「それで、敵には完璧に逃げられたと。そう言いたいのね」


リンディが特製リンディ茶をすすりながら言う。

ちなみに特製リンディ茶とは、普通の緑茶に砂糖とミルクを大量に加えたものである。
普通の感覚をしている人間が飲むと、泡吹いて倒れるくらいの甘さだ。


「はい……、申し訳ありませんでした」


クロノが頭を下げる。

 

「まあ、しょうがないわね。相手が相手だったし。 それよりも怪我はない?どこか痛いとことかは?」


話の途中から過保護スキル全開のリンディがクロノを心配する。

クロノはいやいやながらもリンディの母親としての行為に甘えてしまう。
心なしか、というより絶対に顔が赤くなっていたが。


「いえ、僕は大丈夫です。 それよりも………」

 

「シグナムが全治一ヶ月、爆心地から離れてたヴィータでさえ全治二週間や。ホンマ、あの魔法には驚かされたで………」


はやてが溜息をつく。

 

「火傷が魔法で治せない、ってのが効いたね」

 

「でも、何で私たちは無事だったんだろう? そんなに距離も違わなかったように思えるけど」

 

「バリアジャケットのおかげだな。 そうとしか言いようがない」


クロノが補足をする。

 

「そうじゃなかったら……、手加減されてたのかな。あの子、戦うのが目的じゃないようなこと言ってたし」

 

「だとしても、これで奴は犯罪人だ。こちらにも話を聞かせてもらう権利ができた」

 

「いい……、のかな………」

 

「どうしたんや?なのはちゃん」


はやてがなのはの顔を覗き込む。

 

「え? ううん、なんでもないよ」

 

「よし、今後の方針はこちらのほうで決めておくから、君たちは呼ばれるまで待機、いいね?」


クロノが念を押す。

 

「は〜い」

 

素直に休暇がとれることを喜ぶはやてとフェイト、

しかしなのはの心境は二人とは少し違っていた………

 

 

 

 

 

 

午後二時、いや、三時だろうか。

とにかく、その時間帯は人が多い。

商店街はもちろんのこと、デパートやスーパー、

果てはファーストフード店まで客が入る。

 

もちろん、それはなのはの両親が経営する喫茶店も例外ではなく、

喫茶翠屋はいつも以上の客でごった返していた。

 

 

「うわ………、すごいなぁ……」


はやてが感嘆の声をあげる。

 

「これじゃちょっとお話できそうにないね」


なのはが頭を掻く。

 

「かといって私の家はダメだし…………」


フェイトが腕を組む。

 

「せやったら私の家にせえへん?ここからそう遠くはあらへんし」

 

「いいね、じゃあ行こう!」

 

三人は翠屋を出て歩き出す。

本来であれば魔法を使えばいいのだが、

そこはそれ、この子達の世界は魔法という物を知らない。

だから下手に使って警察に通報される、などという事態は避けねばならない。

 

そんなわけで徒歩で移動する三人。

タクシー呼ぶとか、電車使うとか、そういうことはしません。

だって未だに小学生ですから。

 

道路を越え、路地を通り、なぜか民家を通ってがんがん進む。

小学生でしか使えないショートカットをフル活用してはやての家まで急ぐ三人。

まだまだ余裕のはやてと、ぜんぜん平気そうなフェイトと、病み上がり(?)のため息を切らしているなのは。

 

「大丈夫?」

 

「うん、へーき……」

 

そんなこんなではやての家に着くまでに三十分はかかった。

玄関から中に入る三人。

靴を脱いでリビングに上がるとはやては冷蔵庫から麦茶を取り出した。

 

「なのはちゃん、本当に大丈夫なんか?」


はやてはなのはに麦茶入りのコップを手渡す。

 

「ちょ、ちょっときつかったかも………」


なのはは渡された麦茶を一気に飲み干す。

 

「で、なのは。話って何?」


フェイトがカバンをソファの近くに置く。

 

「えーとね、実は、その……、って、はやてちゃん!? どこ行くの!?」

 

「えー?アルバム整理。最近荷物の整理始めとんねん」


はやてが振り返りながら言う。

 

「そういえば他の皆は?シャマルとか、リインとか」

 

「みんな本局におるで、なんや忙しいんやと」


はやてが隣の部屋からダンボールを持ち出してくる。

 

「それにしてもお客さんがいるのにいきなりアルバム整理って………。

 はやてにはホストとしての自覚が足りないかもね」

 

「ええやん、私がホストになるわけやないし」


はやてはダンボールの中から古ぼけたアルバムを一冊、取り出した。

 

「この場合のホストっていうのは意味がちょっと違うんだけどなぁ」

 

「もーええやん、その話題は。 それよりもこれ、みんなで見ない?」


はやてがアルバムを開く。

 

「へー、これいつの写真?」

 

「いつやろなぁ………、お父さんとお母さんがいるから少なくとも小学生よりは前やな」

 

「可愛いなぁ……、この頃のはやてって」

 

「あ!しつれーとちゃう!? 今は大して可愛くないんか!?」

 

「まあまあ二人とも。ほら、これなんか面白くない?」

 

なのはが一枚ずつアルバムをめくっていく。

小学校に入ったばかりの、初々しいはやての制服姿。

両親と一緒に写っている、幸せそうな笑顔。

まだ足が動いた頃に行った、キャンプでの写真。

 

すべてが、彼女らにとって新鮮だった。

すべてが、なのはとフェイトの知らないはやてだった。

そして、それらを見ていくのは、非常に楽しかった。

 

