着いたぞ、と言いながら、とある民家を指差すクロノを、フェイトは複雑な気持ちで見つめていた。
だって、自分の意中の相手の家に、しかもなぜか復活した姉と家庭教師を連れて、
しかも物々しいバリアジャケット姿で、事件を解決するために話を聞きに行くところなのだ。

本当であれば、この家に来るときはそこそこにおしゃれをしてきたかった。
別に余所行き用の煌びやかで、布地がいいやつを着てこなくてもいい。
しかし女の子としての最低限のおしゃれくらいはしてきたい、そんな感じだ。

だってまあ、大好きな人が居る家に行くわけだし、気張るのも当たり前だと思う。
私服のセンスも結構いいよね、くらいは言われてみたくもなっちゃうのだ。

でも、今フェイトを含む、時空管理局メンバーは全員バリアジャケット。
どこの世界に任務で飛ぶの? といった質問をされてもおかしくない格好である。

どう考えても、任務以外の何かで来たということは有り得ない。
解除して歩けばいいと思ったが、いかんせん事情が事情なのでそれも却下。
隠蔽用の結界を駆使して、やっとたどり着いた次第である。

と、複雑な心中のフェイトを無視して、クロノはインターフォンを押す。
二度鳴ったチャイムの後、その家の主、八神はやてが顔を出した。

「こんばんはー、ってあれ? なんで皆揃ってその服なんや?」

「事情は後で説明する。 とにかく今はあいつに用事がある」

兄のことをあいつ呼ばわりされたはやては、怒りの意を頬を膨らますことで伝えている。
もちろん、フェイトだって彼のことを"あいつ"呼ばわりされれば怒る。
ただ、奥手な性格なだけに、怒りの意思を伝えることが難しいだけだ。

「別に入ってもええけど、今食事中やで?」

それでもかまわんといった調子で、クロノは八神家の敷居をまたぐ。
その後におずおずとなのは、アリシア、リニス、アルフの順で続く。

「お、お邪魔します………」

フェイトは最後に家に入り、ゆっくりと靴を脱いでから上がってくる。
あくまで表面上は冷静を装っているものの、内心はいろいろな感情の嵐が吹き荒れていた。

バリアジャケットで乱入するべきじゃなかった、とか。
食事時狙ってきちゃってはしたないかな、とか。
それ以前に、まともに会話できるのかな、とか。

些細なことを少し大げさに考えながら、フェイトは八神家のリビングに入り、
そして、その惨状を見て呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

いつもは暖かな家族の食事がおこなわれているはずのテーブルに、彼等は居た。
通常の四倍の量はある肉やら野菜やらを、がつがつと食べるその姿。

フォークが香ばしい匂いの肉塊に突き刺さり、サラダの皿にはドレッシングが絶え間なく振り掛けられ、
パスタであろうその麺料理を、食った端から口の中にかき入れ、ジョッキに注がれた飲み物を瞬間的に飲む。

肉の欠片や、野菜の切れ端が床に散ろうとお構いなし。
こぼれた飲み物や、食べ終わった直後の皿も、無造作に置いてある。

その中心には見慣れた二人と、全く見たことも無い三人。
少なくとも、フェイトの記憶の中には、彼等とであった記憶は無かった。

「ふぁれ、へふはほっはふぁん。 ほうははんほほう?」

「隊長、飲み込んでから話しましょう。 多分通じてないです」

目的の彼、八神ひかるの隣に居る茶髪の青年がジョッキを豪快にあおる。
そしてあおった矢先に、ステーキ肉を豪快に食い散らかしていく。

「それにしてもこれだけのご馳走が食べれるなんてね。 全くもってラッキーだわ」

ひかるの二つ隣、紅の鉄騎、ヴィータと同じ、紅蓮の髪をした少女がお茶をすする。
間に居るヴィータは、黙々と、しかし激しく皿に乗っかっているパスタを口に運んでいく。

そして茶髪の青年の横で、一心不乱に肉をほおばり続けていた男が顔を上げる。
はさみで強引に刈ったような散切り頭、そして左目に刻まれた刀傷が印象に残るだろう。
齢五十に近いと思われるその男は、グラスの中の液体を飲み干した後、一息ついて、

