月明かりが降り注ぐビルの屋上。
そこに、彼は立っている。
彼の表情は悲しみに満ち溢れていて、
彼の目には闇しか宿っていない。
彼は自分の手を見る。
長い間、血にまみれてきた手を。
長い間、殺戮を繰り返し続けてきた手を。
自分は、長く生きすぎた、と彼は思う。
ただでさえ人の倍の人生を歩めるのに、その上でまだ生かされる。
そうして何億年生き続けてきたのだろう。
最早、年を数えるのも馬鹿らしくなってくるぐらいの歳月が過ぎた。
その中で、何人の人々と、出会ったのだろう。
何人の人々が、目の前で死んでいったのだろう。
どれだけの幸福を味わい、どれだけの悲しみを味わったのだろう。
そして彼は、いつから心が麻痺してしまったのだろう。
幾多の絶望、悲しみ、怒り、そのすべてが彼の心を狂わせた。
幸福やうれしさ、幸せなんて言葉は最早忘れた。
心にあるのは、無限に広がる絶望の闇だけ。
どれだけ光を探っても、絶対に見つからない深淵の闇。
その闇に、彼はどれだけ苦しめられたのだろう。
目の前を閉ざした闇に、彼は光を持って立ち向かった。
しかし、彼は気づいてしまっている。
この世界が続く限り、闇は晴れないのだと。
自分の存在がループする限り、悲しみは続くのだと。
だから彼は剣を手にとる。
悲しみを、連鎖させないために。
時空管理局本局の一室、
ここでは、いつものメンバーによる会議が開かれていた。
ちなみに出席者をリストアップすると、
高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、
リインフォースU、シグナム、ヴィータ、クロノ・ハラオウン、
そしてリンディ・ハラオウンの八人となる。
「誰か忘れてる気がしないか?」
「気のせいだろう、それよりも話をしよう」
シグナムの号令の元、会議は始まった。
ちなみにはやてはヴィータの隣、フェイトとエイミィはなのはの両隣、
リインははやての肩に乗っかっていて、シグナムははやての二つ隣の席、
そしてクロノとリンディは隣同士で入り口側に座っている。
「えー、まず昨日の事件のおさらいから行くわね」
「かあさ……、いえ、提督。何でおさらいからなんですか?」
クロノが微妙に顔を赤くしながら発言する。
「なのはさんたちは昨日の事件のことあまり知らないでしょ」
「あのー、その事件は別に関係ないようなので後回しにしません?」
いつの間にか現れたエイミィが発言する。
「そうね、そうしましょうか」
あっさり承諾したリンディに苦笑いする一同。
「じゃあ、僕のほうから粛清者のほうの話をさせてもらう」
リンディに変わってクロノが場を仕切る。
「こちらも世界樹の種の犯人と同じく、ほとんど情報がない。
今現在わかっているのは犯人が犯罪者ばかりを狙っていること、それだけだ」
「す、少ないにも程があるんじゃ………………」
エイミィが軽い突込みを入れる。
「仕方ないだろう。今までにも例がない事件なんだから」
「なー、何でそいつは犯罪者ばっかり狙ってるんだ―?」
ヴィータが発言する。
その表情はいつもよりはまじめだ。
「それは……、恨みがあるのか、それとも何か別の理由………?」
「恨みって言ったって、被害者には共通点も何もないんだよ!?」
「だとしたら、もっと別な何か…………」
「探してるから……………?」
なのはの言葉に、全員が集中した。
「誰かに恨みを持ってるんじゃないとすれば、誰かを、探しているからじゃないのかな………」
「犯罪者を?」
「ありえへんって、そないなこと。 だいたい、探してるんやったらなんでわざわざ組織ごと壊滅するんや?」
「それは……、えっと……、その……」
「まあその辺の理由は本人に問いただすとしよう」
クロノがいったん議題を閉める。
「ところで、昨日なのはが拾ったというアクセサリーについてなんだが………」
「なにか、わかったのか?」
シグナムが腕組みをしたまま尋ねる。
「現物がないのでどうとも言えないが、多分この世界の物ではないものらしい」
