世の中には、気の合う仲間と言うものが多数存在する。

それらは集まり、共に過ごし、思い出という名の過去を作っていく。

別に気の合う仲間だけではない、クラスメイトや知人、

人は色々な関わりの中から未来へ進み、過去を生み出す。

 

生み出された過去は人々の記憶にとどまり、劣化しながらも未来へ進む。

過去は未来を縛りつけ、未来はそれを振り払って先へ進む。

思い出は時として人の心を切り裂き、粉々に砕き、

時として人の心を癒し、また前に進むための活力を生み出していく。

 

では、過去をもたない人間はどうすればいいのか、

答えは簡単、誰かと共に作ればそれで済む。

 

しかし、過去を背負いすぎて心が麻痺している人間はどうすればいいのか。

過去が多すぎて、それを失う苦しみも、得る喜びも沢山経験してきた者はどうすればいいのか。

 

今回綴られるお話は、悠久の時を転生という形で過ごしてきた少年と、

彼を取り巻く奇想天外な友人、知人たちの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、とうとう俺も中学一年生になってしまうのか………」

 

はぁ、と一つため息をつきながら、炎髪の少年、八神ひかるは歩道を歩く。

彼の着ている制服は、彼が通っている中学校の男子用制服。

茶色のブレザーに灰色がかったスラックスタイプのズボン、

それに髪の色より濃い赤色のネクタイをきっちり上まであげて、結び目を整えている。

 

ひかるの周りにも同じような制服をつけた男子生徒が多数いる。

ひかるが通う、私立聖祥大付属中学校に進学する者達であろう。

そのほとんどがひかると短いながらも同じ学校で過ごした仲間たちだ、

その証拠に、周りにいる生徒のほぼ全ての顔と名前をひかるは熟知している。

 

その中に、黒の前髪を左目を隠すように伸ばしている少年がいる。

彼もひかると同じように茶色のブレザーと灰色のスラックスを穿いている。

顔は中姓的な顔立ちで、黒の瞳には優しい光がたたえられている。

 

彼はひかるの事を見つけると嬉しそうに手を振る。

しかし、当の本人は少年のことを無視して前へ進む。

 

(あいつといると面倒だ。 小学校からそれは変わらねぇ)

 

心の中でポツリと独り言を呟き、足を速める。

よーく見ると、ひかるの首筋には一筋の汗が浮かんでいる。

入学式間近の本州の気温など、汗をかくほどのものではない。

 

 

では、何故?

 

 

答えはひかるが少年に追いつかれた今この瞬間、わかる。

 

「おはよ、なんで朝から逃げたの?」

 

ひかるのそばに寄ってきた少年、牧原 聖。

彼の屈託の無い笑顔を見て、ひかるは一つため息をこぼす。

 

「お前といると大変なのは四ヶ月前から知ってるだろうが………」

 

額に手を当ててもう一度ため息をつくひかる。

と同時に自分たちの後に目をやり、更にため息をつく。

 

「何か大変なことあったっけ」

 

とぼけてやがるのか、とひかるは内心悪態をついたあと、後ろを指差す。

きょとんとした顔をしてから後ろを向いた聖が顔を戻すまで約十秒。

 

「………わかった?」

 

「………納得」

 

と同時に二人はそろってため息をつく。

そしてゆっくりと後ろを振り返り、さらにため息をつく。

 

「中学入る早々からこれかよ………」

 

ひかるが視線をやった先、そこから大量の女子の眼差しがひかるたちに向けられている。

視線の内容は様々だが、一貫してひかると聖の二人のことをうっとりとしてみている。

 

そう、ひかると聖の二人は、聖祥大付属小学校の中でもダントツの人気を誇る二人。

その二人が一緒に登校しているのだ、必然的に視線は二人に注がれることになる。

そういう視線が鬱陶しくて、ひかるは登校時、下校時には聖とはあまり帰らない。

学校にいる間もできる限り机に突っ伏しているほどの周到さだ。

 

「面倒………」

 

「ま、一ヶ月くらいの辛抱だと思えば」

 

「無理だよ、どーせ卒業するまで終わらねぇ………」

 

苦笑いでひかるのフォローに回る聖と、沈みっぱなしのひかる。

二人の新たな学校生活は、今日、この瞬間から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(入学式なんてやらなくてもいいのに、どうせほとんどが顔見知りなんだから)

