抜けるような白い空を見て、魔術師は思う。

あの時自分のが下した選択は正しかったのかと、

彼に、重荷を背負わせてしまって、本当によかったのかと。

 

おそらく、自分のせいで彼は決定的に心を壊された、とアレクサンダーは思う。

もともと、世界樹を護衛するための存在であった彼は、精神が不安定に作られていた。

下手に完璧な人間を作ると御しにくい、それが統治者の考えだった。

 

だが、予想に反して、彼は人々と触れ合うことによって心を構築していった。

不安定な精神は安定し、彼は一人の人間として完成した。

 

だが、その心を、アレクサンダーは完璧に打ち砕いた。

だから、自分はあの少年に恨まれても仕方がない、彼はそう考えていた。

 

そして彼は今ここにいる。

過去の罪と対面するために………………

 

 

 

 

 

 

突然の出来事に、オペレータールームの全員が固まった。

事件の重要参考人で、とんでもない怪我人のはずの八神ひかるが、

自分に課せられている拘束をすべて振り払い、黒い雲の中に消えていったからだ。

 

呆然としていた全員はなのはの一言で動き出した。

 

「いかなくちゃ!」

 

その言葉を皮切りに全員が動き出す。

なのは、フェイト、はやて、リインフォースU、そしてクロノの五人は転送ゲートへと走る。

途中ではやてはリインとユニゾン、

全員がバリアジャケットを着た状態で転送ゲートに並んだ。

 

それぞれが転送ゲートから転送されていく。

行き先は、名もなき世界。

 

決戦が、始まろうとしていた………………

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、静かに対峙していた。

どちらも動こうとすることなく、ただ静かに。

 

一度だけ、アレクサンダーを見てからひかるは顔をうつむかせている。

アレクサンダーはその様子を無表情に見つめるだけ。

 

おかしいといえば、限りなくおかしい状況。

でも、二人にとっては、これが一番自然な状況だった。


 

やがて、アレクサンダーが口を開いた。

 

 

「なぜ、君はこの場で平然としていられる? 私は君の大切な人を殺した張本人だぞ?」


平然と、しかし長年の友に話しかけるようにアレクサンダーは語りだす。

「平然なんかじゃねぇよ、今でもはらわたは煮えくり返ってるし、心の中はあんたへの憎しみであふれかえってる」

 

でも、とひかるは言葉を切った。

 

「そんなもん、どうでもいいじゃねぇかよ」

 

「わからないな、君の考えが」


アレクサンダーは嘲るように言う。

 

「君が私のことを許せる、その考えが」

 

「感情を抑えるのは、意外と容易かった」


何かが抜け切ったような晴れ晴れとした表情を浮かべるひかる。

彼の目には、以前までにはなかった新たな光が輝いている。

「感情なんて、どうがんばったって芽生えるものだ。 憎しみ、怒り、嘆き、悲しみ、これらを押さえつけるのは難しい」

 

臆することなく、取り乱すことなく、平然とひかるは続ける。

「でも、それだったら考え方を変えればいい」


ひかるは続ける。

 

「己の一部なら、受け入れればいい。 己の一部なら、逆らわなければいい。 ただ……、それだけのこと」

 

「理解……、できんな」

 

「一本じゃ頼りなければ、それらを集めてひとつにまとめればいい。 それと何ら変わらねぇよ」

 

その言葉でアレクサンダーは理解した、

この少年は、人間をも超え始めているのだと。

 

感情の制御など、仙人の修行をこなしたものでも不可能に近い、

それを、この少年は自分の感性だけでこなした。

 

興味、深かった。

この少年が、どんな流れを作ったのかが。

 

「では質問しよう、君はいったいどうやって、どういう流れを作った?」

 

その質問にひかるは少し沈黙した後、

ゆっくりと、口を開いた。


 

 

「俺の思いはただひとつ。 あんたに、勝ちたいという思いだ」

 

 

 

そのとき、アレクサンダーの背筋が凍った。

死への恐怖などではない、もっと純粋な恐怖。

 

己の敗北への恐怖。

 

それをアレクサンダーは無意識のうちに感じ取っていた。

 

「フィリスのためじゃなく、自分の逃げ道としてじゃなく、ただ純粋に、アレクサンダー、お前を倒す」

 

アレクサンダー・クロウリーという魔導師が絶句するほどに、

八神ひかるの両目は驚くほどに透き通った、純粋な眼をしていた。

 

それを見て、アレクサンダーは確信した。

自分は、この少年には絶対に勝てないと。

 

それでも最大限の敬意を払うために、アレクサンダーは拳を握る。

自分がこめられる最大限の魔力を両の拳にこめる。

「悪いが………、手加減はできないと思ってくれ。 君相手では、本気にならざるを得ない」

 

「上等。 こっちもこの状態になるのは初めてだからな!」

 

そう言った途端にひかるの左手に炎が集まりだす。

その炎はゆっくりと形を成していき、一本の剣になった。

 

「炎神の剣か………、久しいな」

 

「いくぞっ!アレクサンダー・クロウリー!」

 

