茜色から薄暗闇に染まっていく空を、四つの影が飛び去っていく。
純白の影が一つ、漆黒の影が二つ、橙色の影が一つ。
それぞれの手に握られているのはそれぞれの武器。

すなわち、彼、いや、彼女らは臨戦態勢にあるということだ。
漆黒の少女、フェイトの顔色からもそれは伺える。

彼女の両翼には、黒衣の魔導師、兄のクロノ・ハラオウンと、使い魔のアルフ、
そして、この世で最も信頼できる、唯一無二の親友、高町なのはがいる。

面子を考えてみれば、余程のことが無い限りはこの面子が敗北することは無い。
だが、これだけの精鋭を揃えた状態でも、フェイトの顔には焦りがうかがえる。

先ほどからせわしなく辺りを見回し、何かにとらわれたかのように速度を上げ続けている。
おかげで後続に続いているなのはたちは、後を追うだけで多大な魔力を消費してしまっている。 

「ちょっとフェイト〜、急ぎすぎじゃないかい?」

いい加減飛ぶのにも疲れてきた様子のアルフがフェイトに話しかける。
しかし、フェイトにはその声も届いておらず、無情にも彼女の速度は上がっていく。

「だめだ。 こうなったらあたしらの言うことは絶対に聞かないね、あの子は」

「それでは困る。 相手の戦力も分からない状況での人命救助なんだぞ?
 感情だけで先走った行動をしてしまったら、全員にどんな被害が出るかわかったもんじゃないぞ」

外見上は平静を装いたかったのだろう。
しかし、クロノは誰から見ても妹を心配するダメ兄貴にしか見えなかった。
もちろん、隣を飛んでいるなのはとアルフには特に。

「それでも、フェイトちゃんなら大丈夫だよ」

この中で一番落ち着いているなのはが、二人を諭すように言う。
もちろん、それを言えるだけの信頼がなのはとフェイトの間にはある。

それを聞いたクロノは肩をすくめ、アルフは快活に、しかし豪快に笑い飛ばした。
二人の様子を見たなのはもまた、肩の力を大きく抜く。

「確かに、なのはが言うんなら間違いないね。 使い魔のあたしが言うのもなんだけど」

「まあまあ、そうぼやくな。 お目当ての連中はすぐ近くみたいだぞ」

クロノが指差す方向、つまり下を見るなのはとアルフ。
眼下に広がるどこにでもある住宅街とビル群。
そこに本来居るべきものは一人としておらず、


「………そうみたいだね」



代わりに、重厚な鎧の集団が地面を闊歩していた。
























『フェイトちゃん! 見てわかると思うけどこの街妙な結界と傀儡兵が………』

「うん! 今確認したところ。 すぐ合流するから待ってて!」

しかし、こいつら数が多い、とフェイトは心の中で舌打ちをする。
バルディッシュのハーケンフォームで薙ぎ払ってはいるが、いかんせん効果が薄い。

一体一体を撃破するのはたやすい、
しかし、敵の物量が半端でないのだ。

縦に裂き、横に払い、残骸を蹴り飛ばしてもまだ出てくる。
一体潰せばもう三体、通りを殲滅すれば、路地裏からぞろぞろ出てくる。

「これじゃ、合流する前に疲れ果てちゃうよ………!」

口ではぼやきながらも、体は戦うという行為に正直に反応している。
フェイトは地面を蹴って、飛び上がるその瞬間にプラズマランサーを放つ。

集束した電撃の槍があっという間に六体の傀儡兵を貫き、鉄くずに変える。
だが、そこかしこから現れる鎧の数はその倍、三倍、いや、さらに上か。

相手の数が一向に減らないことへの苛立ちが、フェイトの思考にとある感情を生み出す。
彼女が好意を寄せている人物が、一番飲み込まれてはいけないといった感情。

「私はリニスを助けたいだけなのに、何で――――――」

大切な者を案じるがあまりに芽生える、"怒り"



