季節は夏、だけどなぜか降りしきる雪の中、少年は、とぼとぼと歩いていた。
ここは異世界ミッドチルダにある公園。
市街地のはずれにあるので、基本誰も気に止めない。
少年、八神ひかるが目指しているのは、公園のはずれ。
町が見通せる、高台だった。
そしてその少年を追うかのように、ついていく人影が四つ。
なのは、フェイト、はやて、クロノの四人だった。
少年は、とある墓石の前で、歩みを止めた。
そして、手にもっていた花を、そこに置く。
「こんにちは、久しぶりです。 今日は、簡単な報告にきました」
ひかるはその場にしゃがみこむ。
「えーと、まず、アレクサンダーは死んじゃいました。 それと、最後の種も、きちんと消し去りました」
ひかるの目に涙がたまっていく。
「これで目的も果たしたし、特にやることもなくなったんで、これからは、くることができるかどうか、結構危ういです」
それでも、とひかるは続ける。
「思い出したら、できる限り寄りたいです、ここに」
ひかるは墓石の砂を払う。
そこには、簡単な文字が刻んである。
「だからフィリス、できればお前も俺のこと、忘れないでいてくれよな」
『なーに言ってるんですか』
そのとき、その場にいた全員がきょとんとした。
ひかるにいたっては目を丸くしている。
それもそのはず、墓石は普通、喋らない。
でも、正確に言うと、喋っていたのは墓石ではなく、
そこに埋め込まれていた蒼の宝石だった。
『はぁ、この瞬間をどれだけ待ったことか、失った魔力を取り戻すのに二十億年もかかっちゃいました』
「へ……………………?」
『ああ、知らなかったんでしたっけ、ひかるさんは。 あの時、私は確かに心臓を撃ち抜かれました。
でも、その瞬間にこの宝石に精神を移したんです。 そのせいで大分魔力を消費しちゃって、話すこともできなくなっていたんですけど』
「え…………、じゃあ………」
『ハイ♪ 私は生きてます。今ここに』
その言葉を聞いたとき、ひかるの目から、涙がこぼれた。
失っていたと思っていた感情が、どんどんあふれてくる。
彼の心は、錆び付いてなど、いなかった。
彼の心は急激に起こったことに耐えられずに、
ただ、少しの間麻痺していただけなのだから。
『泣かないでください。あなたが泣くと、こっちまで悲しくなります』
「それは無理でしょ。 だって……、うれしいんだから」
そういいながらひかるは宝石を取り外す。
「約束する、何年かかっても、お前の体を作ってやる。絶対にだ」
『はい。いつまでも、待ってます………』
雪は、いつのまにか止んでいた。
その後に残っていたのは、暖かい、夏の日差しだった……………
ところ変わって、ここは時空管理局の一室。
現在は八神ひかるを捕らえておくための部屋として使われている。
応接室みたいな部屋の中で、ひかるはソファに座って本を読んでいた。
その傍らには、神々しい輝きを放つ蒼い宝石がある。
ひかるがページをめくろうとしたとき、不意にドアが開いた。
そして入ってきた一人の少女は、ひかるの目の前のソファに腰を下ろした。
「こんにちは、というより始めましてのほうが適切やろか」
「いや、こんにちはでいいんじゃない? 君のことは、見覚えがあるし」
「それはうれしいなぁ。あの時は別に一言も喋らんかったから」
そういうと少女、八神はやては持ってきた菓子をテーブルに置く。
「じゃあ、改めて自己紹介。私、八神はやていいます」
「俺は、八神ひかる。君と苗字がおんなじだ」
その言葉を聞いたとたん、はやてはポケットから一枚の写真を取り出した。
おもむろに突きつけられたそれをひかるは手にとる。
そこには、笑いながら両親に抱きついている少女と、
ちょっと恥ずかしそうな視線を向けている炎髪蒼眼の少年がいた。
それを一度見てから、ひかるは改めてはやてを見る。
そうしてから、はやてが呟いた。
「そこにうつっとるの、私の家族なんよ。でもな、私はそこにうつっとる赤い髪の子の事何も知らへんのよ」
それでな、とはやては言う。
「もしかしたら、君、私のきょうだいとちゃう………?」
「………確かに、俺には妹がいた。 でも、名前まで正確に覚えては……、いない」
「そう……………」
その場を重い沈黙が包む。
そしてはやてが席をはずそうとしたとき、
