その日、時空管理局はあわただしかった。

先日、高町なのは教導官を含む隊が敗北。

犯人は取り逃がし、消息もつかめない状況。

 

この日、管理局首脳陣は警戒態勢を発令。

先日捕らえた重要参考人に話を聞くとともに、

大々的な情報公募を宣言。

 

これは、歴史上稀に見る事態であった………

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが、彼の病室です」


医療班の女性局員がドアをあける。

心なしか、表情が不安げに見えたのは気のせいであろう。

「相手は怪我人ですので、対応の仕方はわかってますよね?」

 

「ええ、大丈夫です」


そう言って、リンディ提督以下五人は中に入る。

 

病室はこぎれいな、一般的なスタイルの物。

壁はすべて白く窓は一個しかない。

その窓際に置かれたベッドの上に、彼はいた。

 

入院患者が着るような服を着せられ、半袖の服から見える腕には包帯が巻いてあり、

致命的ともいえるくらいのダメージを負った首にはいくつかのチューブも刺してあった。

 

リンディたちが入ってきたのを見て、彼は無表情にそっちを向いた。

その目は今までのものとはまったく違う蒼く、透明な目だった。

 

無意識のうちに少し開かれた口、

今までどおり、綺麗な赤色の炎髪、

そして、八神はやてとそっくりの顔。

 

でも、やはりその目には色がない。

視覚的に捕らえる『色』ではなく、

強いて言うなら『感情』という名の『色』がない目。

 

うれしい、楽しい、辛い、苦しい、悲しい。

すべてが、八神ひかるという少年の目からは欠如していた。

 

そのひかるの寝ているベッドの前にある椅子にリンディは腰掛ける。

 

その後ろにクロノ、なのは、フェイト、はやてが並んだ。

 

「こんにちは、というのかはじめましてというのか微妙な所ですけど、ま、その辺はどうでもいいわね。

始めまして、あなたの尋問を担当することになったリンディ・ハラオウンです」

 

「その補佐のクロノ・ハラオウンだ」

 

ひかるは二人の顔を交互に見る。

表情に変化は見られず、眼にも生気が宿ることはない。

「早速で悪いけれども、質問に入らせてもらうわね」

 

『ご自由にどうぞ、こっちは念話しか使いませんが』


ひかるは首に巻いてある包帯を指差す。

痛々しい傷を臆面もなく晒すひかるの態度に少しの悲しみを覚える一同。

それを見てリンディは一瞬躊躇したあと、質問を始めた。

 

「ではまず、あなたの出身世界と名前を教えてもらえるかしら」

 

『八神ひかる、今は第九十七管理外世界出身』


ひかるは無表情のまま即答する。

 

「よし、では次に………………」

 

「ちょっと待って」


次の質問をしようとしていたクロノをリンディが止める。

 

「あなた、さっき『今は』っていったわよね? そうしたら以前はもっと別の世界で生まれたこともあるのかしら?」

 

全員が、一瞬馬鹿らしいと感じた。

常識的に考えて、人は一度しか生まれない。

死ねばそれまで、もう一度どこか別の場所に生まれるなんてこと、ありえる筈がない。


しかし、ひかるの出した回答は、その考えを打ち砕く。


 

『世界の名前までは出せないけれども、それは本当だ』



 

「………一概には信用できないな」


クロノが腕を組む。

 

『信用されるとは思ってない、そっちだってそうなんだろ?』

 

ひかるの言葉に眉間をぴくりとさせて反応するクロノ、

一触即発の危うい雰囲気を何とかフェイトとなのはが静める。

ちなみに方法はクロノを取り押さえること。

 

………なぜに?