「――――――邪魔をするんだッ!」



言葉が傀儡に届くのが速いか――実際には"届きはしない"のだが――否か、
それくらいの速度で、フェイトは傀儡兵の真っ只中を駆け抜けて行った。

微風が鎧の隙間を駆け抜けると同時に、亀裂の入った胴体が砕け、爆砕する。
粉々に砕け散った魔法合金の残骸が、おびただしくほとばしる血のように広がる。

瓦礫が人々の根付く足場となる世界の上で、フェイトは焦りを浮かべたまま佇んでいる。
どう考えても時間が経ちすぎている、彼女の姉が助けを求めてきてから、もはや一時間だ。
ごく普通に考えて、リニスがこの数相手に勝てるとはフェイトは思っていない。
フェイトでさえ、一人だったら三十分も持たずに囲まれ、潰されてしまうだろう。

「リニス………、どこ………?」

胸に左手を当て、心配そうに周りを見回すフェイト。
しかし、見えるのは一般的な住宅だけである。

「フェイトちゃーん!」

フェイトの背後のほうからなのはたちが急いで飛んでくる。
こちらはこちらで大変だったのか、バリアジャケットがところどころすすけている。

四人はばらばらに行動するのを危険だと判断し、四人一小隊で行動することにした。
先頭が防御力の高いなのは、その後ろにフェイトとアルフ、その後続にクロノが続く。

「ねぇ、クロノ」

「ん? どうしたフェイト」

フェイトは顔を上げた義兄のあまりにもすっとぼけた面を見てため息をつく。

「なんでもない、注意するまでもなさそうだから」

「?」

フェイトが言いたいことに全く気づかない義兄に、フェイトは安心感と呆れを感じていた。
これでよくもまあ、エイミィが彼を振り向かせることに成功したものだ。

自分は好きな人に声をかけることすら困難なのに。

「レイジングハート、誰か居るかわかる?」

『北西一キロ地点に傀儡兵が集中しています。 おそらくはそこかと』

「よし、急ごう!」

四人は北西に向けて、かなりの速度で飛んでいく。
一分もしないうちに、ビル街の一角に集中している傀儡兵が見つかった。

彼等は一様に、とある路地の入り口に、近づいては離れてを繰り返していた。
フェイトたちは、傀儡兵が入り口に殺到したのを見計らって魔法を放つ。

雷の槍と、桃色の光線と、炎の針に貫かれた傀儡兵は一瞬でスクラップと化す。
陣形が崩れた一瞬の隙をついて、フェイトとアルフが白兵戦で残りを潰す。

「片付いた!」

「リニス!」

ガッツポーズで喜ぶアルフの横を過ぎて、フェイトはビルの谷間に足を踏み入れる。
思っていたより清潔感がある幅二メートルくらいの路地の一番奥に、彼女は居た。

「リニス………!」

路地裏の最奥にうずくまっていた女性は、最初戸惑った様子でフェイトを見てきた。
不安げだった表情が少しばかりの安心に変わり、それから驚くまでの喜びになった。 

「フェイト………!」

薄暗闇に染まっている路地の真ん中で、フェイトとリニスは再開を祝して抱き合う。
もはや永遠に合うことの無かったはずの二人が、今この場で再びの邂逅を果たした。
人によってはこうも考えるだろう、なぜ二人は再会できたのか。

違和感を抱えている表情のクロノが、大泣きしている二人に近づいた。

「あの、すみませんが一つ聞きたいことが………」

「リニス、大丈夫だった? ごめんね、駆けつけるの遅くなって」

「フェイトがそんなことで謝る必要は無いんですよ。 私だってフェイトのことをずっと心配してました。
 本当に良かった、フェイトが私の想像以上に、優しくて、強い子に育っていてくれて」

感激のあまり涙が止まらない二人は、クロノを無視して話を続ける。
その後十分にわたり、クロノは接触を試みるも完全に失敗。

そしてそのままフェイトとリニスの昔語りが続くこと四十分。
そこそこに語りつくしたリニスが、ようやく回りに目を向け始めた。

リニスはとりあえず三人を見回し、その中にアルフの姿を発見してまた感激するかと思ったが、
そこはフェイトに押し留められ、なのはとクロノの前に、淑やかな表情で立った。