「あんた、テスタロッサ・ハラオウン執務官だな」

と言いながら、フェイトを指差した。

「ええ、そうですけど………」

「んでそっちのムッツリがハラオウン"提督"と」

「………暫定的だがな」

クロノは暫定的、とこぼしたが、実は本決まりだということを、フェイトは知っている。
クロノとフェイトの母、リンディ・ハラオウン提督が、前線を退くと宣言したためである。

とすると、内密にしていたこの情報を知っているこの男は、一体どれくらいの地位に居るのだろう?
疑問に思ったフェイトが質問をする前に、その男は席を立って、フェイトに近づいてきた。

「機動一課内部にある特任隊という部署の一番隊隊長、ジェイク・ランブルグ三等陸佐だ」

よろしく、といって差し出された手を、フェイトはおずおずとつかんで、握手する。

「あれー? そっちの可愛い子って、あのテスタロッサ・ハラオウン執務官だったんだ」

「思わぬところで有名な人物に出会いましたね」

口元をナプキンでぬぐい、赤毛の少女と茶髪の青年はフェイトのほうへ手を差し出す。

「あいつと同じく、特任隊二番隊隊長、イーリス・スタンバーグ」

「同じく二番隊副隊長、セドリック・ランパーシュです」

快活に笑うイーリスと、真面目な顔のセドリックと、フェイトは握手を交わす。
そして、ようやく口の中の物を飲み込んだのか、ひかるがフェイトのほうへやってきた。

「先ほどは失礼を、それで、本日はどのようなご用件で、執務官殿と提督殿」

「別にかしこまる必要は無いぞ。 第一、君の階級はすぐにでもフェイトを越える」

「というか、友達なんだから敬語なんて必要ないよ………」

堂々とした主張をするクロノと、か細い声で正論を吐くフェイト。
しかし、ひかるはそれを気にした様子も無く、そうですね、と答える。

「まあいい。 それよりも、今日は凄く馬鹿な話をしに来た」

「馬鹿な話?」

クロノは逡巡してから、アリシアとリニスのほうをちらりと見て、それから向き直り、続けた。



「約束の地、アルハザードへの行きかたを知らないか?」



知っているが教えたくない。 フェイトにはひかるがそう言ったように見えた。
クロノの質問に答えず、背を向けてひかるはテーブルに戻っていく。

「答える気は無いのか」

「知ってどうするよ、そんなこと」

言うなりひかるは、グラスを一息であおる。
まるで嫌なことを忘れるために酒を飲むように。

「何でも叶う世界、何でも望める世界に行って、それでどうするよ」

「母さんを、助ける」

絞り出したような声が、リビングに響いた。

「死んじまった母親、生き返らせたいってか?」

声の主、アリシアには目もくれずにひかるは麦茶を注ぐ。
そして先程と同じように、一息で中身を飲み干す。

「違うよ。 死んでしまうかもしれないから、助けたいんだ」

「そーかい………、それは大変だねぇ、と」

おもむろに、ひかるは席を立ち、玄関へ向かう。
きょとんとしているアリシアとリニスの前へ行ってから、一言。



「連れてって欲しけりゃ、自分でついてきな」



そう言い残して、八神家を出た。






























暗い帳が下りた、冥府の深遠の如き暗闇。
誰にも見られないようにと、結界を張った草原に彼がたたずむ。
その足元に光るのは、暗き六芒星の魔方陣。

のしかかるような重圧を受けてなお、炎髪の少年は動じない。
呟かれる言葉はフェイトには理解できないが、多分あの世界の言葉なのだろう。
どこと無く、自分たちが術式を組み上げる時に使う言語に、似た発音がある。

