どれだけ時が過ぎようとも、変わらない思い。
それをぶつけたくて、伝えたくて。
そのために、限りない過ちと、罪を犯して。
それでも、絶対に、伝えたかった。
君は一人なんかじゃない。
大切な人は、いつでも君のそばにいるんだって。
剣と拳が、絶え間なくぶつかり合う。
そのたびに、二人は傷つき、それでもなお、立ち上がる。
もはや、勝負なんて関係のない泥沼の戦い。
それでも、八神ひかるには貫きたい信念があった。
それに気づいたのは、遅かったのかもしれない。
それを思い出したときには、手遅れだったのかもしれない。
でも、そうじゃないと信じているからこそ、彼は剣を握る。
今からでも遅くはないから、彼は戦う。
その信念(こころ)を、折りたくないから。
アレクサンダー・クロウリーには、ひとつの思いがあった。
こちらも、絶対に曲げたくない思い。
だからこそ、彼は二十億年も前に罪をひとつ、犯した。
この選択があっているのか、間違っているのかは、彼にはわからない。
でも、目の前で剣を振るい、自分と戦っているこの少年が、
その選択の合否を、証明してくれる気がして。
だから彼は拳を握る。
確かめたいから、知りたいから。
人間が、人間としての尊厳を保ったまま、どこまで強くなれるのかを。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「せいやぁぁぁっ!」
二人の拳と剣がぶつかる。
その瞬間発生する衝撃波が水面にできた波紋のように広がる。
「食らえ! フレイム+ライトニング! 燃え盛る烈火の雷! イグナイテッド・バーン!!」
振り抜いた剣から放たれる、赤色に発光する雷がアレクサンダーを襲う。
アレクサンダーが雷を弾こうとすると、それは、炎と雷の二種類の攻撃にわかれ、襲いくる。
直撃を防ごうとするアレクサンダーのバリアをかいくぐるような攻撃。
(やはり………、彼は………)
「よそ見してる暇あるのかよ!アレクサンダー!」
アレクサンダーが雷と炎を退けたその直後、ひかるが思い切りよく突っ込んできた。
右上段からの鋭い斬撃。
それを右腕で弾き飛ばしたアレクサンダーはミドルキックを放つ。
ひかるはそれをもう片方の剣で受け止める。
その瞬間にひかるとの距離を離したアレクサンダーは光弾を放つ。
ひかるはそれを切り払い、さらにアレクサンダーに詰め寄る。
ゼロ距離で何度もぶつかり合う二人、
しかし、この戦いにも、転機は訪れる。
「シャイニング・バインド!」
ひかるから放たれるまばゆい光がアレクサンダーの動きを止める。
「ッ………、しまった………!」
「終わりだァッ!アレクサンダー!」
ひかるが剣を振りかざしてアレクサンダーに向かって突撃する。
その刹那、バインドが解けた。
「んなぁッ!?」
「好機!」
一瞬戸惑ってしまったひかるの攻撃にあわせるように、
アレクサンダーはパンチを放つ。
吸い込まれるようにひかるの腹部にそれが決まる。
ぐふっ、という声とともにひかるは体制を崩す。
「決まりだ!」
その瞬間に、氷の魔力を持った拳が、ひかるの体を貫いた。
口からあふれる血、腹部からの出血。
誰がどう見ても、決定的だった。
ゆっくりと、アレクサンダーは拳を引き抜く。
その瞬間、八神ひかるは喀血し、
その場に、堂々と立っていた。
「なッ…………!」
驚いたアレクサンダーは慌てて距離を離す。
「馬鹿なッ……、なぜ君は立っていられる! その怪我で、その疲労で!」
アレクサンダーは叫ぶ、己がわからないことを。
ひかるはその言葉を聞いたあと、ゆっくりと、こう答えた。
「前にもいったはず……………」
その言葉にアレクサンダーは一瞬、
『恐怖』を覚えた。
「あんたを超えるため、あんたに………、勝つためだッ!」
ぼろぼろの体で、ぼろぼろの心で、
八神ひかるは言った。
今まで越えられなかった壁を、絶対に越えて見せると。
新たな地平へ旅立つために、決着をつけると。
「君は………、神をも超えるのか………ッ!」
「神がどうとかは関係ない、ただ俺は、あんたを超えて、未来へ進む!」
ひかるは剣を構える。
光の剣、シャイニングセイバーを。
世界中で一番信頼できる、最強の武器を。
「あああああああああああああああッ!」
その瞬間、八神ひかるは飛び出した。
その速度は、一瞬にして光を超えた。
高速移動による衝撃波が、辺りの木々をなぎ倒す。
そしてアレクサンダーがそれを視認する前に、
アレクサンダー・クロウリーは、肩口からばっさりと切られた。
噴きだす鮮血が彼の視界を紅に染める。