「助けていただいて、ありがとうございます。 私、フェイトの家庭教師だったリニスと申します」

「ご丁寧にどうも、僕は時空管理局提督、クロノ・ハラオウンだ」

「私は、フェイトちゃんのお友達の、高町なのはです」

二人の名前を復唱して、それを覚えようとしているリニスを見て微笑むフェイト。
しかしクロノは、そのリニスに向かって質問を仕掛けた。

「一つ聞いてもよろしいですか?」

「何でしょう、えっと、クロノさん」

咳払いが一つ。

「言い方がまずいかもしれませんが、あなたはとうに死んでしまった女性だ。 
 そのはずのあなたがなぜ、今この場に居るんです?」

リニスは当惑した表情を浮かべ、それから、ゆっくりと息を吐いた。

「私の元の主、プレシアが私と、アリシアを生き返らせたから」

その言葉を聞いた途端に、クロノの表情が一変する。
いつもは冷静沈着を通り越して無愛想な顔が、驚愕と憤怒に彩られる。

「どういうことだッ! やはりプレシアはたどり着いていたのか、あの世界に!」

「ちょっと、クロノ!」

リニスの胸倉をつかみにかかったクロノを、フェイトとアルフが取り押さえる。
肩で息をするクロノだが、徐々に落ち着きを取り戻しているようにも見えた。

「すまない、いきなり掴み掛かってしまって」

「いいえ、いきなりあんなこと言われたら誰だって驚きますよね」

「それよりリニス、プレシア母さんが生きてるって………」

フェイトのまなざしを受けたリニスは、いったんうつむいて黙り込んでしまう。
話すのを拒むのではなく、フェイトに伝えるべきかどうか迷っている表情。
それでも、意を決したのか、リニスは重々しく口を開いて、喋りだす。

「プレシアは、生きています。 あなた方が、"約束の地"と呼ぶ場所で」   

透き通る笛の音のような言葉が、フェイトたちの動きを止める。 
言葉の意味が、彼女らの脳髄を刺激するまでにほんの一瞬、
その意味を理解し、記憶と照らし合わせて、真実と認めるまでに約一秒。

なのはが、フェイトが、アルフが、そしてクロノが声を発する前に、リニスはフェイトの手をつかみ、


そして、告げる。



「お願いします。 この事件を解決するため、力を貸してください」




























リニスが、フェイトたちに伝えた話を要約するとこうなる。

時空管理局と、プレシア・テスタロッサが激突したあの日、
プレシアはフェイトの目の前で、虚数空間の狭間へと落下していった。
もはや生き返ることの無い屍、娘であるアリシア・テスタロッサと共に。

しかし、プレシアは虚数空間の最奥で、一つの世界を発見した。
"忘れ去られし世界"、"古の都"、"約束の地"、と呼ばれる、古代の魔法大国。


そう、"アルハザード"と呼ばれる世界を。


どうやってそこにたどり着いたのまでは覚えていないらしい、
ただ無我夢中でそこに向かっていった、とプレシアはリニスに語ったそうだ。

アルハザードにたどり着いたプレシアは、都市の中央に立つ巨大な塔に足を運んだ。
塔の外見は、ピラミッドのような石造りなのだが、その内部は見たことも無い機械で満たされていたという。

プレシアは、そのうちの一つ、回復能力を促進させる機械を使い、傷を治し、病を癒した。
そして、その塔の探索を初め、ついに悲願を達成するための力を得た。

使用者の細胞の一部、そして莫大な魔力と、膨大な電気エネルギー。
それらを使い、プレシアはついに愛しい愛娘をこの世に呼び戻したそうだ。

当初、アリシアは自分が死んでいたことを、全く自覚していなかったようだ。
プレシアがおこなっていた実験に、遊びに来るその直前で記憶が途絶えていたという。
そのことにプレシアは、安堵と後悔の両方の感情を覚えたそうだ。

肉体は事故当時のものだったアリシアだが、その成長スピードは驚くべきものだったらしい。
急激な成長を続け、三年間でフェイトと同年齢くらいにまで成長したそうだ。
それについては、本人はともかく、プレシアにも原因はさっぱりだったらしい。

そしてどうやら、リニスはアリシアが復活してから一年後に生み出されたらしい。
山猫の細胞と、アリシアの遺伝子を流用して作られたリニスは、以前とは少し違ったものだった。 

リニスはアリシアの教育係、兼遊び相手として、プレシアでは無くアリシアと契約を結んだ。
蘇生したアリシアは、魔法こそ使えないものの、膨大な魔力が体に蓄積されており、
宿主からの魔力供給を常とする使い魔にとっては、正に理想的な宿主であった。