ひかるが堰を切ったように飛び出す、

とても眼なんかでは追えないスピードで剣を振るう。

 

その一撃をアレクサンダーは右手で受け止め、

そのまま剣を反転させてひかるを投げ飛ばす。

 

回転しているひかるはそのままの状態で炎の玉を二発放つ。

それをアレクサンダーは弾き飛ばし、ひかるとの距離を詰める。

 

瞬間的に距離を詰めてきた相手に対してひかるは特に動じることはなく、

魔力放出で回転を止め、その勢いでアレクサンダーに右ストレートを食らわす。

 

アレクサンダーは右ストレートを左手で受け止め、

そのままひかるの右腕を担ぐような状態に持っていく。

 

直感で次の攻撃を察知したひかるは持ち替えていた剣を振り下ろす。

その一撃を予測していたアレクサンダーはそのままひかるの腕をひねる。

 

骨が折れるいやな音とともにひかるが投げ飛ばされる。

空中で姿勢を立て直したひかるは折れた腕を魔法で治癒させる。

 

その刹那、アレクサンダーが光の玉を飛ばした。

光の速さで飛ぶそれはひかるに当たってはじけ飛ぶ。

その瞬間に半径一キロが爆発に巻き込まれた。

 

あふれる噴煙を見て、それでも彼は油断しない。

その彼の予感が当たるかのように炎の玉が二つ、噴煙の中から飛んできた。

 

それを彼は軽くいなし、反撃するために左手を掲げ、

そこでふっと、動きを止めてしまった。

 

 

「フレイム+トルネード! 羽ばたけ!イグニスフロウ!!」

 

 

噴煙の中から紅蓮に燃え盛る火炎鳥が現れる。

それと同時に吹き抜ける烈風がアレクサンダーの動きを止める。

 

「………、二段構えかッ!」

 

「焼き尽くせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

火炎鳥はアレクサンダーを飲み込もうと迫ってくる。

そして彼が対抗手段を講じたときに、

彼はそれに飲み込まれた。

 

「まだまだァ! 消し飛ばせ! フォトン………」

 

ひかるが右腕を引く、

その手先に魔方陣が精製されていく。

 

「ディザスタァァァァァァァァァッ!」

 

言葉と同時にひかるが右腕を思い切り前に突き出す。

その瞬間魔方陣に魔力が通い、真っ白な一筋の光線が放たれる。

 

強大な魔力が込められているその光線はアレクサンダーが飲み込まれた炎に直進して、

 

思い切り、軌道を真横に捻じ曲げられた。

 

突然の事態にひかるはさも当然かのような顔をしている。

彼のもつその純粋な目の先には、

 

 

魔術師アレクサンダー・クロウリーが無傷で立っていた。

 

 

「さすが、一筋縄じゃあいかねぇよな。 時を越える秘術まで使われるんじゃ」

 

「だが、この秘術も一週間に一度しか使えん。それにこの秘術で超えれる時間は私程度ではもって一日くらいだ」


アレクサンダーは自嘲をこめていう。

その自嘲は、今の魔術師から見れば皮肉でしかないが。

「それだけでも大したものだよ。十分に"天才"を名乗っていい」

 

「君に比べれば、世の中のすべての魔導師は凡才だよ」

 

それはどうも、とひかるが言ったとたん、

二人はゼロ距離で衝突していた。

 

アレクサンダーはひかるの剣を左手で受け止め、

ひかるの左手はアレクサンダーの右拳を受け止めている。

 

膠着状態の両者。

先に動いたのはアレクサンダーのほうだった。

 

詠唱破棄で生み出した無数のビット式小型レーザー砲でひかるを狙撃、

それに対してひかるはアレクサンダーから離れたあとにバリアで身を守る。

 

バリアの解除直後を狙ってアレクサンダーがミドルキックを放つ。

ひかるはそれを剣の腹で受け止め、逆にアレクサンダーの顔に拳を叩き込む。

 

吹き飛ばされたアレクサンダーはそのまま体制を立て直す。

 

「アイシクル+トルネード……、凍てつけ………!」

 

ひかるは新たに出した剣を構える。

透き通った緑色の刀身に虹色に光る刃を持つ剣と、

柄に近づくほどに色濃くなる氷のような水色の刀身の剣だ。

 

「ダイヤモンドダスト!!」

 

ひかるが剣を振りぬくと同時に巻き起こる氷の嵐。

その嵐に巻き込まれるようにアレクサンダーの意識は遠のいていった………

 

 

 

 

 

 

 

八神ひかるがとある世界の中心でアレクサンダー・クロウリーと激突していたとき、

高町なのは以下四名は謎の男と接触していた。

 

「あれま、時空管理局さんでないの。 一応聞くけどさ、ここに何の用で来た?」


黒いローブを羽織った男は軽い口調で尋ねる。

 

「多分今君が予想しているのと同じことだと思うが?」


クロノがデバイスを構える。

それと同時に男はため息をついた。

 

「そしたら、やっぱり戦わなくっちゃな。あの人にはここ通すなって言われてるし」


男は両腕を水平に上げる。

 

