無人の高層ビルが立ち並ぶオフィス街。

誰もが見捨てた負の遺産の中を、文字通り『瞬速』で駆け抜けるものがいた。

 

漆黒の衣に燃えあがるかのような赤の髪。

済んだ蒼の瞳には、常人では見ることのできない世界が広がっている。

 


 

「ターゲット、3,2,1………、全機破壊しました!」

 

「タイムは!」

 

「過去最速………、終了時間を四十分余らせています!」

 

「信じられん………、これが本当に十二歳の子供なのか………」

 

「受験者、ゴールを通過しました! タイムは………、九分です!」

 

記録係が叫ぶと同時に管制室に驚きの声があふれる。

その場にいる最高評議会、そして各部署の長たちがモニターに集中する。

 

そのモニターに映し出されている少年は、弱冠十二歳。

そして、つい先日、時空管理局での従事活動を始めた少年。

 

八神家の新しい家族、八神ひかるだった。

 

 

 

 

 

『お疲れ様でした。次の訓練に挑戦しますか?』

 

モニターからは均一な機械の声が響く。

それを半ば無視してひかるは背を向ける。

 

「いや、今日は遠慮しときます」

 

『そうですか。 では、次の訓練の際に』

 

それだけを告げてモニターは閉じる。

とたんに部屋の内装が元に戻り、ドアから人が入ってくる。

 

(時空管理局最高評議会、それに古代遺失物管理部の面々………)

 

どいつもこいつも癖のありそうな顔だ、とひかるは思う。

 

(どうせこいつらの求めているものは俺の力。 使えないとわかればすぐにでも潰しにかかって来るはずだ)

 

何かしらの祝福の言葉を述べている面々に対してひかるは思う。

 

(てめぇら全員、後々吠え面かかせてやる。 覚悟しとけよ)

 

そして表面上は十二歳の子供を演じながら、

八神ひかるは腐った脳髄を持った連中の顔を、しっかりと記憶した……………

 

 

 

 

 






 

「おつかれさま〜。 どやった?今日のお仕事は」

 

八神家のダイニングでソファに座っているひかるにはやてが質問する。

牛乳を片手に小魚を齧っているひかるを見るとカルシウムの取りすぎだと言いたくなる。

「別に、今日は訓練とかやっただけ。たいしたことはなかったけど」

 

「た、たいしたことあるやん。 だって最速タイムやろ?」

 

「あれでもセーブしたんだよ。でないとターゲット壊せないからさ」

 

あれでも………、と言ってはやては両手で口を覆う。

そのはやてのリアクションを無視してひかるはテレビに顔を向ける。

 

テレビで流れているニュースなど、最近はまったく変わりないとひかるは思う。

どこかの国が核実験をやっただとか、情勢が緊迫しているとか、そんなのばっかりだ。

 

いまさらながらにひかるは思う。

人間だって、やることに変わりはないのだと。

 

という風に我々から見たら結構思い上がったことを考えているひかるの肩にはやてはそっと手を置いた。

 

「なあお兄ちゃん。 明日買い物にでも行かへん?」

 

「買い物………? なんか不足してたものってあったっけ」

 

その言葉にはやては少し顔を赤くする。

 

「えーと、その、お兄ちゃんの、下着………、とか」

 

「ああ確かに、一枚しかなかったっけな」

 

ひかるは今自分が羽織っている洋服を見る。

上に着ている衣服ははやてのTシャツ、下はいつもの黒ズボン。


ひかるは基本身だしなみに気を使うタイプではない。
色も派手な色は嫌い、というだけだし、コーディネイトも滅茶苦茶だ。
さらに、今までの生活が生活だったために、バリアジャケット以外の服が無い。

どう考えても、必要であった。

所謂『私服』と呼ばれるものが。

 

 

 

 

 

 

 

「へー、海鳴市って結構いろんなものがあるんだなー」

 

立ち並ぶ高層ビル群や、デパート、専門店などを見て素直に感心するひかる。

その横では顔を真っ赤にしているはやてと苦笑いを浮かべているシャマルがいた。

 

「お、お兄ちゃん。 その、感想とかは素直に出さんほうがええよ?

 その、田舎者っぽく思われちゃうから…………………」

 

「別に良いじゃんか。どうせ二度と会う事のない人ばっかがいるんだから」

 

と言ってすたすたと歩いていくひかる。

そしてそれを追いかけるはやて。

その二人を笑いながら見つめているシャマル。

 

 

微妙に、変な雰囲気だった。

 

 

 

「ところでさ、洋服店とかってどこにあるの? それともデパートかなんかで買い物するの?」

 

「どないしよ。 服買うんやったらデパートのほうがええかなぁ………」

 

少し悩んでいるはやてをほっといて、ひかるは近くにあったデパートに向かう。

 

「のわっ!? お兄ちゃん、勝手にどこ行くんや!?」

 

「ここでいいよ、ここで」

 

静止の声を上げているはやてを無視してひかるはデパートの自動ドアをくぐる。

そこは普通のデパートよりは少し広めのエントランスが広がっていて、

 

向かって右側には靴やスポーツバッグなどの用品店。

左側には軽食コーナーや雑貨店。

まっすぐ進んだところにはお決まりの生鮮食品コーナーがあった。

 

ひかるは近くにある案内板で目的のフロアを探す。

そこに書いてあるとおりだと、二階は本や、文房具などのフロア。

三階に洋服やスーツなどのブティックがあるとの事だった。

 