 

暖房がそこそこに効いている体育館の中央ぐらいでひかるは思う。

入り口の向かいにあるステージの壇上で校長が訳のわからん話を喋っている。

多分その話をきちんと聞いているものはほとんどいないだろう、雰囲気でわかる。

 

体育館の広さはバスケットコートを二面取っても余裕があるくらい、

今は後の方に二年生と三年生が椅子を並べ、その前に新入生が椅子を並べている。

体育館の両側にはバスケット用のゴールが四つ、中央の両端に二つ。

ステージの上手には器具室のドアがあり、下手には更衣室と教官室のドアがある。

 

そして体育館の入り口から見て左側には教師陣が、

入り口から見て右側には現職の生徒会の面々が並んでいる。

初々しそうな若い教師や、見るからにベテランと言えそうな教師もいる。

 

その面々を横目で観察しているひかる。

面倒くさい校長の話などに彼は聞く耳をもたない。

 

「………でありますので、新入生の皆さんには、ぜひとも充実した学校生活を営んでもらいたく………」

 

未だ続く校長の話に新入生はもう飽き飽きしているようだ。

森羅万象について考えたり、無我の境地に達していたりしている。

それもこれも全て暇を潰すための行為なのだからある意味すごい。

 

(いや、つーかそんな中学生はいない。 俺じゃないんだから、というか俺もやらないけど)

 

そう言うひかるはひかるで新たな魔法の構築式を考え出している。

この前わかったことなのだが、威力が低めの魔法をひかるは持っていない。

そのため、軽く扱える魔法が一つ二つ欲しいところなのである。

 

(軽く乱射するならスフィア系、やっぱり高町さんのやつを参考にするしかないか。あの子本当に天才だもんなぁ………)

 

などと思いながら術式を構築していくうちに、校長の話が終わり、全員が移動する。

椅子を持って順番に体育館から退場、各自振り分けられたクラスへと移る。

 

とは言っても聖祥大は中学から女子と男子を別校舎にわけて教育していくので、

中学に上がって異性との出会いを期待していたものにはアンラッキーである。

 

「えーと、クラスはここであってんのかな?」

 

「そうみたいだね」

 

後から声をかけられ、おわぁ! と驚くひかる。

驚かせた方の聖はくすくすと笑っている。

 

「何、お前も同じクラスなのか?」

 

「そうみたい、一年B組でしょ?」

 

「やっぱりこいつとは離れられないのか………」

 

「別に女の子がいるわけじゃないんだから、気にしないの」

 

そう言うと聖は自分のクラスに入っていく。

はぁ、とため息をついた後、ひかるも遅れて中に入る。

 

教室内は、予想通り、いや、当たり前なのだが男子生徒で溢れ返っている。

小学校時代とほぼ同じように、縦七列横六列に配置された机、

黒板の色も、窓の位置も大きさも、その全てが小学校と変わりなく見える。

 

なつかしさ、と同時にこれから始まる男臭い学生生活、

それを想像するだけで微妙に気が滅入るひかる。

例え聖人君子だって、女の子と一緒でいたいという気持ちぐらいあるはずだ。

まあ、校舎自体は近いので、出会おうと思えばできないことは無いが。

 

「………まあ初めては誰だって緊張はするよな」

 

「それも見知らぬ人ばっかりだったら尚更だよね」

 

自分たちの席、窓際の後ろから三番目と二番目、に座る聖とひかる。

今現在の時刻は十時十分、もう少しで担任の紹介と簡単な説明が行われる。

それまでの暇つぶしを兼ねて話でもしよう、と先ほど念話で打ち合わせていた。

 

「それで? 管理局での仕事はどうよ、"嘱託魔道師"牧原 聖さん」

 

「順調と言えば順調。 今のところは教官にも恵まれてるしね」

 

「階級はどのくらいなんだよ」

 

「大体二等空士ぐらいだって、試験を受ければもう少し上がってもおかしくないらしいけど」

 

ふーん、といいながらひかるは頬杖をついて窓の外を眺める。

うららかな陽光が差し込む日向には、まだ少しだけ残っている雪と、猫がいる。

猫が雪にそーっと触れては離れていくことを繰り返しているのを見て、ひかるはふと思い出す。

 

(そういえばはやても風呂の加減見るのに同じことしてたな)

