近年、地球は荒廃が進み、
植物も動物も、その一切が住めなくなってしまった。
なーんてことは一切なく、というよりあったらものすごく困るのだが、
ただただ平凡で退屈な毎日が過ぎている。
私立聖祥大付属小学校に通う彼女、高町なのはも、そんな一人だった。
ただし、彼女の場合普通の人とは少し違うのだが。
そんな彼女も、今日ばかりは普通の小学生。
本来なら、学校へ行って、ただ普通にクラスの仲間と過ごす、
ただそれだけだった。
それだけのはずだったのに。
「どうして二人ともついてくるのかなぁ…………」
はぁ、となのはは溜息をつく。
そのため息の原因は、なのはの隣を歩調を合わせるように歩いている。
「別にえーやん。単なる機種変やろ? 私たちがついていっても問題あらへんよ」
なのはの右手を歩いている関西弁のショートカットの少女、八神はやてが快活に笑う。
彼女は二年ほど前、とある魔道書の暴走をめぐる事件においてなのはと知り合った。
今では立派に彼女とは親友である。
「それに、一緒に行ったほうがアドレスのとかの交換早いよ」
なのはの左手を歩いている金髪でツインテールの少女、フェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウンはそういって携帯を取り出す。
彼女は、なのはがまだ魔法とであったばかりの時期になのはの敵として知り合い、
その後の紆余曲折を経て、最後にはなのはの最大級の一撃を食らって友達になったという変わった経緯を持つ。
「それはまぁ………、そうなんだけど………」
内緒で買っておいて後で見せびらかしてびっくりさせようと思ったのに、
という気持ちをなのはは心の中にしまいこむ。
「せやからさっさと行かへん?あまり時間もあらへんし」
「あー、そうだね。そうしとこうか………」
「なのは、妙に元気がないけど。 どうかしたの?」
「ううん。なんでも、ない」
少しは気を配ってよ、となのはは思った。
空は雲ひとつない。
太陽は思った以上の日差しを地面に注ぎ、
アスファルトはそれを照り返して鉄板のごとく熱せられる。
それなのに、高町なのはのいやな予感は、まったく収まる所を知らなかった。
「へー、今の機種は便利な機能がつとるんやなー」
はやてがa○の最新機種を手にとる。
「こっちは稼動範囲が広いよ。それにサービスも充実してるみたい」
フェイトはフェイトでド○モの新型をしげしげと眺めている。
その頃、携帯を買わなければならないはずのなのはは、
二人の後ろで気まずそうに笑っていた。
「ふ、二人とも、ほ、他のお客さんが迷惑そうにしてるよ」
その声を聞いたはやてたちがわずか一秒でなのはに詰め寄る。
「なのはちゃん!そないに迷惑やった!?」
「私たち、なのはに似合う携帯探してたのに………」
自分達の親切が否定され、半分怒りながら詰め寄るはやてと、
今にも泣き出しそうに顔をうつむかせるフェイト。
この二人の説得に、高町なのはが苦労したのはいうまでもあるまい。
二人を説得、いや、なだめすかして携帯を買ったなのはは次に『翠屋』に向かうことにした。
歩いてたかだか十数分、別段用事もないので、というわけらしい。
「それにしても、最近変な事件が多いなー」
「例の、通り魔みたいな奴のこと?」
その辺の自販機で買ったジュースを飲んでいるはやてにフェイトが質問する。
「せやなー、それもあるんやけど、私が言いたいのは犯罪者ばっかり狙ってる奴のほうや」
ありゃタチ悪いで、とはやては言う。
「犯罪者ばっかり、って、あの話?」
「時空管理局が今抱えている事件の中でも、危険度が特に高い事件」
「通称粛清者事件や」
はやてが言った言葉の意味を、なのはは理解できなかった。
しかし、なんとなくであるが理解できたこともある。
その事件を起こしている犯人は、止めなくちゃならない。
なにが、なんでも。
「ねぇはやてちゃん。その事件について、詳しく教えてくれないかな」
「あれ?なのはちゃん知らんかったんか? まあええわ、この際やし一気に説明したる」
「あ、できれば家か翠屋についてからのほうがいいんだけど………」
はやての口ぶりからこの話が長くなることを予想したなのはは先手を打つ。
「んー、私としては今すぐでもええんやけど、なのはちゃんがそう言うならそれでもええよ」
「じゃあ、そうしよっ!」
そうしてなのは、フェイト、はやての3人は曲がり角を曲がろうとして、
ふいに、鋭い視線に気づいた。
冷酷で、非常で、恐怖を覚えさせる視線。
しかしその視線にはためらいが感じられて、
なぜか私たちのことを哀れんでいるようだな、となのはは思った。
はやてやフェイトが辺りを見回しているが成果はないようだ。
そしてなのはがふと気づいた瞬間には、
視線はおろか、何の気配もなかった。
「なんやったんや、今の……………」
「わからない。 けど……………」
普通の人じゃ、ない気がする。
なのはは少し震えながらそう結んだ………
喫茶翠屋の店内で、なのはとフェイトとはやては、
なぜか現れたクロノとエイミィとともに事件の内容を確認していた。
「さて、さっきから説明していると思うが、これらの事件には情報が少ない。
『世界樹の種』事件の方でわかっていることは三つ。
一つは、このロストロギアは魔導師の魔力を食い物にするということ。
もう一つは、この事件の犯人は『強者』を狙っているということ。
最後に、この事件の犯人を、何らかの形で知っている者がいると言うこと」
「クロノ君質問ええか? 『強者』って、なんやねん?」
