「お兄ちゃんの様子がおかしいんよ」

八神家の主、八神はやての一言に首を傾げる一同。

「いつから? どんな風に?」

「ここ最近、どこかに出かけて、遅くまで帰ってこないんよ」

いぶかしげな顔をするはやてを、一同はそろってきょとんとした顔で見つめる。
それもそのはず。 本人はわかっていないが、明日ははやての誕生日なのだ。
はやてを除いた全員が、明日のためにこっそりと準備をしている。

「お仕事とか?」

「いや、アレは絶対仕事やない、なんか部屋からがたがた物音が聞こえてくるし………」

どうやら、はやての兄、八神ひかるは物音に関しては結構無頓着らしい。
戦闘時には、気配を消すことはおろか、足音さえ無くしてしまう強者なのに。

「なのに私が部屋に乗り込んだら、机に向かって勉強してるだけなんやで? どう考えてもおかしいやろ?」
 
微妙に最初からずれている、とその場の誰もが思った。
そして、ひかるの警戒心の無さにも少し驚いた。

「不思議や、絶対何か隠しとるに違いないで」

「それは怪しいと思うけど、そこまで気にする必要ないんじゃないかな」

「そうだよ、模型か何か作ってただけかもしれないよ」

はやての左隣に居たなのはと、その隣に居るフェイトが簡単な嘘をつく。
もちろんはやてがこの程度に簡単に引っかかるとは、誰も思っていない。

「でも私に隠して作る模型ってなんやねん。 別にいかがわしいものじゃないんやろ?」

「いかがわしいものだったら逆にうろたえるんじゃないかな、はやてちゃんの前だし」

「それを真顔で言えるあんたが理解できないわ………」

はやての右隣、同級生のすずかが少し引きつった笑みを浮かべ、
その隣、同級生のアリサがため息をつきながらすずかにつっこむ。

「ま、確かに気にしててもしゃーないかも。 うん、とりあえず帰ってから尋問やな」

なにやら友達の(間違った)説得により、はやては兄を尋問することに決めたようだ。
どこからどう見ても何かをたくらんでいる悪人の顔をしているところが更に怖い。

「それじゃまた明日〜」

そう言って通りを駆けていくはやてを、四人ははやての姿が見えなくなるまで見送った後、


「「「「はぁ〜〜〜〜〜」」」」


大きなため息をついた。




















所変わり、日も変わり、翌日の八神家の朝。
食卓に並ぶは白米が盛られた茶碗七つ、同じく味噌汁の椀七つ。

真ん中に置かれた大きな皿には、人数分の塩鮭がおいてあり、
周りにあるゴマの白和えや、特製だしの厚焼き玉子がテーブルを彩る。

いつもながらで、いつも以上に淡白な和食がテーブルにおいてあった。
よく見ると、おいてある茶碗のうち一つには白米が盛られていない。

「これ、誰のぶんやろ」

はやては後ろを見て、今この場に居る人数を確認する。
髪を解いたシグナム、寝癖がついたヴィータ、寝ぼけ眼のシャマル、
浮いてはいるがまだ寝ているであろうリインフォースU、
いつもどおり、狼形態なので表情がわからないザフィーラ、
そして、きれいな金髪をかきあげてこちらを見ている、フィリス。

この中で、本来であれば居るはずのメンバーはすぐにわかる。

「お兄ちゃんがいない………」

「ひかるなら朝早くからどこか行ったぜ〜」

「私が朝の鍛錬に出たころでしたから、多分五時ごろかと」

シグナムとヴィータからの話を聞いて、はやては考え込む。
一分ほど考え込んでから、はやては疑問を口にした。

「とりあえず、お兄ちゃんは一回帰ってきたんやろな。 それで、もう一回出かけた」

「ですね〜、今八時なのにご飯がほかほかですもんね〜」

欠伸をしながら席に着き、おもむろに味噌汁をすすりだす。
そんなフィリスに続いてヴィータとシャマルが席に着く。

「まあ考えてても仕方が無いですし、はやてちゃんも座ってご飯食べましょう」

シャマルが座りかねているはやてを食卓へ誘う。
しぶしぶといった形で座り込んだはやてだが、料理の香りには負けるのか、

「確かに、帰ってはくるみたいやし。 考え込んでてもしゃーないな」

はやてもまた、お椀を手に取り味噌汁を黙々とすすり始める。
上着のポケットに、ラッピングされた袋を押し込みながら。





















所変わり、時は過ぎ、昇った日は地平に沈む。
夕飯の買出しに出かけたはやては、暗くなった道を急ぎ足で通っていた。

手に提げた袋には、いつもの料理に使う簡単な食材が詰まっている。
照り焼き用の鳥のモモ肉、おひたしに用いるほうれん草、
簡単なデザートとして葛餅と、かりんとうが食材の上に積まれている。

