八神ひかるは、ゆっくりと、その木を見ていた。

以上とも取れる勢いで発達していくその木は、過去の遺物。

この世に存在させてはならぬもの。

 

取り付いた世界に魔力の恩恵を与える代わりに、

土地を死滅させ、食らい尽くす。

 

その木の名前は、

 

 

 

世界樹、ユグドラシル。

 

 

 

かつて、アルハザードでは、この樹を中心にして、街ができていた。

しかし、四十億年前、とある科学者がその木の制御に失敗、

そしてアルハザードは、土地を食らい尽くされ、滅びた。

 

そして今、ここでその再現が行われようとしている。

それだけは、絶対に避けねばならない。

 

 

「かといって……、今すぐこの怪我でなんとかしろっつーのもなぁ………」


ひかるは血が噴きだす腹を抑えてうなる。

つい先ほどの戦闘により、彼の腹には大きな穴が開いていた。

「ったく、それにしてもとんでもない成長力の樹だな」

 

壊すのにも骨が折れるぜ、と彼は呟く。

 

「援軍かなんか来てくれるとすんごくうれしいんだけど………」

 

この状況じゃ無茶か、とひかるは言う。

 

「よっしゃ、やりますか」

 

ひかるは両腕を水平に伸ばす。

右手にはまばゆい光、

左手には漆黒の闇をまとわせる。

 

「これ使うのは正直気が引けるが………、まあ、相手が相手だししょうがない」

 

その言葉が発せられた瞬間、

八神ひかるの手には、剣が握られていた。

 

右手に宿るは、純白の輝きを持つ白銀の剣。

大して左手に宿るは漆黒に青の宝石をひとつ取り付けた暗黒の剣。

 

「シャイニングセイバー、ダークネスセイバー、久々だけど、二人いっしょに働いてくれるか?」

 

『了解しました』

 

『久しぶりですね、マスター』

 

「………よし、行くぞ」

 

ひかるが剣を振りかぶる。

そして魔力をため、一気に振りぬこうとしたそのとき、

 

「そこまでだっ!」

 

クロノがひかるの剣をつかんだ。

そのクロノにひかるはこれまでにないくらいの目線をぶつける。

 

「な、なんだ君は」

 

「いや、空気が読めない執務官さまだと思いまして」

 

「君はそんなジョークを飛ばす人間だったか?」

 

「その辺は気にしないで欲しい、この状況で」

 

などというやり取りを交わしている二人の下へなのはたちが集まる。

この時点で総勢五人。ひかるにとっては、心強い援軍たちだった。

 

「えーと、みなさんおそろいで何の用です?」

 

そんなボケをかましたひかるになのははレイジングハートを突きつける。

その無言の瞳から放たれる視線は言う、

そんなことはどうでもいいから、早く事情を説明しろと。

 

「………かいつまんで説明すると、あの男は俺が倒しました。
それで、そいつが絶命すると同時にこれが生えてきました、 …………………以上です」

 

「そしたら、あれぶっ壊せばいいんだね」

 

その言葉を聞いて全員が固まる。

そして全員が察知する、

この娘は、完全に本気だと。

 

「フェイトちゃん、はやてちゃん、ちょっと力貸してもらえるかな」

 

「う、うん。喜んで」

 

「わ、私も!」

 

慌ててデバイスを準備するフェイトとはやて。

 

「いい?せーのでいくよ」

 

「了解!」

 

「こっちもオッケーや!」

 

「せーのっ!スターライト………」

 

「プラズマザンバー………」

 

「響け終焉の笛ラグナロク………」

 

三人の魔力が瞬時に高まる。

 

 

「「「ブレイカー!!!」」」

 

 

三人のデバイスから放たれる三者三様の攻撃がユグドラシルに降り注ぐ。

絶え間なく続く魔力ダメージにさすがの世界樹も落ちるかと思われた。

 

 

しかし、

 

予想に反して、三人の最大攻撃でも、

その木は揺らがなかった。

 

「周りの皮がはげた程度か。 まあこれくらいが妥当だよな」

 

「君は何で冷静でいられる!ありえないことだぞ、これは!」


三人の魔法の威力を知っているだけあって、クロノの驚き方は凄まじい。
しかしそんなクロノを見て、ひかるは心底あきれたように、

「だってさ、こいつは旧世界の遺産だぜ。 今の魔導師の攻撃程度で簡単に崩れてたまりますかっての」

 