空気中の魔力素を一点に集め、集束して、本来有り得ない扉を生み出す。
小規模次元震と、強制的な虚数空間の生成、普通の魔導師ではできない荒業だ。

そういえば、昔義母さんに聞いたことがある。
魔導師と、魔法使いの根本的な違いを。

「これはやっぱり、"人間"ができることじゃないんだ………」

人ができるかできないか、他のもので代用がきくかきかないか。
魔導師は科学や自然で代用できるが、魔法使いはそれができない。
しかし、魔法使いと呼ばれる人間は、この世には存在しないことになっている。

なぜなら、そういう人たちは、すでに失われた世界にしか住んでいなかったから。

「次元震と虚数空間の作成を一度に行うなんて、人の成せる技じゃないぞ………!」

「そもそも、私たちとひかるでは、根本的なところで何かが違っているのかもな」

どことなく、ひかると自分たちは別種の存在だ、と言っているシグナムをフェイトは睨みつける。
いつも側に居る自分たちが認めてあげなければ、彼は自分を化け物と決め付けて、心を塞いでしまう。
人は心安らげる場所、自分を認めてくれる存在があってこそ、人として生きることができるのに。

「………開くぞ!」

ばくりと、空間が広げられていく。
覗き見た亀裂の先に広がるのは、なんとも形容しがたい世界。

見れば吸い込まれそうな、黒と白が入り混じった、虚無の空間。
ありもしない物理現象が働き、全ての常識を覆す、灰色の混沌。
超重力と強烈な磁場があらゆる魔法式をキャンセルし、人を引き込む。

その中に、ほんの一筋しか見えない極彩色が一つ。
古めかしい塔や、立ち並ぶ見たことも無い建築様式の民家。
遠目で見ても分かるほど、今の現実に相反している世界。


"古の都"、"約束の地"、"アルハザード"と呼ばれる世界が、そこにあった。


「確認する」

振り返ったひかるは、明らかな殺意を秘めた目をしていた。
それが、アルハザードにもう一度行くことに対してなのか、
それとも、この先で待つ何かに対するものなのかは、フェイトにはわからなかった。

「アレで間違いないか?」

ひかるが指差す先には、先程見た、極彩色の世界がある。
アリシアはその世界をよく見てから、首を縦に振った。

「そうか。 ではもう一つ確認する」

ひかるはその場に居た全員を、ゆっくりと見回してから、

「あそこに行くのはこの場の全員………、ということでいいか?」

最終確認をとった。

「だれが嫌だって言うと思う?」

「ちょっと私らのこと、見くびりすぎとちゃう?」

「心外だな。 私はそれほどまでに信用されてないか」

「はやてが行くんなら、あたしは文句ねーよ」

「リインははやてちゃんと一緒に行くです!」

「回復役も必要ですよね? こういうときには」

「俺も行こう。 主を守るために」

「私はひかるさんについて行きましょう。 なんなら世界の果てまでも」

「というわけだが、そこの三人はどうする?」

不敵な笑みを浮かべているクロノたちは、後ろで傍観をきめていた三人に話しかける。
話しかけられた特任隊面子は、アリシアとリニスのほうを一度だけ見てから、

「ま、困っている人助けねぇのもどうかと思うがな」

「なんだかんだ言って、こういうシチュエーション大好きなくせに」

「うちのメンバーは誰も彼もがひねくれてますからね」

それぞれの武器を手に取り、真っ向から視線をぶつけてくる。
そんな中、唯一返事をしていなかったフェイトに、手が差し出される。

「行こう、母さんを助けるために」

「………うん!」

差し出された手をとり、確かな感触を靴底に覚えながらフェイトは歩き出す。
さあ、全時空の中でも屈指の強さを誇る役者が、揃った。

「それじゃ、行くか」

ひかるはどこからか取り出した二振りの剣を構え、十字に振りぬく。
切り裂かれた空間が一気に膨張し、その場の全てを飲み込む。

そして裂け目が閉じてしまったとき、その場には誰一人残っていなかった。





























うだるような暑さ、しかし体が感じているのは無機質な冷たさ。
自分が何かの上に寝転がっている、そう認識するまでに少しかかった。

ふと気づいてみると、暑さは隣に居る誰かと密着しているからで、
冷たさは、レンガのような素材でできている道路に寝転がっているせいだとわかった。

そこまで思考がはっきりしてから、フェイトは体を起こして周りを見てみた。
見えてくるのはレンガ造りの民家だけ、三百六十度レンガで埋め尽くされている。
なんかもっとこう、近未来的なところを想像していたフェイトは、ちょっとがっかりした。