バランスを崩した体はなすすべもなく落下していこうとする。
だけどその直後。
もはや本人でさえいうことをきかすことが不可能な体を一陣の風が救った………
「なぜ………私を助けた?」
仰向けに寝かされた状態になっているアレクサンダーが尋ねる。
「単なるお人よしの馬鹿なんだよ、俺は」
その言葉を聞いたアレクサンダーは少し息を吐いた。
「すべてを聞きたいのか、私の口から」
「聞いたって詰まんないだろ、話すんだったら歓迎だけど」
そういいながらひかるは腹を抑える。
そこから伝わってくる激痛に耐えるように。
「何から話せばいいのか、今となっては……、わからない」
アレクサンダーはゆっくりと語りだす。
「とにかく、あの当時、私はあることにとり憑かれていた」
「………………………」
「君の最愛の人を…、殺害したことは……、済まなかったと思っている。
だが、その当時の私には、そんなことがとても些細なことでしかなかった」
「人間が人間としての尊厳を保ったまま、神の領域にまで辿り着く事ができるのか」
「…………………………!」
その言葉を聞いて、アレクサンダーは息を潜めた。
ひかるに最も知られたくなかったこと、知っていてほしくなかったことを、あっさりと言われたから。
「当時、あんたが研究してたことだっけな」
「その……、通りだ。そして私は……、それを確かめたくなった」
「あんたは自称探求者だ、目の前に不可解な問題があれば、知りたくなるのは当然だろ?
実際、あの当時俺は最強だって言われてたし、実験材料としては最高のものだったろうな」
「そうだ。 だから……、私は君をたきつけた。 最愛の人を殺すという、非道な方法で」
その言葉にひかるは答えない。
ただ、純粋に透き通った目で、アレクサンダーを見るだけだ。
「私は、人が強くなるのに一番必要なのは『憎悪』だと思った。 憎しみは人を強くする、そう、思っていた」
「憎しみから生まれるのは、復讐を達成したときの無力感。 それくらいだろ」
だから俺はあんたにずっと勝てなかった、とひかるは結ぶ。
「でも、あなたは俺を殺そうとしなかった」
なぜです?とひかるは尋ねる。
アレクサンダーはゆっくりと息を吐いたあと、
弱々しい口調でこう言った。
「求めていたからなのかも知れんな、死に場所を」
「…………………………………………」
ひかるは今正に遺言を残していこうとする男を見る。
血にまみれ、己の探究心のために全てを捨てた男を。
「私は、探求者だ。 求めてやまないことが、たくさんある。 世界のすべてを知りたいと、そう考えたときもあった」
だけれども、とアレクサンダーは言葉を切る。
「わかってしまったんだよ、己の限界が」
「限界……………………」
「この世の中は、留まることがない。 それのすべてを知るためには、文字通り世界の終わりまで生き続けねばならない」
だけどそれは無理だと、八神ひかるは思った。
人間には、『寿命』という名の限界がある。
それを超えることは、アルハザードでも、禁忌とされた。
「だが、私は君と違い、あと数百年もすれば朽ちていく体しか持っていないのだよ」
アレクサンダーは消え入りそうな声で言う、
自分には、時間がなさ過ぎると。
「肉体は……、限界を迎え始めているというのに………
精神は、まだ……、何かを知りたいと欲している。
だからだよ、私が死に場所を求めているということは」
アレクサンダー・クロウリーは暗に言った。
自分にはもう時間なんて残されてはいないのに、
心は、探究心は、まだまだ世界のすべてを知りたがっていると。
そして自分は、それに疲れてしまったのだと。
だから止めて欲しかった、
自分が、禁忌といわれる、不死の魔術に手を染める前に。
たくさんの人々を、犠牲にする前に。
そしてアレクサンダーはその役を、
八神ひかるに背負わせた。
ただ、それだけだった。
自分ではどうしようもないこの体を、
誰かに、止めて欲しかったと言うだけの話。
でも、自分はこの世界の中では段違いに強くて、
止めれる人間も、限られていたという話。
自分で自分のことも処理しきれない人間が引き起こした、
他力本願の強制ストッパー。
それが、今回の事件だった。
「ここまでが……、私のすべてだ。 ほかに聞きたいことはあるかね………?」
八神ひかるは一瞬押し黙った。
そうしてから目を開いて静かに言った。
「質問は別にねぇよ、だけど、言いたいことはたくさんある」
アレクサンダーはその言葉を聞いて、目を細めた。
まるで、初めて子供に質問を受けた親のように。
「でも、全部忘れてしまった」