「なーんてな」
とひかるは言った。
「え………………?」
「覚えてるよ、名前。 父さんと母さんと、そして、俺の大事な、八神はやて」
その言葉が、二人の兄妹を救った。
生き別れの双子の兄との再会。
八神はやてにとって、これほどまでにうれしいことはないはずだ。
だって、ようやく血のつながった家族に、会えたのだから。
「せやったら、君は………」
「そう、君の兄」
はやての目から涙がこぼれていく。
ひかるはそんなはやてを抱きしめながら、こう言った。
「ごめんね、九年間もほっといて」
「おにい………、ちゃん………」
「もう大丈夫。もう絶対に、ほっぽり出したりしない。 護るって決めたから、君たちみんなを」
暖かくて、力強い言葉。
それに身をゆだねながら、八神はやては少しの間泣き続けていた…………
ある涼しげな夏の日、管理局本局の食堂に、
なのは、フェイト、はやて、クロノの四人が集まっていた。
「それで、彼の処分はどうなったの?」
なのはが尋ねる。
「管理局への従事、一年」
クロノがコーヒーを飲みながら答える。
「ちょっと待ってクロノ。いくらなんでも軽すぎない? 今回の事件のレベルを考えると三百年間の幽閉ぐらいになるけど………」
「そのことは、僕から説明する。
まず、今回の事件で壊滅させられた犯罪組織の人間に、死亡していた者は、一人としていない。
すべてが、体の自由を奪われる程度の攻撃に留めてあった」
「そうしたら、まずつくのは傷害罪系統………」
「それに、証言や目撃によると先に攻撃を仕掛けていたのは彼じゃない。 だから、正当防衛というものも成り立っている」
クロノはコーヒーを口に含む。
「それに、これは推測なんだが………」
「何?」
「管理局、それも最高協議会は、彼の力を欲している。 だから、彼には重い処分を下したくない、いや、下せなかったはずだ」
「それって、お兄ちゃんのことを、単なる兵器として見とるって事?」
はやてがケーキを食べながら言う。
「僕の推測が当たっていれば、な」
そのとき、なのはが思い切りよくテーブルを叩いた。
「ひどいよ、そんなの!だってあの子は何も悪くなんかない!
ただ、身勝手な人たちのせいで大きい力を持たされただけ………」
「気持ちはわかる。だけど、人間は、組織っていうのはそういうものだ。 支配する象徴、すなわち強大な力を、人は欲しがる」
それが人間の性だ、とクロノは吐き捨てるように言う。
「だからこそ彼にも聞いた、本当に時空管理局に従事するのかと」
「そしたら、お兄ちゃん、なんて答えたん?」
「俺がトップになって管理局を変えてやるって、そう言った」
多分無理だろうけどな、とクロノは言う。
「でも、本当に管理局の体制はおかしいとは私も思う。だけど、やっぱり私たちだけじゃ、どうすることもできない」
「それでも、少しづつ努力しよう。 人が兵器として見られない、平和な世界を目指して」
とある夏の日の昼下がり、
四人の中で、とある誓いが、生まれた……………
『………本当に、管理局に勤めるつもりなんですか?』
テーブルにおかれた蒼い宝石は話し掛ける。
「ああ、そして変えてやる。あの子達が何も心配しなくていいように」
『志は、高いほうがいいです。 でも、あまりにも高いものだと………』
「フィリス」
ひかるはそこで言葉を切らせる。
「俺がやると言って、できなかったことって、あったか?」
『私のことを護ることぐらいですか』
ぐさり、とひかるの心に槍が数本刺さる。
「それを今言うなよ。正直結構気にしているんだから」
『冗談ですよ、ひかるさん』
「どちらにしても、俺はあの子達を護る。 そのために邪魔だっていうんなら、管理局だろうが潰す、お構いなしにだ」
『ま、止めはしませんよ。 あなたの選んだ道ですから』
「何言ってんだよ、フィリス」
ひかるは窓辺に立つ。
眼下には、近代都市が広がっている。
「俺は今、人生の目的ができて、最高にうれしいんだぞ?」
そして一言、大きな声で言い放った。
それが実現するのは、いつのことになるのだろう。
それは幸福への掛け橋かもしれなければ、
絶望への下り坂かもしれない。
だけど、その瞬間八神ひかるは思っていた。
俺の大切な人たちが、いつまでも幸福でありますように、と。