 

自然とにやけてしまう口元を修正しながらひかるは聖の方へ向き直る。

 

「それで、執務官殿や教導官様、捜査官やその面々はどうしてるの?」

 

「お前全く会った事ないのか?」

 

肯定の意思を首を縦に振ることで示す聖。

 

「皆とりあえずは元気にやってるってさ。 心配とかはする必要ないそうだ」

 

へぇ、と言い、聖は窓の外に目をやる。

今日室内で話す相手も少ないので、これくらいしかやることも無いのだ。

 

(だから入学式とかってつまらないんだよ………)

 

 そう思った直後であった。

 

 

 

「おい、お前らが八神 ひかると牧原 聖か?」

 

 

 

澄んだ、まだ声変わりしていない少年の声。

凛と張った一筋の膜が、波のように押し寄せる声。

ざわめく教室内だろうが、轟音が響く滑走路であろうが、

この声は多分、人々の耳に届く、そんな声。

 

ひかるが顔をあげると、そこには茶色のツンツン頭の少年が立っていた。

制服のネクタイをすでに下げていて、着こなしも心なしかだらしなく見える。

 

身長は同世代の子供よりも一回りくらい大きい、

百七十センチは越しているだろう、とひかるは推測する。

 

中姓的な顔立ちに、黒色の瞳、

どうしてこうも美少年が多いんだこの国は、とひかるは思う。

 

そしてその自覚なしの美少年はひかるの方に詰め寄ってきた。

 

「真っ赤な髪………、お前が八神ひかるか?」

 

「だったらどうしたってんだよ」

 

「じゃあそっちが牧原聖か」

 

無視かよ! とひかるは思わず叫んでしまう。

 

「俺の名前は皇 紅(すめらぎこう) 結ヶ丘(むすびがおか)小学校出身だ」

 

よろしく、と右手を差し出してくる紅。

不信感を抱きながらもとりあえず握手をするひかると聖。

 

握手をした直後にあることにひかるは気づく。

 

「ん?結ヶ丘小学校って言ったらうちのライバル校じゃなかったか?」

 

「その通り。 だけどもあそこの先生とんでもなくうざくてよ、だからこっち来た」

 

聞きもしないのにぺらぺらと喋りだす紅。 
警戒心とかがないのか、とひかるは思う。

それ以前に先生と馬があわなかったくらいで学校を変えるのもどうかと思うが。

「それで、皇だっけ。 俺たちに何の用?」

 

「ぶっちゃけ挨拶、それと友達になって欲しい、よろしく」

 

突然やってきた傍若無人なクラスメイトに閉口するひかる。

その隣で聖は必死になって笑いをこらえている。

 

「………別に構わないけど、何で俺たち?」

 

「ん? だって時空管理局でお前ら二人は結構有名だぞ?」

 

時空管理局、というワードに反応するひかると聖。

それに対し、紅は当たり前だろ? という顔をしている。

 

「んじゃなにか? お前も管理局所属の………」

 

「そう、俺は時空管理局陸士203部隊の"ガードウィング"、皇 紅だ」

 

突然現れ突然自分の正体をばらしていく謎の少年、皇 紅。

このはっきり言って馬鹿かと思われる少年を前にして、ひかるは依然平静。

一方の聖の方はと言うと、多少の驚きの色は隠せない。

 

「んじゃ、こっちからも自己紹介といくか」

 

「そうだね」

 

椅子を後ろにずらして立ち上がる聖とひかる。

二人とも、身長は百五十センチちょっとなので、紅を見上げる形になる。

 

「俺は時空管理局1786航空隊所属、フロントアタッカー、兼ガードウィング、八神ひかる二等空尉だ」

 

「同じく、管理局1567航空隊所属、センターガード、牧原聖二等空士です」

 

挑戦的な目つきで見詰め合う三人。

それぞれがそれぞれ、稀代の天才だからこその挑戦心。

そしてこの三人は、後にとある大きな事件でその名を馳せることとなる。

 

「じゃ、これからもよろしくな」

 

「おう、待ってるぞ」

 

「それじゃ」

 

三人はそれぞれの席へと戻る。

このときはまだ、流れはよどんだまま。

しかし、それは着実に動き始めていく。

 

八神ひかると未来を守るための仲間たちのとの、学校生活がこれから始まる。

 

 

 

 


 

 

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