 

「じゃあ、質問自体を変えましょうか、あなたが最初に生まれた世界はどこなの?」

 

ひかるは全員の視線が殺到するのを感じ、一瞬押し黙る。

それでも周りの雰囲気から推測して、とても気だるそうに口を開いた。

 

 

 

『約束の地、アルハザード』

 

 

 

その言葉が出たとき、その場の全員が耳を疑った。

いや、正確にはなのは、フェイト、クロノ、そしてリンディの四人だけ。

 

八神はやては聞いたことのない地名を聞いて首を傾げている。

 

そしておもむろにはやてはなのはの肩をたたく。

 

「なのはちゃん、アルハザードって、何? どこにあるん?」

 

「え、えーと、その、どこだったっけ?」

 

「忘れられし都、アルハザード。 過去に次元世界の狭間に存在していたといわれる古代都市。

 そこでは死者を生き返らせたり、時間を戻したりということができたらしい。
もっとも、これは伝承の中の話でしかないけれど」


困惑したなのはに代わってクロノが説明をする。

 

「えーと、要するにものすごいとこなん?」

 

「ま、まあその解釈でもあながち間違ってはいないけど」


クロノが頭を掻く。

『四十五億年前、次元世界のとある場所に都市ができた』


ひかるが語り始める。

 

『その都市ではできないことなど何もなかった。 生み出せないものはなく、得られないものなどなかった。

 人々は『神』と呼ばれる統治者が作り出す魔法技術の恩恵を授かり、争うこともなく、平和に暮らしていた』


その場の全員が話に聞き入る。

病室内の空気が一瞬のうちに一人の少年に支配される。

『だけど、そんなところでもやはり邪な事を考える人間はいるもので、統治者はそれに頭を悩ませ始めていた』

 

「どこの世界でも同じようなふうなんだね」


なのはが言う。

ひかるが生気のない目を一瞬だけなのはに向ける。

『そこで統治者はある対策をとった。ひとつは、犯罪者を狩る組織を作ること。

 もうひとつは、それのために必要な、ある魔術を完成させること』

 

「その、ある魔術とは何なんだ?」


クロノが質問する。

 

『転生の魔法、そして"とある樹の欠片を媒介にした人造生命体"の開発』

 

その言葉を聞いたとき、フェイトの瞳孔が少しだけ開いた。

それは自分と同じ生まれである少年の事実を知ったためか、
それとも、自分を生み出した技術が古の時よりあったためなのか。

『そしてそれは成功した。 成功しなきゃ馬鹿だってもんだ。 それで、統治者はその技術を使って一人の人間を精製した』

 

ひかるは遠くに視線を移す。

今はなき、伝説の都へ。

 

『そしてその少年は就かされた』


ひかるはそこで言葉を切る。

 

『当時、アルハザードにあった、都市の魔力の源となっていた樹、世界樹ユグドラシルを生涯護衛する任務に』

 

「世界樹…………」

 

「ユグ……、ドラシルだと………!」


クロノが驚愕の声を出す。

 

「じゃあ、もしかしてあなたが探していたのは………」

 

フェイトの言葉にひかるはうなずく。

 

『魔術師、アレクサンダー・クロウリー。 世界中の種を奪い、俺の使い魔を殺した張本人』

 

「世界中の種事件の犯人ね」

 

『その通りです』


冷静な反応をするリンディに対してひかるも冷静に反応する。

 

「と、いうことは、あなたはその男を探す目的で犯罪者を狩っていたと。 そういうふうに解釈してかまわないかしら?」

 

『かまいません』

 

「では、こちら側としては、あなたの尋問が終わったあと、正式に協力を申し出たいんだけど」

 

リンディとしては、これはかなり有益な申し出だった。

なにせ、お互いに損するところが少ない。

ひかるの方は管理局の情報網でアレクサンダーの行方を捜せるし、

管理局の方も、事件の情報を得られるにこしたことはない。

 

でも、八神ひかるは、

 

『断っときます』


とあっさり断った。

 

「どうしてなのか、聞かせてほしいわね」

 

『これは、俺の問題だから』


だからあなた方がかかわる必要はない、とひかるは告げた。

 

でも、

 

でもそれは、すごくつらいんじゃないか、

そう、なのはは思った。

 

多分、話の流れとひかるが言ったことから推測するに、

ひかるがやろうとしていることは、単なる復讐。

 