リニスはアリシア、プレシアの二人と、二年間を幸せに過ごした。
そして、三人で過ごす三年目の月日が始まったころ、事は、起こった。

突然、プレシアが居住区としていた塔の地下から、人とは思えないほどの魔力反応が出たのだ。
プレシアが、そしてリニスが今までに経験したことも無いような、途方も無く大きく、そして密度の濃い魔力。

当然、危険を感じたプレシアが調査に向かったが、その後彼女からの連絡は途絶え、
更に、塔の至るところに置いてあった無骨な鎧たちが、意思を持ち、アリシアとリニスを襲い始めたのだ。

身の危険を感じた二人は、塔に設置してあったトランスポーターで別世界に逃走。
そのとき適当に打ち込んだ座標のおかげで、二人はフェイトたちに保護されたのだそうだ。

以上が、リニスが臨場感たっぷりに話してくれた真相の要約である。

「それで、アリシアはプレシアを助けてもらうためにフェイトに会いに来たと」

うつむくアリシアの代わりに、リニスが肯定の意を示す。

「お姉ちゃんは、何で私のことを知ってたの?」

フェイトが一番先に出た疑問を、アリシアに伝える。
うつむいていたアリシアは、ゆっくりと顔を上げてから話す。

「母さんが、よく話してくれた。 私の代わりとして、この世に生を受けた子供が居るって。
 母さんはその子に酷い仕打ちしかできなかったから、多分母さんのことを恨んでいるだろうって」

「そんなこと、無いのに………」

瓜二つの顔をした姉妹の表情が、同じように曇る。 
しかし双方の心に宿る感情は、少しだけ異なるもの。

「プレシアはアルハザードに居る、と言ったな?」

あくまでクロノは事務的に事を運ぶ予定らしい。
その口調に、フェイトはいささか反感を覚えた。

「ええ、そうとしか考えられません」

「では、君たちは僕たちがそこへ行く方法を知っているのか?」

その場の空気がぴたりと固まった。
触れてはいけない核心に、クロノは触れてしまったようだ。

「えーと、わかんないです………」

ぴたりと止まった空気に拍車をかけるがごとく、回答も予想通りのものだ。
リニスが可愛らしげに首を傾げるが、そんなことはこの場の清涼剤にもならない。

「方法も分からないのに僕等に助けを求めたと、つまりはそういうわけだな?」

「だって、管理局の人なら行きかた位知っていると思ったんだもん」

アリシアが頬を膨らませて、すねたような表情をする。
それを見たクロノは盛大にため息をついて、その場に座り込んだ。

「楽観視にも程があるだろう。 僕たちだって万能じゃないんだ」

「時空管理局の名において、その台詞はどうかと思うけどねぇ」

普段はあまりからかえない執務官に、アルフがここぞとばかりに嫌味を浴びせる。
それでも真面目な執務官は、嫌味を理解したうえでお手上げの姿勢を示す。

「"魔法は魔導師"とよく言うだろう。 しかし魔導師だって万能じゃないんだ。
 専門家に任せていても、その専門家ができることしかできないんだから」

「まほうはまどうし、って何?」

この中で唯一、地球出身であり地球在住のなのはが首を傾げる。

「ああ、こっちには魔法という概念は無いんだっけ。 そうだな、こちらのことわざで言うと、"餅は餅屋"かな」

「意味だけ言っちゃうと、物事は専門家に任せるのがいいって事だよ」

専門家、となのはは復唱する。
そこで意味を理解した賢しい少女は、



「じゃあアルハザードの専門家に、お話聞いたらいいんじゃないかな?」



と、素っ頓狂な回答を一同に聞かせた。

「専門家って、アルハザード出身の奴とかこの世に居るわけが無いじゃん」

「あうう………」

ごく当たり前の感想と回答をくらい、なのはは恥ずかしさで縮こまってしまう。
しかし、その質問を正確に聞き逃さず、そして答えまできれいに出した人物が居た。


「居るだろう、専門家」


突然手を叩いて立ち上がったクロノを、アリシアとリニスが見つめる。


「アルハザード出身と言っていたあいつだよ」


期待が込められた視線がクロノに降り注ぐのを見て、フェイトは呟いた。


「どうしよう………」




 







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