クロノの返事を待たずにはやてが質問する。
「『強者』とは、恐らく色んな意味での『強者』なんだろう。
例えば、格闘家、これも種類が色々ある。 他にも、剣豪、弓道者、その他武芸と名のつくものは例外じゃない。
そしてもちろん、僕達魔導師もその中に入る」
「と言うより、私たちが入らないほうが不自然だよね。 『世界樹の種』は魔力を食い物にするんでしょ?」
フェイトが首を傾げる。
そのしぐさはかわいいなぁ、となのはは心の中で惚気る。
「ああ、しかし今度の奴は三年前とは比べ物にならないくらいたちが悪い」
そう言ったクロノに全員が『なんで?』という顔を向ける。
「今回の『世界樹の種』は、魔導師のリンカーコアだけでなく、魔導師自身に寄生して発芽する。
ということは、発芽と同時にその魔導師はリンカーコアごと体を食いつぶされてしまう」
「それじゃ、助けようにも、助けられないってこと?」
無言でクロノは頷く。
その動作を見てフェイトはうつむいてしまう。
室内に重苦しい空気が流れる。
みな、三年前の事件を思い出しているのだ。
あの時は、とあるデバイスが犠牲になって、事は収まった。
しかし、今回は違う。
今回は、犠牲になった人たちは、絶対に帰ってこない。
責任の重さは、以前とは段違いだ。
そのプレッシャーが、無言で五人に襲い掛かる。
「でも、裏を返せば、寄生さえさせなければどうにもならないんだよね。
夜天の書のときと違って、それ自体が意思を持ってるわけじゃないんだよね?」
「それはない。過去の記録から見ても、それ自体が意思を持っていたという記録はなかった」
「本当だね?」
なのはは重ねてクロノに質問する。
「それはない。断言する」
「なら、早くその犯人見つけよう! でないと、被害を受ける人がでちゃう」
「そうだな。その通りだ。 一刻も早く、犯人を探さないとな」
そう言って立ち上がるクロノとなのは。
そしてその二人を冷ややかな嫉妬の目で見つめるフェイトとはやて。
更にその四人を笑いながら見つめているエイミィ・リミエッタ。
さて、この勝負はどう転がるのか。
「あー、つっかれたぁー」
ボスッ、という音を立ててベッドに倒れこむ。
三人を見送ったあと、なのははずっとフェイトと話をしていた。
内容は他愛ない、いつもの話だったのだが、
なぜかフェイトの声のトーンが高くて、しかも視線が熱っぽくって、
なおかつ異常にべたべたとくっついてきたのはなぜだろう?
なのはは混乱しかける頭を必死に整理して、
「フェイトちゃん、最近リンディさんにかまってもらってないのかな………」
結局フェイトのしぐさの意味がまだよくわかっていない、お子様ななのはさんなのでしたー。
「おう、なのは。ご飯できてるぞ、食べるか?」
なのはの父、高町士郎が新聞を片付ける。
どうやら、今日もひいきのサッカーチームが勝ったらしい。
顔が微妙ににやけている。
「うん食べる、今日のメニューは」
「あはは、悪いな。父さんさっぱりだ」
そう言いながらも士郎は料理をテーブルに並べていく。
美味しそうに湯気の立つ料理を前にしてなのはは箸を持って、
「いただきま〜す!」
と言って料理に手を伸ばそうとしたのだが、
『なのは!聞こえる?近くで事件が起こったの。 できればすぐにでも来て!場所はなのはの家から北西に4km!』
と言う内容のフェイトからの念話によりご飯はお預け。
半分涙目になりながら出かける用意をして出発。
その所為か、いってきますの声も小さく、
父母の方々が心配したのはいうまでもあるまい。
実際、なのはが現場につく頃には敵は全員降伏しており、
管理局員達がせっせと建物の修繕に当たっていた。
することがなくなったので辺りをうろついてみる。
よーく見るとそこかしこに魔法の跡があった。
物理設定にでもしたのだろうか、となのはは思った。
「あれ………、なんだろう、これ」
なのはが顔を近づけて拾ってみると、
それは何かのお守りのようだった。
銀色の十字架、だろうか、
しかし十字架と呼ぶにはどこか違う気がする。
一般的な十字架の形をしていないからだろうか?
鈍く光るそれを丁寧に観察していく。
ボディには特に特徴もない、何の変哲もない十字架にしか見えない。
でも、そこから放たれている何かは十字架のそれとは明らかに違う。
「これは、いったい……………」
ひっくり返して裏面を見てみる。
やはりそこにも特徴はない。
「………………………あれ?」
しかしよく見ると、そこには汚い文字が刻まれていた。
なのははそれを注意深く読み取ってみる。
「エレメンタル……………、ブレイズ?」
なのはがその言葉を呟いた刹那、
十字架が、消えてなくなった。
そして、その代わりに現れたのは、
「っ………………!」
昼間感じた、突き刺さるような視線。
今度は昼間の比ではない、
文字通り、心臓をわしづかみにするような視線。
呼吸がどんどん浅くなっていくのがわかる。
緊張、恐怖、焦燥、すべてが過剰なプレッシャーのごとく襲い掛かってくる。
このままでは、確実に意識を失う。
そして意識を失えばどうなるか、
答えは一つ、この場で視線の主に殺される。
それも、跡形もなく、綺麗さっぱりに。
(落ち着いて………、冷静になって対処しなきゃ)
なのはがそう思って精神集中を始めたところ、
突然、視線が消えた。
「へ? なんで、突然?」
微妙に肩透かしを食らったようになってその場でよろけるなのは。
それを見計らったかのように管理局員達がその場にやってくる。
その応対に苦労していると、
どこからかレクイエムが聞こえた。
悲しげな、鎮魂歌が。