「別にそれならおかしくないと思うけど………」
フェイトのいう"この世界"とは、地球という意味である。
フェイトは小首をかしげたままクロノのほうを見る。
「いや、正確には今あるすべての世界で作ることが不可能な代物らしい」
「え………、それじゃ………」
「ああ、その通り」
そこでクロノは一旦言葉を切ってから、
「『粛清者』は、僕達のまったく知らない世界からやってきたことになる」
クロノがそう言った瞬間、管理局内にエマージェンシーコールが鳴り響いた。
『第八十七管理外世界に粛清者らしき人物が出現。総員、出動せよ』
「みんな、行くぞ!」
クロノの先導の元、なのは、フェイト、はやて、シグナム、ヴィータの五人が出撃用ゲートに向かう。
ところで……………
「さっきから一言も喋らせてもらえないリインはなんなんですかーーーーー!」
そのへんは、スルー。
「クロノくん!その敵ってどのへんにいるの?」
なのはが飛行しながらクロノに質問する。
「わからない。 けど、絶対に逃がしはしない!」
その言葉と同時に六人は飛行速度を上げる。
そうして何分間かとんだ後、六人はとあるビル街に着陸した。
そのまま三人小隊で散開、捜索を開始した。
第一小隊はシグナム、ヴィータ、はやての三人。
第二小隊はクロノ、なのは、フェイトの三人である。
『はやてたちの小隊は左側から、僕達は右から行く』
『了解! 気ぃつけてな』
「よし、こっちは手当たり次第にその辺のビルを探そう」
「探索魔法使ったほうが簡単だよ?」
なのはのツッコミにクロノは少しぐらりと来る。
「いいから、さっさと探そう」
男としての威厳を何とか保ちつつ、クロノは先を急いだ。
それから三十分が経過するも、成果はあがらなかった。
一度合流し、地上と空中の二部隊に分けても結果は変わらなかった。
しかし彼女らは諦めを知ることなく、精力的に探索を続けていた。
「ここも……………違う!」
ビルの屋上でフェイトが呟く。
高配したビルの屋上には塵やゴミ屑しかない。
「こっちもはずれ」
裏路地でなのはが座り込む。
暗く湿った裏路地には、いろいろな生物が住み着いていそうでなんか怖い。
「あかん、ぜんぜん見当違いや」
はやてが空から広域探索魔法をかける。
しかし反応するものはまったくなく、空振りに終わっている。
「くそ………、一体どこに逃げたんだ?」
「実はもういなかったりして」
「ふむ、それも一理あるな」
シグナム、ヴィータの両名が至極真っ当な意見を述べる。
それを聞いたクロノは少しいらだったように、
「とにかく、一度合流しよう。 話はそれからだ」
「私はもうちょっと粘るで」
「ああ、好きにしろ」
その後、五分ほどしてはやてを除く五人がビルの前に集結した。
「成果は?」
クロノが皆に尋ねるが全員の答えはほぼ同じような物だった。
皆の焦燥の色を見て、クロノが撤退命令を出そうとしたその時、
「何だよ、諦めたんじゃなかったのか」
五人が、いっせいにビルのほうを見上げる。
ちょうど太陽を背にしているので顔はわからないが、誰かがいる。
まるで漆黒を表すかのような黒いコートに身を包み、
悲しげな視線を向けている誰かが、そこにいる。
「こっちは何度も警告出してやったのに、完璧無視しやがって」
「あなた、だれ!?」
なのはが屋上に向かって叫ぶ。
「君らに名乗る必要なんてねぇよ。 こっちには用件すらねぇんだ」
「そっちにはなくっても………、こっちにはある!」
フェイトがバルディッシュを構える。
「やる気満々なのは別にかまわないんだけど、こっちはやる気ないのがわかんないかな?」
少年はあくまで余裕の態度を崩さない。
というよりは本当にけだるげに、やる気なさそうに立ち尽くすだけ。
「とりあえずさっさと帰れよ。 そっちが関わってもろくな事ないぞ」
少年が一歩後ろに下がった、
その時。
「そこまでや!」
「はやてちゃん!」
はやてが、少年の背中にシュベルトクロイツを突きつけていた。
少年は一瞬だけ動揺したような表情を見せるが、すぐに涼しげな顔に戻る。
