そこは、暗い。

目を瞑っていても、開けていても。

いつもと変わらず、そこは暗い。

 

自分が立っているのか、座っているのか、

宙に浮いていたりしているのか、そんなこともわからなくなる。

 

でも、おかしいな。

何で私はこんな暗い所にいるんだろう………

 

 

 

 







 

「う……………」

 

フェイト・T・ハラオウンはゆっくりと目を覚ました。

目をあけて最初に入ってきたのは暗い空。

 

彼女は自分の体の状態を確認しながらゆっくりと体を起こす。

幸い目立った外傷は見られない。

 

しかし体を起こしてみると鈍い痛みが走った。

右腕が痺れている、と彼女は思った。

 

「ここは……………?」

 

辺りは暗く、この場所がどこかの手がかりになるようなものはない。

ただあるのはたくさんの木々だけだ。

 

途方にくれたフェイトは膝を抱え込んでその場に丸まる。

少しでも体温を逃がさないためだ。

 

「みんな………、大丈夫かな。 心配して……、ないかな………」

 

そう言いながらふさぎ込んでいた時、

 

「起きた?」

 

後ろから、声をかけられた。

 

フェイトが振り向くとそこには炎髪蒼眼の少年、

八神ひかるが立っていた。

 

「なんで………、あなたが?」

 

「なんて言ったらいいんだろ。 多分君は納得しないんだろうけど」

ひかるは一人語りでもするかのように話す。

悲しみと絶望を一身に背負った体で。

「そんなことよりも、怪我とかなかった? 一応砲撃食らった身だし、異常ないかとか」

 

言われてからフェイトはあらためて自分の体を見る。

特に外傷は見当たらない、魔力的ダメージもなさそうだ。

 

フェイトはゆっくりと立ち上がり軽く体を動かす。

時折軽い痛みが返ってくるもの、その他は平気そうだった。

 

「その様子なら、別に心配要らないか」


ひかるが立ち上がる。

 

そのひかるに、フェイトは迷うことなくバルディッシュを突きつける。

その眼光は、さっきまでのものとはまったく違う物だった。

 

「………今あなたをここで逃がしたら、あなたはまた犯罪者を狩る。 だから………、逃がすわけにはいかない………!」

 

「やめとけば? 立ってるだけで精一杯見えるのは俺の気のせいか?」

 

「くっ……………………」

 

虚勢を張ってまでひかるをとめようとするフェイト、

そのフェイトの思いを理解したうえで復讐を続けるひかる。

 

相容れないのに放っておけない、奇妙な二人の時間が少し続く。

先に視線をはずしたのはひかる、フェイトはそれでもひかるを引きとめようとする。

そんなフェイトにひかるは一言だけ呟いて、その場から立ち去った。

フェイトが保護されたのは、それから三十分ほど後のことである…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「方針が決まった。今夜にでも、粛清者を攻撃する」

 

フェイトが寝ている病室で、クロノはそう告げた。

 

「そんなっ………」

 

「酷いよ、いきなりやっつけようだなんて」

 

「せや、なんもわからへんのに殺してしまうんか!?」

 

三人娘の攻撃にあい、クロノはたじろぐ。

言いだけ話した後の三人にクロノはこう告げた。

 

「なにも殲滅が目的じゃない。 目的はあくまでも対象の捕獲。 それ以上のことなんかしないよ」

 

それを聞いたなのはたちは胸をなでおろす。

 

「というわけで、君たちにも協力してもらう。 フェイトは、怪我が治ったばっかりだから無理しないように、いいね?」

 

フェイトは無言で頷く。

 

「作戦は一時間後に決行。準備を怠らないように」

 

その言葉を受けて、三人は顔を見合わせる。

決意を、確認するために。

 

「行こう、今度こそ、全部を知るために」

 

そう言って、三人は部屋から飛び出していった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は新月だな、と八神ひかるは心の中で思った。

周りはすでに闇に覆われており、見通せる範囲も少ない。

 

彼は木の陰でうずくまりながら夜を越そうとしていた。

気温が低いためか体の節々がきしむ感じがする。

 

「さぶーーーーーーーぃ………」

 

出てくる鼻水をすすりながら彼は昔のことを思い出す。

浮かんでくるのは、明確なビジョン。

 

最愛の人、フィリス・アニーシェ。

 

今までの彼にとっては、彼女が唯一の心の安らぐ場であった。

しかし、もう彼女はいない。

 

どんなにがんばっても、決して戻らない物。

それを彼は知っているから。

 

知っているからこそ、とりつかれたのかもしれない。

そして、成り下がったのかも知れない。

 