「…………そうか………」
「とりあえず、俺と一緒にフィリスの墓まで行くこと。 これは絶対条件な。
そして、ごめんなさいって、ちゃんと言うこと。それだけやったらあとは…………………」
一発殴らせてもらったら、それでおしまい、とひかるは言った。
「………許す、とでも言うのか、この私を………」
「許すんだろうな。 ほかにどうすることもできねぇだろ」
「………………………………………………」
「とにかく俺にはやることが新しくできちゃったわけだし、ぶっちゃけ寄り道をしてる暇はどこにもないんだ。
それに、あんたは俺と違って、人間としてこの世に生まれてきたんだから、ちゃんと寿命ぐらい迎えてほしい」
それが、今の俺の心情だけど、と八神ひかるは最後に結んだ。
その言葉を聞いて、アレクサンダーは安堵した。
本当は、そんな権利はないのかもしれない。
だけど、目の前の少年は言った、どんな形であれ、自分のことを許すと。
それが、一番うれしかった。
それが、一番安心できた。
どれだけ自分にとって都合にいい解釈だとわかっていても。
「君は………、『優しい』のだな」
「『甘い』だけだよ。 自分に対しても、人に対しても」
アレクサンダーの言葉をひかるはあっさり否定する。
「君のそれが『甘さ』だとしたら、他になんと形容したらいい。 それに私には、君がとても『強い』存在にしか見えてならない」
「俺は、『強く』はない。 『強い』んだったらもっと何か別のことができたんだろうし、
あんたが死んじまうなんて形で、そんな形で決着なんてつけなかったと思うよ。
だから俺は『強く』なんかない。 まだまだ未完成の、『弱い』存在でしかないんだ」
アレクサンダーはひかるの言葉を吟味するように黙り込む。
そうしてから、絞りだすように言葉を紡いだ。
「君は自分のことを『弱い』といい、自分のことを『甘い』だけと言った。
だが私にはそれがどうしても嘘に見えてならない。 この考えは………、間違っていると思うかね………?」
その言葉にひかるは答えない。
ただ黙って、アレクサンダーを見つめるだけ。
「君は……、強くなる。 種族や、人種など関係のない、文字通り、神と呼ばれる領域まで……、君の力は昇華する」
アレクサンダーは咳き込む。
その口からは赤黒い液体が絶え間なくあふれ出ている。
「それが……、見られないことが……、私の最大の心残りだ………」
「だったら、見せてあげればよかった」
「…………………………………………………」
「この状態での『全力』はまだ、経験がない。 最後に……、見せてあげられればよかった」
「気に………、するな………」
アレクサンダーは最後の力を振り絞って、言う。
「さあ、早く行け。もうじき……、私は世界樹の種に飲み込まれる。 そうなったら……、君でも助からん……………」
その言葉を聞いてから、ひかるはゆっくりと後ずさる。
「すまんな………、最後まで面倒なことを押し付けて………」
「これで最後だと思うと、少し気が楽だよ。 あんたと別れること意外はな」
飛行魔法で空に舞い上がるひかる、
その空は、抜け渡るような、真っ青な空で、
だから八神ひかるは、最後に心の中で言い残した。
(さようなら、アレクサンダー・クロウリー)
直後、天を貫く巨大な幹が地面から飛び出してきた……………
アレクサンダー・クロウリーが絶命する十分程前、
高町なのはは謎の男との戦いを続けていた。
最初はなのは達優勢で進んでいたこの戦いも今では五分、
魔力量の差が出てきたのか、なのはたちには疲労の色も出ていた。
「あれあれ、もうおしまいかい? それじゃちょいとつまらないってものでしょうが」
もっとまともに反撃してこーい、と男は言う。
くるくると鎌を回す姿には余裕が感じられる。
「そんなの………、簡単にできたら苦労しないよ……」
「本当。 どれだけの魔力があるの、こいつ………!」
フェイトが息を切らしながら言う。
「まあ、SSSランク相当?そんぐらいあったっけな。
でもどうだっていいじゃんそんなことはさ。どうせ………、ここで消える身なんだし」
とんでもないことをさらりと言う男、
しかし、その目はどこか、寂しげであった。
「させないよ。私たちはひかる君に会うんだ。 だから、ここで消えるなんてこと、絶対にありえない!」
なのはが強く言い放つ。
彼女の魔力も、限界に近づいていた。
「……別に消えるのはお前さんがたじゃない」
男は鎌を肩に担ぐ。
「消えてなくなるのは俺のほうだろうに」
「な……………」
絶句するなのは。
「だって当然だろう?俺は契約解除されたんだぜ?