復讐なんて、やっちゃいけない。

そんなことは小学生でも、わかることなんだ。

 

復讐なんて、つらくて、苦しくて、さびしいだけ。

終わっても、何も残らないだけ。

 

復讐っていうのは孤独なものだとなのはは思っているから、

孤独っていうのは、復讐なんかよりも、よっぽどつらいんだから、

何かを分かち合える人がそばにいないってことは、

 

とっても、よくないことなんだと、なのはは思った。

 

でも、目の前のベッドにいる少年は誰にも迷惑かけたくないからと、

自分ひとりで、全部を終わらせようとして、

それで、もっともっと孤独になっていく。

 

誰だって、孤独なんて好きじゃない。

だから、この少年の言うことが、許せなくって。

 

なのははひかるに近づくと、

思い切り、ひかるの頬を平手打ちした。

 

あまりに唐突なことだったので、その場の全員が固まった。

叩かれた本人は目を丸くしてきょとんとしている。

 

「ひねくれないでよ………」

 

なきそうな声で、なのはは呟く。

 

「復讐ってね、誰も喜ばないことなんだよ?」

 

『それでもいいさ、別に俺は』

 

「よくないっ!」


なのはが叫んだ。

 

 

 

「少なくとも、私はよくないよ………」

 

 

 

なのはの言葉にひかるは顔をうつむかせる。

 

「ずーっと一人ぼっちで、さびしくなかった?」

 

ひかるは答えない。

 

「気の遠くなるような長い時間、誰にも助けを求められなくて苦しかった?」


なのはは語りかける。

 

「孤独ってね、つらいんだよ、さびしいんだよ、苦しいんだよ?」


なのはの涙腺に涙が灯る。

 

「君はさ、誰よりもそれを知ってるはずでしょう?」


ひかるはうつむいたまま、静かに涙を流す。

 

「だったら、もうやめようよ。 自ら進んで孤独になるのは」

 

『…………………………』

 

「誰かに頼ったっていいんだよ?分かち合ってもらっていいんだよ?

 君はすっごくやさしいから、誰とでも友達になれるから………っ!」

 

もはや文法も破綻してるし、

何言ってんだかわかんないし、

言葉の意味もむちゃくちゃだけど、

 

その言葉は、ひかるの心に染み込んだ。

 

たぶんなのはの方も何を言っているのか、自分でもわかってないと思う。

それでも、その言葉の意味は、よくわかった。

 

でも、そう簡単に、自分は変わらない。

だけど、八神ひかるは思う、

 

この少女に、協力してあげたいと。

この場にいる全員に、何かを分かち合ってもらいたいと。

 

そして八神ひかるが何かを紡ぎかけたとき、

 

警報が、鳴った。

 

『リンディ・ハラオウン提督!至急オペレーションルームにきてください!』

 

女性局員のアナウンスが流れる。

 

「何があったの?説明して」

 

『えーと、なんか変な男が回線に入ってきて、『蒼炎の守護者はいないのか』って………』

 

その言葉に、真っ先に反応したのはひかるだった。

でも、彼の表情は変わらない。 
その眼は、遠くを見ているだけ。

 

「わかりました、すぐに行きます。 それで、その男の居場所はわからないの?」

 

『今逆探知してるんですけどなかなか…………』

 

女性局員の言葉を聞く前に五人は病室を飛び出す。

その中に、ひかるを交えて。

 

 

 

 

 

 

「遅くなりました。で、犯人は?」


リンディが部屋に入るなりそう叫ぶ。

 

「現在も逆探知中、回線はつながったままです」

 

「繋いで!」


リンディの言葉とともにモニターに男の顔が映し出される。

 

年のころ、二十歳くらい、背丈、かなりの長身。

髪の毛、銀髪、ちょい長め、眼、血のような赤。

 

魔導師とは程遠い顔の男が、そこにいた。

 

『時空管理局巡航L級8番艦アースラ艦長リンディ・ハラオウン提督とお見受けする。

 私の名はアレクサンダー・クロウリー。 魔道師だ』

 