そうしてどれだけの間、アルバムに目を通していたのであろう。

フェイトが気がつくと、辺りはすでに夕闇に包まれ始めていた。

 

「あれ………、もうこんな時間なんだ」


時計は午後六時を指している。

 

「ほんま、時が経つのは速いなぁ……、あれ?」


はやてが、急に動きを止めた。

 

「どうしたの?はやてちゃん」


なのはがはやてに近づく。

しかしそれでも、はやては動かない。

 

なのはははやての視線を先にあるものを見る。

はやての視線の先にあるのは一枚の写真。

その写真の中に写っていたのは、

 


 

この前出会った、炎髪蒼眼の少年であった。

 


 

「え………?ちょっと、これって………」

 

「この前の……、あいつ、だよね」

 

「なんで………、私と一緒に写っとるんや!?」

 

「待って!ここに何か書いてあるよ」


なのはの指差す所を見るはやてとフェイト。

 

「……庭にて、はやてとひかる、……『ひかる』?」


はやてが首を傾げる。

 

「はやてちゃん、この写真に覚えとかって………」

 

「あらへん!こんな写真、始めて見たわ」

 

「でも、現にここに写真はある……、ということは………」


フェイトが結論を出そうとしたとき、

 

遠くで、爆発音が起きた。

 

かなり大規模な爆発が起こったのだろう。

三人はその場で一瞬固まった。

固まったのだが、

 

何も、起こらない。

 

警察が出動したり、

消防車が走っていったり、

救急車のサイレンがけたたましく聞こえてきたりなど、

そんなことは、一切起こらない。

 

「これって、まさか………」

 

「うん、大規模な幻覚魔法と結界だ。それも、かなりの高レベルの」


フェイトの言葉に、なのはは不安の色を隠しきれないでいる。

 

「行くで」

 

突然、はやてが言い放った。

 

「会って話聞く。それで、全部解決やろ?」

 

「………そうだね。行こうか」


なのはの言葉とともに三人は外へ飛び出す。

行き先は、海鳴市市街地のはずれ、

 

目的は、あの少年に、話を聞くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木々がうっそうと茂る森林のはるか上、

そこに、彼はたたずんでいた。

 

悲しげな瞳はどこまでも蒼く、

纏った衣はどこまでも黒い。

 

「………フィリス………」

 

彼が呟くのははるか昔の名。

遠い過去に、存在を消されてしまった悲劇のヒロイン。

 

「俺は一体……、何がしたいんだろうな」

 

フィリス・アニーシェ、

八神ひかるの、たった一人の使い魔だった女性。

 

八神ひかるを守り、生涯尽くし続けてきた最愛の人。

 

そして、八神ひかるが望むはその復讐。

決して勝てない相手への、復讐だった。

 

 

 

 

 

 

海鳴市のはずれにある森林地帯、

傾斜のある山々と迷いやすい樹木の森。

その上空に、なのはたち三人はいた。

 

「………だめだ、ひっかからないよ」

なのはが集中をとく。

 

「さっきからこうしてるけど、まったく当たりがないね」

 

「もうどこかに行ってしまったんやろか」

 

「そんなこと……、ない」


なのはが口をはさんだ

 

「あの子は必ずこの近くにいる。だから、探そう、諦めないで」


なのはの言葉に二人は頷く。

 

そして三人が捜索を続けようとしたそのとき、

 

 

はるか上空から何者かが飛来してきた。

 

 

それは恐るべきスピードで三人の間をすり抜け、

一回転してから三人の前で停止した。

 

そして姿を現したのは漆黒の衣装を身に纏った炎髪蒼眼の少年、

 

八神ひかるだった。

 

「また君ら? いい加減あきらめるとかしないわけ?」

 

「あきらめちゃったら、そこから何も進まないからね」

 

そう言われた後にひかるは三人を見回す。

なのはは、ひかるの澄んだ蒼い目に、ひとかけらの悲しみを見た気がした。

「確かに、三人ともあきらめは悪そうだな」

 

「ここにはね、話し合いに来たんだよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、八神ひかるは肩をすくめた。

 

「………話し合い、ねぇ」

 

「教えて欲しいんだ、君の事」

 

「なんで……、知りたがるのさ」

 

「分かり合いたいから」

 

純粋な、一言。

けれど、それは八神ひかるにとっては悲しい言葉で、

高町なのはにとっては、最も伝えたかった一言であった。

 

「ね、自己紹介しようよ、私、高町なのは。 あなたの名前は?」

 

「なのは、ふざけてる場合じゃ………」

 

「ふざけてなんか、いないよ」


なのはははっきりと言い切った。

 

「私は…、信じてる。きっと、この子ともわかり合えるんだって。絶対に……、友達になれるんだって」

 

「なのは……………」

 

「だからもう一度聞くよ、あなたの名前は?」

 

高町なのはは手を差し伸べる。

孤独という暗闇に、とらわれ続けている少年へ。

 

「俺の………、名前は………」

 

そうしてひかるが何かを言おうとしたとき、

ひかるはなのはたちに向かって飛び出していた。

 

いや、より正確に言うとフェイトの真後ろに向かって。

 

そうしてそのまま、状況を理解できずに困惑しているフェイトを抱きかかえて、

咄嗟に方向転換してその場から離脱しようとして、

 

八神ひかるは、謎の爆発に巻き込まれた。

 

魔力の残滓もなく、どこからか放たれた魔法によって二人は撃墜され、

なのはやはやてが反応するよりも前に、

 

ひかるとフェイトは闇の底へ落ちていった………

 




 

 

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