「だったら、どうやって崩す」

 

「簡単」

 

ひかるは言い切った。

 

「俺が崩すさ、命と引き換えにでもな」

 

その言葉とほぼ同時に、

八神ひかるは二度目のビンタを食らった。

 

「い、痛いんですけど、高町さん」

 

「また君は一人で背負い込もうとする! 少しは人を頼ったっていいって、言ったでしょ!」

 

「あの、今回ばっかりは俺の力じゃないとだめなんだけど」

 

「だとしても!」

 

そこでなのははいったん言葉を切る。

 

「君一人が、全部どうにかしようとか思わなくて、いいんだよ……?」

 

「……………………………………」

 

うつむくひかる。

この時点では、誰もが思っていた、

八神ひかるは、自分たちに協力してくれるのだと。

 

しかし、その予想は一瞬で覆される。

 


 

「シャイニング・バインド!」



 

突然ひかるの体が光ったかと思うと、

次の瞬間には、その場の全員が動きを封じられていた。

 

「くっ………!」

 

「悪いね、事情を説明しちゃうと、あの樹をもしも破壊したら、大量の魔力素が溢れ出すんだわ。
そして、溢れ出す高密度の魔力素はその場のものを飲み込む。 それに、並の魔導師は耐えることができない………」

 

だから俺が行かなきゃなんないんだ、とひかるは言った。

 

「でも、大丈夫。みすみす死んだりする気はない、帰ってくるって、約束してもいい」

 

それじゃあ、と言い残し、八神ひかるは背中に翼を生やす。
純白の六枚の翼を羽ばたかせ、ひかるは世界樹へと突き進んでいった。

 

 

 

 

 





急激に、黙々と成長を続ける樹、

旧時代から、それの存在意義は変わらない。

 

ただただ、根付いた大地に魔力を供給し、

ただただ、使い方を誤った都市を壊していく。

 

けどそんな悪循環のサイクルは、ここで絶たねばならないと、ひかるは思った。

 

「さっきは茶々が入ったが、今度はそうはいかない」

 

瞬間的に羽ばたく翼から舞い散る羽の中、八神ひかるはゆっくりと標的を見据える。

 

「ぶっ潰すぞ、世界樹ユグドラシル」

 

ひかるは二本の剣を振りかざす。

 

「まさか、この技を使うことになるとは………」

 

人生ってのはよくわかんないものだ、と彼は呟く。

 

彼が、この二本の剣を同時に振るったのは今までに二回。

一回目は、アルハザードが、ユグドラシルに飲まれたとき、

二回目は、次元世界を揺るがす大戦争を終結させたとき、

そして三回目に使うときは、自分が、未来にむかって進むとき。

 

そんな人生の節目に、この技は使われてきた。

 

だからこそ、彼は臆することなくこれを使う。

絶対の自信と、絶大の信頼を置いて。

 

「行くぞ、世界樹!」

 

ひかるの体が白く輝く。

 

「ダークネス+シャイニング! すべてを無に帰す灰色の波動! 滅ぼせ! エターナル・ジャッジメント!」

 

 

ひかるが振りぬいた剣から放たれる黒と白の波動。

現時点でひかるが放てると思われる最大の魔力を載せた一撃。

その波動は何本もの光線に分かれ、世界樹に降り注ぐ。

 

白の波動が樹の表皮を削り取り、

黒の波動が現れた内部を抉り出す。

 

何分も続く極大の魔力攻撃。

普通のものなら、これに耐えられはしない。

 

しかし、世界樹は耐えた。

ぼろぼろで、もはや切り株ぐらいにしか原形をとどめてなくても。

 

 

「くそ………! だったらもう一発!」

 

腹部から血を流し、喀血しながらひかるは剣を振り上げる。

 

「潰せ……! エターナル・ジャッジメント!」

 

またも放たれる波動。

しかし、それにも世界樹は耐え切る。

 

「くそっ!くそっ!くそっ!」

 

どれだけ破壊しても再生を続ける樹。

それが、世界樹ユグドラシル。

 

「わかっちゃいた。わかっちゃいたが………」

 

こうも予想が当たると詰まんないよな、と彼はいう。

 