宿主と契約していないと消えちまいそうになる不安定な体だ、
もう、十分ともたねえことぐらい、自分でもわかる」
憂いのある男は快活に言う。
自分の命は、残り少ない。
契約解除したときに、それはわかっていたと。
「だから最後の最後であの人に逆らって蒼炎の守護者と戦ってやろうとか思ったんだけど、
あのやろう、俺の事なんか完全に無視しやがって、今度あったらぶっ飛ばしてやる」
あ、もう会えないか、と男は呟く。
「なんで………、何であなたはそんなにも、平気でいられるの?」
「ああ?普通こういうものじゃないのか?」
「違うよ!自分の死が目の前まで迫っているのに、あなたはそれから逃げ出そうともしない!
死ぬことって、すっごく怖いものじゃないの?自分の意識が消えるって、すごく恐ろしいことじゃないの!?」
なのはは叫ぶ。
かつて自分が経験したことのある苦しみを。
だが男はそれを聞いてなお、そこにいる。
そして、ゆっくりと語り始めた。
「あのな、御嬢ちゃん、ひとつだけ教えてやるよ。
世の中には、死期を悟ってはじめて自分らしく生きれるやつがいる。
そいつらは決まってこういうのさ、限りがあるからこそ楽しいんだって」
「でも……………………」
「御嬢ちゃんたち、お前らはまだ若い。
まだお前らは、『死』と言うものを身近に感じたことはないだろう。
確かに死って言うものは怖いさ、何にもできなくなっちまう。
でもな、自分の死ぬときがわかっていることっていうのは、そんなに悪いものじゃない」
男は鎌の形をしたデバイスをモードリリースする。
「死ぬときがわかっていれば、それまで、いつも以上に輝き続ければいい。
生きていられる時間が限られているなら、その間、人生を精一杯楽しめばいい。
そうして、最後の一瞬まで輝き続けたと自分で思えたんだったら、そいつは、満足して死ねるんじゃないのか?」
「それは…………………………」
「それと同じだよ、俺の今の心境も。だから何も気にする必要はない。
嬢ちゃんはその魔法で、俺をぶち抜けばいいんだ」
「………………………………」
「どうした、早く撃て!お前さんには、会いたい人がいるんだろうが!」
「レイジングハート………、お願い!」
なのはは泣きじゃくりながらレイジングハートを構える。
「それと、サンキューな。 あんたらと一戦交えれて、楽しかったぜ」
「スターライト………、ブレイカー!!!」
レイジングハートから打ち出される光線が男を貫く。
そしてなのはたちが最後に見た男は、
満足げに、笑っていた。
「うっく、ひくっ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
泣きじゃくるなのはをフェイトが抱き寄せる。
「なのは、悲しいのはわかるよ。 でも、いまは、泣いてるときじゃないんだ」
そう告げるフェイトの目にも、涙は溜まっていた。
「行こう、彼のところへ」
なのはは涙を拭いて、前を見る。
そこには、一本の巨大な木が生えていた。
それを見た後、なのはは決意を新たにする。
「うん!」
次元世界を揺るがしかねない大事件の、
最終舞台(ラストステージ)への道が今、開かれた。