんじゃないでしょうか。

その笑顔を見て、心が何も反応しなかったら、
多分それは、憧れや親近感なんじゃないかな、と思うです。

私がどっちを望んでいるのか、それは今すぐにわかります。
だって、フィリスさんが、ゆっくりと口を開きましたから。

「その質問に答えるのは少し恥ずかしいんですけど………」

難しく考えなくっていいんですよ、一言答えてくれるだけでいいんです。
それで、私の気持ちには、何らかの決着がつくはずですから。




「やっぱり、今でも大好きです。 今でも、恋をしてるんだと思います」




ああ、やっぱり。
やっぱり、心が痛みました。

満面の笑み。 それも、本当に大好きな人へ向けられた笑み。
見ていたら、胸が苦しくなって、暴れだしたくなっちゃうです。

でも、負ける気はありませんよ。
とはいっても宣戦布告、でしたっけ? はできませんけど。

いつか、いつかきっと。
私のことを、見てくれるように頑張るです。



「リインフォースさんも、私みたいな恋ができるといいですね」



ええ、無論そのつもりです。


ただ、気づいてくれるかどうかはあなた次第ですよ、フィリスさん。















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