がっかりした後に、よーく観察をしてみると、人の気配が全く無い。
自分が座っているところは、どうやら街の大通りらしきところで、道幅が広い。
ほぼ左右対称に立ち並ぶ家々は、その全てが石やらレンガやらで造られている。

見上げてみると、灰色に染まった空に、暗い影を落とす雲が浮いている。
無機質な町並みに、これまた似合っているモノトーンの空。

何らかの原因で、時間が止まってしまった世界に来た感覚を、フェイトは覚えた。
何より優れているがゆえに、何よりも進まない永劫に漂い続ける都市。

「さびしいな………、それって」

そして、フェイトが呟いた一言と、同じことを感じている人物が一人。

「だろ? 優れているっていうのも困りもんだよ」

「ひ、ひかるっ!?」

独り言を聞かれたうえに、その聞き手がひかるだったためにあたふたするフェイト。
はたから見ても、顔を赤らめておろおろするさまは実に滑稽だ。

「優れているからこその"永遠" 絶対的であるからこその"無限" でも、そんなものありはしないんだ」

「意味がよく分からないんだけど………」

わかる必要は無いよ、とひかるに告げられてしまったので、フェイトはそこで思考を中断する。

「本当に永遠があるとしたら、それは果てしない無か、何からも忘れ去られない有だけだよ」

ますますもって、ひかるの言葉の意味が分からなくなっていくフェイト。
どこと無く、ひかるがとある哲学者に似ているような気までしてきた。

「ま、講釈はこの程度にして。 とにかくあそこに行かないとな」

「その前に、みんなのこと起こさないと………」

フェイトとひかるは手分けして、地面に寝転がっているみんなを起こしていく。
起こしてみると、ヴィータとシャマル、そしてアルフは寝ぼけていて、
フィリスやクロノ、アリシアは意外にも意識がはっきりしており、
ザフィーラやシグナム、リニスは無理な転移のせいか、気分が悪く、
はやてとなのはにいたっては、ちょっとした記憶の欠落が発生していた。

そして、全く異常が発見されなかったのが、イーリス、セドリック、ジェイクとリイン。
四人とも、フェイトたちとはちょっと離れたところで発見された。

「点呼取るよー 全員居る?」

「確認しなくとも分かるだろう………」

ふざけて点呼を取るなのはを、呆れた顔で見ているクロノ。

「提督クラスともなれば、冗談も通じねぇってか」

「でもリンディ・ハラオウン提督は結構冗談通じる人だったけど」

「息子と母親じゃ性格が結構違いますね」

特任隊の三本柱に駄目押しを喰らい、情けなく地面に両手をつくクロノ。
あまりにへたれている義兄を、フェイトは少々無理矢理に立たせる。

「ボケてる暇はもう無いんじゃないのか? えーと、アリシア・テスタロッサさん」

「アリシアでいいよ。 それよりも、暇が無いってどういうこと?」

「気づかないのか、この魔力反応」

フェイトをはじめ、その場の全員がきょとんとした顔をする。

「ま、微弱すぎて分からないか」

肩をすくめるひかると、いまだにきょとんとしたままのフェイト。
二人のやり取りを見て、これは将来大変そうだな、とこっそり言う人が一人。

「とりあえず、目的地はアレっぽいな」

ひかるが振り向いた方向を、フィリスを除く全員が見つめる。
そこにそびえ立っている塔は、その辺の民家と同じく、レンガ造り。

しかし、その塔の高さは、高層ビルに匹敵する高さだった。
その塔の、入り口付近に群がっているのは、無骨な鎧たち。

「さて、着いたばっかりで悪いけど、軽い総力戦になるよ」

各々が、手に手にデバイスを取り、向かってくる鎧に突っ込んでいく。



古の都での総力戦が、始まる。














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