ひかるは店内に進み、エスカレーターを使って上に上る。

何かのキャンペーンが行われているのか、店内の壁にはいろいろな飾りがついている。

その飾りの一つ一つに何が使われているのかを想像しながら上へ進む。

 

そしてエスカレーターは目指す三階に到着。

歳不相応に大人しくエスカレーターを降りたひかるは辺りを見回す。

 

「………はあ、疲れるよな、こういうところに来ると」

 

「何が疲れるやーーーーーっ!」

 

突然後ろのエスカレーターから現れたはやてがひかるを蹴り倒す。

蹴り飛ばされた本人は十メートルぐらい床を滑った。

 

「てめ………、いきなり蹴り飛ばしやがって、後で覚えてろやこんの………」

 

その先を言う前にはやてはひかるの襟を掴んで絞め上げる。

当然、周りの人たちがヒートアップしているはやてを止める。

 

「苦しい、苦しいって!ちょっ、待てこらっ! やめろ頚動脈に指押し当ててたら俺本当に死んじゃう!」

 

「うるさーい!人に散々迷惑かけたくせにーーーーーっ!」

 

ぐええええ、と言う声を上げているひかると、

そのひかるの首をマジで絞めているはやて。

 

周りの人々は見て思った、この少女は止められないと。

 

だがそんな人々の予想も、一人の少女によって、簡単に裏切られることとなる。

 

 

 

「あれ? はやてちゃんに………、ひかるくん?」

 

 

 

「ふぇ? な、なのはちゃん!?」

 

突然、本当に突然現れた親子連れの少女を見てはやては目を丸くする。

そしてその直後に自分が握っているものの正体に気づき、それを放す。

 

「二人とも、どうかしたの?」

 

「いや、なんでもあらへんよ、なんでも」

 

あはは、と力なく笑うはやて。

 

「なのは。この子、前に家に来た子か?」


なのはの父、高町士郎が尋ねる。

 

「うん、そうだよ」

 

「あら、私はいなかったのかしら、見覚えがないんだけど」


なのはの母、高町桃子が首を傾げる。

 

「お母さんはあの時翠屋でお仕事してたから」

 

「おーいてて………。 まったくひどい目にあった」


ひかるがよろよろと起き上がる。

 

「ん?高町さん? それと………、父母の方々ですか?  どうも始めまして、八神ひかると申します」

 

ひかるは馬鹿丁寧にお辞儀をする。

それに続いて士郎、桃子もお辞儀をする。

 

「ひかるくん、今日はお買い物?」

 

「まあ、そうなるかな」

 

「はやてちゃんは、付き添いみたいなものなのかな?」

 

「あー、八神家の財布を握ってるのは私だから、勝手なことせぇへんようについてきとるだけやで」

 

はやてが財布を取り出す。
なぜにか革財布の高級品なそれを手のひらでくるくると回す。

「買うもの、決まってるの?」

 

「まあ一応。私服と呼ぶべきものを買いに」

 

「あー、じゃあ私たちと一緒だ。 そしたら、みんなで行こうよ。いいでしょ?お父さん、お母さん」

 

「うん……、まあ良いんじゃないかな」

 

「そっちがご迷惑でなければ………、ね?」

 

「じゃあさっさと行きましょう」

 

その場にいる全員を半ば無視してひかるは目当ての場所へむかう。

その後ろを半ギレしているはやてと苦笑いしているなのはが追う。

 

そしてあまり前も見ずに走っていたはやてが、誰かとぶつかった。

盛大に転ぶ二人を見て、ひかるも踵を返して戻ってくる。

 

「ほれ、しっかりしろ。 それと、大丈夫ですか………、ってぇ!?」

 

はやての右手を掴んで引っ張り起こしたひかるが固まる。

同時にそれを最も近くで見ていたなのはとシャマル。その次になのはの両親が固まる。

 

「あーいたた、なんやねんもう………、って、え!?」

 

立ち上がり、自分とぶつかった相手を見て驚くはやて。

無理もない、はやてがぶつかってしまったその人とは、

 

 

はやてとなのはの親友、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンその人だったのだから。

 

 

「あいたたた、大丈夫ですか………、ってあれ!?」

 

「フェイトちゃん!? 何でここにいるの!?」

 

驚いているはやてやひかるよりも先になのはが質問する。

 

「なんでって、私はただここに靴買いに来て、ほら、先週壊れちゃったスニーカーの代わり。

 それで買い物済ませちゃったからちょっと歩いてただけだけど」

 

なのはたちはなんでここにいるの?とフェイトは聞き返す。

 

「私は、お父さんとお母さんと一緒に、お買い物。 食べ物とか、翠屋で使うものとか。 今は服を買いにだよ」

 

「私たちは、その、お兄ちゃんの服を買いに………」

 

そこではやてが口ごもる。

不審に思っているひかると、

チャンスを見つけたかのようななのはとフェイト。

 

「はやて、私別に用もないし、付き合ってあげるよ」

 

「フェイトちゃんも行くんだ。そしたら私も行こう、良いよね。はやてちゃん」

 

笑顔ではやてに迫るなのはとフェイト、

その二人にたじろぎ、観念したかのような表情を見せるはやて。

 

それをみて、ひかるはこっそりと覚悟した。

もう平穏無事に買い物なんかできるわけはないんだ、と。

 

 

 

 

 

 

後編へ続く。

 


 



 

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