「さーて、観念しいや。私はちょっぴり手厳しいで……」
「ああそうかい、じゃあ………」
少年はゆっくりと両手を挙げて………、
「ちょいとお仕置きしねぇとな」
その瞬間、閃光が走った。
突然の出来事に戸惑ったはやての後方に向かって少年は跳ぶ。
はやてが後ろに振り返る前にその足を払って地面に転がす。
「はやてちゃん!」
「この……! 喰らえ!プラズマスマッシャー!」
飛び上がってきたフェイトの攻撃を少年は一瞬で回避する。
そのままバックステップで後ろに下がって間合いを計る。
「いたた………。 もー!なにしてくれとんね………」
「え……………?」
「嘘…………………」
なのはたちは絶句した。
なぜならそこに立っていた少年の顔は、
八神はやてと、まるっきり同じだったから。
「まったく、何に驚いてるんだか。 俺の顔はそんなに珍しいかぁ?」
少年が右手を上げる。
なのはたちは次に来る攻撃を予測して防御魔法をかけるのだが………、
「残念♪」
少年はその間に空中に飛び上がる。
もちろん、デバイスも何も起動させずに。
「それじゃまたどっかで。 一応警告はしたからな」
少年はなのはたちに背中を向けて転移しようとする。
そこへクロノが勢いよく飛び立ち、
「そのまま逃がすとでも思ったか!」
少年が後ろに振り返る直前にクロノはブレイズキャノンを放つ。
青色の炎が少年に命中、そのまま焼き尽くす。
「非殺傷設定にしておいた。これで動きが止まれば………」
クロノは静かに燃え盛る炎を見つめている。
「ええと、あんたは不意打ち大好きっ子か?」
突然炎の中から少年が現れる。
燃え盛る炎の中にいて、しかし少年はまったくの無傷だった。
「馬鹿なっ………、まったく……、効果がないなんて……」
「クロノくん、下がって! 行くよ! レイジングハート!」
ショックを受けているクロノに替わってなのはが前に出る。
不屈の魂、愛杖レイジングハートを両手で持つ。
「ディバインバスター・エクステンション!」
収束された光が少年めがけて一直線に進む。
大して少年は何も対策をとらずにそのままバスターを受けた。
「んーーー、まだまだ収束が甘い。 鍛え方が足りねーよ」
バスターが、拳によって真横に弾かれた。
不規則に軌道を曲げられた光線が辺りのビルを破壊する。
なのはは少年のほうを見る。
少年は、相変わらずそこにいるだけ。
唯一無二の親友と、同じ顔をして。
「下がっていろ!高町なのは!」
「お前まだ復帰したてなんだから無理するなよ!」
シグナムとヴィータが少年となのはの間に割ってはいる。
シグナムはそのまま近接戦闘に入ろうとする。
「レヴァンティン!カートリッジロード!」
収束した魔力をつめた弾丸が排出され、
レヴァンティンの魔力が爆発的に高まる。
「喰らえ………、紫電一閃!」
炎をまとった剣で斬りかかる。
狙いは、少年の足。
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
少年はめんどくさそうにして、
「ディヴォルカニック・ブレイズ」
刹那。すべてが消し飛んだ。
周りのビルも、建物も、何もかもが。
極大級の閃熱と爆発。
それが、その場のすべてを無に返す。
ディヴォルカニック・ブレイズ。
超古代に存在していた、戦略級都市殲滅魔法。
少年はそれを、詠唱もなしにいきなり使った。
普通の魔導師なら、一時間はかかる詠唱をわずか一秒で。
「う……………?」
クロノが起き上がってみると、そこはただの焼け野原と化していた。
目の前に広がるのは瓦礫と赤くなった地面だけ。
人が生きているかも、怪しい状況だった。
『誰かいるか!聞こえてるなら返事をしろ!』
『クロノくん?今どこにいるの?』
クロノが念話で呼びかけると聞きなれたなのはの声が響いてきた。
『わからない、とにかく集合しよう。場所はこちらから全員に送る』
『うん、わかった』
なのはにそう言いながらクロノは思った。
(ヤツは………どこに消えた?)
クロノの問いに答える者はおらず、ただ寂しい風だけが吹いていた。