「貴様………、使い魔か?」

 

「まあ当たり。 とはいっても捨てられたようなものだけど」

 

「捨て………、られた?」


なのはがたずねる。

 

「そう、俺のご主人様は今、蒼炎の守護者と戦っている。 その前に俺は捨てられたってわけ」


男はあっけらかんとしながら答える。

 

「なぜ、そんな風にしていられるの? あなたは捨てられてしまったんでしょう? 大切な主人に、信頼していた人に」


フェイトが言う。

 

「捨てられたとは思ってはいない、ただ、もう帰ってこないんだよ、あの人は」

 

「アレクサンダー・クロウリーのことか」

 

その言葉に、男は眉をひそめる。

 

「その通り、そして彼は負ける、神をも超える存在に」


男の目が殺気を帯びたものに変わっていく。

魔力がこもった全身が、すべてを凍らす波動を生み出す。

「神をも超える存在ってどういう意味や!」

 

「昔々、アルハザードにいた数人の研究者は考えた。 人は、人としての尊厳を保ったまま、どこまで強くなれるのかと」


男はゆっくりと語り出す。

 

「そして彼らは結論を出した、人間は、神をも超えることができると」

 

「何……………!?」

 

「だけど、俺はそれは間違っていると思う。 思い上がりも甚だしいってもんだ。

 人間は人間であって、神じゃない、それでも、俺は見てみたい、だからここにいるんだ」

 

男の両手に冷気が集まる。

収束された冷気はだんだんと鎌の様な形をなしていく。

 

「人間の中で、最も優れた魔導師と、神をも超える少年との戦いを」

 

「それが、君が僕たちを足止めする理由か」


クロノがデバイスを構えなおす。

 

「だったら、僕達も退く訳にはいかない。僕たちだって、彼に用がある」

 

「どうせ管理局の考えることなど高が知れている。  蒼炎の守護者の力がほしいだけだろうが!」

 

「「「違う!」」」


なのは、フェイト、はやての三人が叫んだ。

 

「私は、あの子の力になるため!一人で苦しんでいるあの子と、友達になるため!」

 

「私は、思いを届けるため! 人は誰かを慈しむことができる、信頼しあえることができるって、教えること!」

 

「私は、伝えたいことがあるから! やっと会えたあの子に、伝えてへん、大事なことがあるから!」

 

三人はそれぞれの思いを叫ぶ。

この場所では、少年には届かないと知っていても。

 

「だから……、行くんだ!」

 

「伝えたいから、届けたいから!」

 

「ひかる君の下へ!」

 

三人はデバイスを構える。

それぞれの、思いを乗せて。

 

「それが退けない理由か、時空管理局」

 

男は氷の鎌を構える。

 

「ならば応じよう、俺の全力をもってな!」

 

男が鎌を振り下ろすと同時に氷の槍が三発飛ぶ。

なのはたちが防御の構えを取った瞬間にそれは砕け散った。

 

「!」

 

散弾銃のように拡散した氷の粒がなのはたちを襲う。

その隙に男は術式を組み上げていく。

 

「天より来たりし白銀の剣、わが祈りに応えて集え。 終焉と再生を司りし神、わが祈りの糧とならん。

 滅するはわが信念の敵、わが祈りを無碍にせしもの。 腐りきった世界に暗黒の終止符(ピリオド)を………」

 

「まずい!全員散開!」


クロノが指示を出す前に、それの準備は整った。

 

「サバイブ、キュービルリブレイション!」

 

瞬間的に、世界が凍った。

凍ったといってもそれは男を中心とした半径五キロほどだ。

ただし、その世界の気温は氷点下190℃にまで達していた。

普通の魔導師なら、防ぎきれはしない。

 

男は凍った世界を見て、不信感を抱いていた。

凍らせたはずの四人が、まだ見つからない。

 

「どこへ隠れた………?」

 

男があたりを見回していたそのとき、

 

「プラズマランサー!」

 

「アクセルシューター!」

 

男の頭上で、声が響いた。

男がそれに気づいて顔をあげる直前に、それは放たれた。

 

初撃は、防ぐことができた。

しかし、それ以降の攻撃は、回避せざるを得なかった。

 

着弾と同時に男が吹き飛ぶ。

しかしそれも男にとってはフェイク、

爆風の衝撃を殺すための演技に過ぎない。

 

しかし、それすらも見抜いていたのか、

なのはたちは新たな術を放つ。

 

「ディバインバスター……、シュート!」

 

なのはの放った光線が男を貫く。

直撃を受けた男は今度こそ本当に吹き飛ぶ。

 

「くそ………、思った以上の強敵だなこりゃ!」

 

男は空中で体制を立て直すと同時にバリアを張る。

案の定、バリアを張った瞬間にクロノの攻撃が直撃する。

 

「しばらくは防戦一方か………、まあそれはそれで楽しいけどな」

 

何せ数百年ぶりだしな、といいながら男は戦う。

 

今まさに、命を賭して戦っている人を憂いながら………

 

 

 


 



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