「始めまして、というべきなのかしら。あなたが、今回の事件の犯人?」


不敵にも自分の名を真っ先に告げた魔導師にリンディは同じく不敵な笑みで対応する。

『まあ、そのようなものだ』

 

「速やかに投降しなさい、という警告が効く相手じゃないわね」

 

『その通り、だな』


アレクサンダーは冷静に返す。

その目には、冷徹な光が輝き続けている。

「では、聞きましょう。あなたの目的は何?」

 

『蒼炎の守護者との再戦。それが私の望み』

 

「怪我人を、無理強いして戦わせるの?」

 

『そうとっていただいても、かまわんよ』


アレクサンダーは不敵に笑う。

 

「こちらの選択権はなさそうね」


リンディが拳を握る。

 

『確かに、選択権は彼にある』


全員が、ひかるの方を見る。

 

『私の方はいくらでも待とう。場所を割り出される心配もないしな』


その言葉にもひかるは反応しない。

 

『よく考えるんだ、蒼炎の守護者』


アレクサンダーは諭す様に言った。

 

 

 

 

 

 

 

アレクサンダーの姿をモニターで見たとき、

八神ひかるの心には怒りが芽生えた。

 

でも、それはなぜか穏やかな怒りで、

それと同時に溢れ出した憎しみも、ひどく不確かなもので。

 

だから、八神ひかるは困惑した。

 

(俺は……、いつからこの人が憎かったんだろう)

 

考えてみれば、最初は憎くなんて、なかった。

自分の魔法の師はアレクサンダーだった。

フィリスのことを、紹介してくれたのも、アレクサンダーだった。

 

あの当時、俺が最も信頼していた人は、

フィリス・アニーシェと、


 

アレクサンダー・クロウリーだった。

 

 

だからこそ、憎かった。

フィリスを殺して、逃亡して。

自分のことを、徹底的に裏切ったから。

 

でも、それはちょっと違う。

 

いささか美化しすぎているかもしれない、

でも多分、あの人がフィリスを殺したのは、

俺に、生きる目的を与えるため。

 

多分何度も俺の前に現れたのは、

その火種を、絶やさないため。

 

毎回俺を殺さなかったのは、

人間が、憎しみの力でどこまで強くなれるか知りたかったため。

 

あの人はやさしいくせに、

どこか、自分勝手だったから。

 

自分は探求者だと、そう言ってたから。

 

 

(俺は、この人が憎いのかもしれない………)

 

けど、

 

憎いのかも、知れないけれど。

 

(それ以上に、この人のこと、信頼してるんだなぁ)

 

本当に、我ながら馬鹿でお人よしだと思う。

ここまでくると、馬鹿という言葉じゃ言い表せない。

 

考えても見れば、相手は自分の大切な人を奪った人。

常識で言うなら許せるはずはない。

 

だけど八神ひかるはアレクサンダー・クロウリーのことを、

 

 

いつのまにか、許せてしまっていた。

 

 

許すといっても、やっぱりこの人は憎いし、

腹立たしく、悲しいという感情も残っている。

 

でも、そんなものじゃない。

 

復讐が理屈でないというんなら、

ひかるが今抱いている感情だって、理屈じゃない。

 

八神ひかるはアレクサンダー・クロウリーを憎んではいない。

じゃあ、ひかるはアレクサンダーをどう見ているのか。

 

(俺は…………………)

 

答えは、二十億年前に、出ていた。

 

いつでも、越えられなかった壁。

 

(俺はこの人が憎いんじゃない)

 

いつだって、ひかるは負けてきた。

絶対に、アレクサンダーには勝てなかった。

 

フィリスが殺されたときもそうだった。

憎しみで、勝てる相手じゃなかった。

 

何で勝てないのに、何度も挑むのか、

それは、

 

 

 

(俺はこの人に…………、勝ちたいんだ………!)

 

 

 

そう思った瞬間、ひかるは飛び出していた。

 

手錠を破壊し、チューブをはずして、

 

越えるべき壁の、麓へと。

 

 


 



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