哀れな、復讐鬼に。

 

 

「………来たか、時空管理局」


 

ふいに、彼は空を見上げた。

 

自分に迫る危機を、目で捕らえるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音とともに半径百メートルが焼き尽くされた。

轟々と燃え盛る炎は周りの森林までも焼き尽くす。

 

「やったか………………?」


クロノが息を切らしながら言う。

 

「いや……、まだだと思う」

 

フェイトがそう答えた瞬間、

 

 

「いきなり不意打ち食らわすなんてな! 管理局も卑怯になったもんだぜ!」

 

漆黒の少年が、現れた。

漆黒に白熱し、どこまでも飲み込むような敵意をあらわにする少年が。

「できればこちらとしても戦いは避けたい。おとなしく話し合いに………………」

 

「応じるかよ、こんな仕打ちくらって」

 

両者の間に沈黙が流れる。

この場で非があるのは、どう考えてもクロノたちのほうだ。

「そういえばベルカの小噺にこんなのがあったな」


ひかるは両腕を開く。

 

「和平の使者なら槍はもたねぇ、ってな!」

 

ひかるは、はじけたように飛び出した。

瞬間的な速さで瞬く間に距離を詰める。

 

その動きを確認してからフェイトは右に、

クロノは左に飛ぶ。

 

そのわずか一秒後、ひかるの拳が空をきった。

体を反転させて右手を掲げる。

 

「出ろ、炎神の剣、フレイムセイバー!」

 

その言葉と同時にひかるの手に炎が集まる。

ごうごうと燃え盛る炎の中から一振りの剣が現れる。

 

紅蓮の刀身、銀色の鍔。

炎神の剣と呼ばれる剣が、そこにはあった。

 

「行くよ、バルディッシュ!」

 

『Yes sar』

 

フェイトがバルディッシュを振り上げる。

 

次の瞬間、両者は激突した。

フェイトがバルディッシュを横薙ぎに振るい、

ひかるがフレイムセイバーを縦に振るう。

 

金属同士の激しい衝突音。

何度も何度も、二人は剣を交える。

 

「離れろフェイト! 喰らえ……………、スティンガーブレイズ・エクセキューションシフト!」

 

クロノの言葉と同時に無数の光線がひかるめがけて降り注ぐ。

フェイトはそれを見て慌てて緊急回避を行う。

 

フェイトがその場から離脱するのと同時にひかるが爆発に巻き込まれた。

しかし、ひかるは無傷で姿を現す。

 

「実際スゲーめんどい。 もう一本使うか」

 

ひかるは左腕をのばす。

それと同時に突風が吹き荒れる。

荒れ狂う風はひかるの手に集まりそして………

 

一本の剣になった。

 

翡翠色の刀身、流線型な刃の形。

風神の剣、トルネードセイバー。

 

「さーてと、ここらで決めるとしますか」

 

ひかるが剣を振りかぶる少し前に、

なのはとはやてとフェイトは行動を起こしていた。

 

「プラズマランサー!」

 

「アクセルシューター、シュート!」

 

「ブラッディダガー!」

 

四方八方からの攻撃。

それでも、八神ひかるは動じない。

 

「フレイム+トルネード………」

 

剣を水平に振りかぶり、そして………

 

 

「羽ばたけ!イグニスフロウ!!」

 

 

振り切った。

 

と同時に起こる烈風。

その中を、紅蓮の炎で形作られた鳥が舞う。


眼下に広がる森林へも被害を広げる鳥を象る真紅の獄炎。
すべてを焼き尽くし、すべてを焦がしつくし、薙ぎ払い、絶やしつくす。

属性融合剣(エレメンタルブレイズ)、イグニスフロウ。

その威力は、並みの魔法をはるかに上回る。

 

「なっ…………………………」

 

クロノは絶句した。

 

火炎鳥はなのはたちの魔法を破り、森に落下。

そのまま半径五キロを炎の海に変えた。

 

「外れたか、次はこうはいかねぇぞ!」

 

ひかるは新たに剣を二本取り出す。

白銀に輝く白い剣と雷鳴のような鋭い刀身の銀色の剣だ。

 

「くらえ、ライトニング………」

 

 

「スターライト、ブレイカー!」

 

 

ひかるが剣を振るう一瞬前、

なのはの放ったブレイカーがひかるを貫いた。

 

爆発と同時に森へ落下していくひかるを追う三人。

しかし落下直後にひかるを見つけることは叶わず、三人は散開した。

 

そして五分後、なのはたちは再びひかると対峙していた。

いや、正確にはなのはたちがひかるを見つけたというのが正しいか。

 