「どうする、こいつが効かないとなると、他に手はない。 だからって、ここで簡単にあきらめるわけにいくかよ!」

 

ひかるが再度剣を振り上げたそのとき、

 

『落ち着いてください、マスター』

 

「シャイニング………」

 

六本の剣が、ひかるの前に現れた。

その中には先ほどまで握っていた剣の姿もあった。

 

『そうですね、今のあなたは、マスターらしくありません』

 

「らしくないってどういうことだよ」

ひかるがふてくされながら言う。

 

『全然冷静さがない』

 

『大人びてない』

 

『思慮深くない』

 

『熱血すぎ』

 

『ガキくさい』

 

『ドジ』

 

「最後の絶対違うだろ! 何なんだお前ら、六人そろって人を馬鹿にしやがって!」

 

『あなたは、力を生かしきれてないってことですよ』

 

シャイニングセイバーの言葉に、ひかるは一瞬黙る。

 

『念じてください、力が欲しいと。 あなたには、私たちのほかにも、頼れる剣がある』

 

「頼れる………、剣………」

 

『念じれば浮かぶはず。あなたの、本当の剣の名が』

 

「……………………………」

 

ひかるが精神を集中させ始める。

その心が、どこまでも透明に透き通っていく。

 

(俺の、剣)

 

八神ひかるは念じる、この状況を打破する剣を、

この世の全てが未来へ進むための剣を、自分によこせと。

 

(俺だけの…、俺だけの最強の剣!)

 

そして彼が強く願ったとき、最強の剣の名が、生まれた。

 

 

「輝け!エレメンタルブレイズ・ゴッドセイバー!」

 

 

 

その言葉とともに、ひかるの体が輝く。

あふれんばかりの光に包み込まれ、ひかるは覚醒を始める。

 

腹の傷は癒され、体力、魔力は完全回復し、

そして、バリアジャケットも新しいものへと変わっていく。

 

そして、何よりも変わったところは、右手に携えた神秘的な輝きを放つ剣。

白銀にも、黄金色にも見える刀身に、薄光りする黒の刃。
白く発光するオーラを身にまとい、途方もない存在感と威圧感を放つ剣。
  

エレメンタルブレイズ・ゴッドセイバー。

神の剣の誕生の瞬間だった。

 

「………アレクサンダーが言ってたのはこういうことなのかな」

 

『それは図りかねます、マスター』

 

「そうか、でも別にいいや」

 

ひかるはゆっくりと振り向く。

その先にあるのは、いまだ再生を続けるひとつの樹。

 

「お前が邪魔するってんなら、それでもいいさ」

 

ひかるは剣を構える。

 

「さっきはアレクサンダーに言おうと思ったけど、あの台詞、やっぱお前のために言うよ」

 

曇りのない純粋な目が、ただ一点を見つめる。

 

 

「俺はお前を倒して、未来(さき)へ進む!」

 

 

ひかるの全身から強大な魔力が溢れ出す。

 

 

「だから……、邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

その瞬間、ひかるは光の速度で飛び出す。

極限の速度と、極大のエネルギー、

それらを収束した剣が、今まさに、

 

 

 

大気を切り裂き、世界樹と呼ばれる大木を、粉々に打ち砕いた。

 

 

 

その瞬間、溢れ出す膨大な量の魔力素。

生命の息吹とも取れるそれは、瞬く間にひかるを飲み込む。

 

(あたたかい……………)

 

膨大な量の魔力素を体に取り込みながら、八神ひかるは思った。

 

そして一瞬悟った。

ここで、自分は終わるのだと。

 

 

(還るんだ、アルハザードに………)

 

 

すべてが緑一色に染まった世界で、ひかるは思う。

自分は、いや、過去の自分は、あの世界に還ったんだと。

 

そして、これからの自分は未来へ進んでいけるんだと。

 

あふれる魔力素の奥底に体が沈んでいこうとしたそのとき、

ひかるの手を、誰かががっちりとつかんだ。

 

 

(帰れるんだ……、俺は………)

 

 

誰かに引っ張り上げてもらいながらひかるはそう思った。

 

そして彼は、その瞬間、最後にこう思った。

 

 

 

 

(俺は今、最高に幸せなんだな………)

 

 

 

 

八神ひかるが人生の中で一番、言いたかった言葉だった。






 

 

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