「遅くなってしもた………、八百屋のおじさん、えらく安うするもんやから………」

街灯が次々とつき始めていく中、はやては魔が潜むような道を駆け抜ける。
そこの路地から、手前の曲がり角から、虎視眈々と誰かが狙いをつけているような………

「そんなわけない、絶対にそんなことあらへん」

何かを振り切るように走り出し、抑えることなく足を速めていく。
闇夜を裂くように駆け抜ける一人の少女の足は、やがて一軒の家の前で止まり、
その身に迫る危険から、やっと開放されるという安堵を持って、その扉を開ける。

家族が待つ家へと飛び込み、最初に目にしたのは見慣れた玄関の内装。
靴を脱ぎ捨て、リビングに広がるいつもの光景を想像しながら奥へと進み、



そして、リビングに飛び込んだ瞬間。




『―――――お誕生日おめでとうっ!』



四方八方からはじけるクラッカーの音、細い紙のテープがはやてに向かって降り注いでくる。
朝から合わなかった友達が、少しよそよそしげだった家族が、そして、愛すべき兄が、
六月四日、八神はやての誕生日を、盛大に祝ってくれている。

それを理解したとき、はやての涙腺から、自然に雫が零れ落ちてきた。
とめどなく、しかし滾々と湧き出る清水のように頬を伝い、視界を潤ませる。

「みんな………、ありがとう。 ホンマにありがとう………っ!」

泣きながらも笑顔を作り、どうにか喜びを表現しようとするはやて。
そんな彼女を、友人たちは、家族は、彼女の居るべき席に導いていく。

「じゃあ、皆これの準備で最近忙しかったん?」

「やっぱり気づかれてた? これでも平静を装ったんだけどね」

「なのはちゃんやフェイトちゃんはともかく、私たちまで忙しいとなると変に思うよね」

クラッカー購入、及び室内の装飾の購入費を担当したアリサとすずかがはやてにプレゼントを手渡す。
恐る恐る包みを開けてみると、中からは、小さなオルゴールと、緑色の宝石をつけたネックレスが出てきた。

「アリサちゃん、すずかちゃん、ホンマにありがとう! でも、これ本当に受け取ってええの………?」

「大丈夫、それほど高価な品物じゃないし」

「それに、今日の主役はあんたなんだから、細かいこと気にしないほうがいいわよ」

いつもどおりの柔和な笑みを浮かべるすずかと、恥ずかしげに顔を背けるアリサ。
二人がくれたプレゼントを、精一杯の感謝の気持ちを持って、受け取る。

「はやてちゃん、お誕生日おめでとう」

「私たちからは、翠屋特製のバースデーケーキと、リンディ母さんが作ってくれたローストチキンだよ」

なのはとフェイトの二人が、テーブルにおいてあるケーキと料理を指し示す。
と、それとは別に、フェイトがリボンでラッピングされた大きな包みをはやてに渡す。

「なんやの? これ」

「開けてみてからのお楽しみ、クロノと私からのプレゼントだよ」

首をかしげながらもリボンを解いて、大きめの包みを開けてみると、
そこには、明るい茶色の毛をした、くまのぬいぐるみがあった。

「ふぇ、フェイトちゃん、もしかしてこれって………」

「そう、この前欲しがってたあれ、クロノに無理言って買ってもらったんだ」

涙腺が、またもや崩壊してしまう。
抑えきれない嬉しさが、涙となってあふれ出してくる。

「フェイトちゃん、ありがとう………」

「お礼は私にじゃなくて、クロノにだよ」

ぬいぐるみを抱きしめ、あふれ出る涙をぬぐうはやて。
ふと、後ろから肩を叩く誰かの存在に気づき、はやては振り返る。

「えへへ〜」

「主、私たちからのプレゼントは」

「じゃ〜ん! こいつだぜ!」

中央にヴィータ、左にシャマル、右にフィリスとシグナム、ヴィータの上に、リインフォースU。
そしてシャマルとフィリスが持っているのは、純白のドレスと、清楚な水色のワンピースだった。

「こっちのドレスは、フィリスさん考案で、シャマルとリインが作成して」

「こちらのワンピースは、私が独力で作ったものです♪」

「ありがとう、シャマルも、ヴィータも、シグナムも、リインも、フィリスさんも………」

感極まりすぎて、涙が止まらなくなっているはやてを、フィリスが立たせる。
そしておもむろにシーツか何かにはやてをくるみ、三秒数えた後、

「お披露目ターイムッ!」

バサッ、とシーツが勢いよく宙を舞う。
そして中から先ほどのドレスを纏ったはやてが出てくる。

髪は上げず、頬に軽いファンデーションと、薄いピンクの口紅を塗っており、
あえて上半身の露出を避け、極薄の布でできた法衣の様な白の布を纏い、
腰の部分を金色の小さなバックルで留め、足元も足首から下が見えるくらいにしか出していない。