「やっと……、見つけた」


なのはは武器を下ろす。

 

それに続いてフェイトとはやても武器を下げる。

そうしてからなのははゆっくりとひかるに近づいていく。

 

そして彼の目の前で手を差し伸べようとしたとき、

 

 

八神ひかるの体から黒い炎が吹き出た。

 

 

一瞬、硬直してしまったなのはたちを通り越して彼は飛ぶ。

その目には、一人の男しか映ってはいない。

 

 

「アレクサンダァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

八神ひかるは絶叫しながら飛びかかった。

その手に、憎しみで彩られた漆黒の炎を宿して。

 

しかし男は動じない。

一撃目の右ストレートをかわすとひかるの腹に蹴りを入れる。

 

息が詰まったひかるの首を掴み思い切り投げ飛ばす。

その間、わずかコンマ一秒。

 

「この……………………」

 

八神ひかるは立ち上がる。

 

男はそれをただ見ているだけ。

そのほかには何もしない。

 

「テメェのその態度が一番むかつくんだよォォォォッ!」

 

ひかるが黒炎を飛ばす。

怒りと憎しみで覆われたそれは周りの大地をも焼き払う。

 

しかし男はその炎をも弾き返す。

飛び散る火種は植物を巻き込み更に火を広げる。

 

周りにあるものすべてを焼き払う少年と対峙して、

男はまったく動じない。

 

「焼き尽くせ………、フレイム+ダークネス……」

 

ひかるは両腕を掲げる。

その手には膨大な量の黒い炎が集まり形をなす。

 

「ヘレティック・フレアッ!」

 

放たれた闇の炎が男を焼き尽くす、

 

かに見えた。

 

 

「この程度か、憎しみの力も………」

 

 

炎が、はじけた。 雲散霧消するように、霧が晴れるように。

そしてその中からは、漆黒の衣を纏った男が無傷で現れた。

 

「やはり君では、私には届かない」

 

男は悲しげに呟く。

物悲しげに、心底同情するように。

「くそ………、なめやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

ひかるは地面を荒々しく蹴り上げて飛び出す。

爆発とともに吹き荒れる烈風の如き速度で。

 

しかしそれよりも速く男はひかるの目の前に現れる。

一瞬動きが止まったひかるに対して男は、

 

 

「残念だよ、蒼炎の守護者」

 

 

体が、貫かれた。

それも、剣や弾丸などではない。

 

単なる、指一本で。

 

 

「がッ…………!」

 

 

「さらばだ」

 

両肩、両肘、両足、腹部に二発、

更に胸部に一発、

 

とどめは、気管支を狙った首への一撃。

 

ひかるの口から空気の漏れる音が聞こえる。

そして、血の吹き出る音も。

 

「か、は……………」

 

ひかるは地に落ちていく。

復讐を果たせぬまま。

 

とても、悲しそうな顔で。

 

 

「………さて」

 

男が、なのはたちの方を向いた。

その目は、何の感情も宿してはいない。

 

「君たちは、どうかな………?」

 

なのはたちは身構える。

 

「もう少し楽しませてくれるとうれしいが………!」

 

緊張が高まる。

男の放つプレッシャーに体がきしむ。

 

それでも、逃げるわけには行かない、とフェイトは思った。

この男が、本当の敵だとわかったから。

 

「いくぞ………」

 

男が動き出そうとしたその時、

突然、なのはたちが消えた。

 

「!?」

 

『残念だけど、彼女達は回収させてもらった』

 

よく響く声。

執務官、クロノ・ハラオウンの声だった。

 

『そしてあなたにも、捕まってもらいます』

 

「やってみるがいい、できるものならな!」

 

男がそう叫ぶと同時に武装局員が彼の周りを囲む。

男は動じることなくとある呪文を紡ぐ。

 

「ディヴォルカニック・ブレイズ!」

 

少年と同じ、魔法を。

 

「総員、緊急回避ーーーッ………!」

 

「無駄だ」

 

武装局員達が防御魔法をかけようとしたとき、

間に、誰かが割って入った。

 

『それ』は一瞬のうちに防御魔法を展開、

ディヴォルカニック・ブレイズを完全に防ぎきった。

 

「そうか………、それが君の本分だったな………」

 

男は語りかける。

最早意識のない八神ひかるに。

 

「君に免じてここはおとなしく退くとしよう」

 

男はコートを翻す。

 

「次を楽しみにしているよ、蒼炎の守護者………」

 

男が闇に溶けていく、

しかし、それを追う者は誰もいない。

 

こうして管理局は久々の敗北を喫した……………

 

 

 


 

 

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