それだけなのに、先ほどまで座っていた少女とは思えないくらいの気品がにじみ出ている。
ファンタジーの世界で言う、どこかの国の皇位継承権を持つお姫様のような少女がそこにいる。

「素敵………!」

「はやてちゃん凄くきれいですー♪」

「ありがとう、何度言ったかわからへんけど、ホンマにありがとう………!」

口元に手を当てて、何度ぬぐったかわからない涙をひたすらにぬぐう。
もう一度席に座ったはやての前に、一冊の本が差し出される。

「これは………?」

「ザフィーラさんからですって、今日はお仕事でこれないから渡しておいてくださいって言われたんです」

フィリスから差し出された本を、はやては大切そうに抱きとめる。
そして、まだ何もプレゼントをくれていない人物が居るほうを見つめる。

「今日の俺はコック兼内装、及び照明係なんだけど、料理もできたしまあいいか」

本当に素直じゃない、とはやては心の中で思った。
一番祝いたかったのは、彼自身だったくせに。

「誕生日おめでとう、はやて」

「ありがとう、お兄ちゃん」

はやての兄、ひかるはグラスを人数分、料理を大皿と小皿に分けて並べる。
そしてどこからか大量のジュース類を取り出し、グラスに注いでいく。

「俺からのプレゼントはこの料理と、今日一日、はやての言うことを聞かなければならないという決まり」

それと、とひかるは言葉を続ける。

「これ」

「………?」

ひかるが差し出した紙切れを、はやてはきょとんとした顔で受け取る。
そして紙に書かれた文字を、ゆっくりと読み上げていくと………



「"一日だけはやてのいうことを何でも聞きます券"? これが、プレゼント?」



はやてが驚きのあまりたずねると、ひかるはばつが悪そうに、

「だって他に考え付かなかったんだよ。 買出しやら、セットやら、料理やらで忙しかったんだから」

あまり気の利いたものじゃなくって悪かったな、とひかるは渋い顔で言う。
はやてはこんな不器用なものしか渡せない兄に、内心呆れながらも、

「ありがとう、大事に使わせてもらいます」

満面の、それも今日一番の笑みを、ひかるに向けた。

「それでな、お兄ちゃんちょっとこっち来てくれへんか?」

「何だよ、食べさせて欲しいってか」

言われるがままにひかるがはやての隣に来た瞬間、事は決行された。



『ひかるくん! お誕生日おめでとうっ!』



十数分前と同じような、クラッカーの破裂音と、飛び散る紙のテープ。
ただ、先ほどと違う点は、祝ってもらっている本人が、事実に気づいていないこと。

「………………はい?」

何のドッキリだ、という表情をしているひかるに、はやてが事の真相を伝える。

「今日は、六月四日。 八神家で、"男の子"と"女の子"が生まれた日であります」

「さて問題です。 この場に居る女の子ははやてちゃんですが」

「この場に居る男の子は誰でしょう?」

意地悪そうな、なのはとフェイトからの質問。
数秒後に、ひかるはゆっくりと答えをはじき出した。

「………俺?」

「正解! ほなそういうわけで―――」

はやては自分を指差しているひかるに、一つの包みを差し出し、


「―――お誕生日おめでとう、お兄ちゃん」


ひかるは、それを至極丁寧に受け取り、


「ありがとう、はやて」


とお礼を言ってから、包みを開ける。

「………はやて、これって悪いジョークだぞ」

開けてから、中身を取り出して、はやてを含む全員にそれを見せる。
そこには、白銀の宝石が着いたブレスレットと、I Love Youの文字が刻まれた紙があった。

「お前は俺の妹だろうが、ここで愛の告白してどうする」

「ええやん、私はそれほどまでにお兄ちゃん大好きって証拠なんやで?」

「それにしてもこれは無いと思う………」

苦笑いを浮かべながらも、しっかりとブレスレットをつけているひかる。
何気なく、しかしやっぱり確実に兄は優しいんだなぁ、とはやては心の中で思う。

その後、なのは、フェイト、アリサ、すずかの四人からそれぞれプレゼントを貰い、パーティーが始まった。
最初こそ本当の意味での会食のようだった席も、どこからか酒が入ったとたんにシグナムたちが暴走、
半ば宴会と貸した場を収めるのに数十分を要したのは、別の話。

そして、フェイトがひかるに渡したプレゼントは、はやてと同じくブレスレットだったのも別の話。
フェイトとシグナムが戦闘を始めて、それをあおった全員が始末書を書いたのもこれまた別の話。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「何だよ」


騒ぎ続けているリビングの中で、兄妹二人。


「誕生日って、ええ日やね」


「当たり前だろ、だって、自分が生まれた日なんだから」


静かに寄り添って眠りについたのも、別のお話。













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