「三番テーブルハンバーグとパンのAセット、 四番テーブル和風スパゲッティ一、五倍盛り」

「和風スパゲッティ上がり! 手の開いてる奴さっさと運べ!」

 

「五番テーブルのロールケーキあがった!」

 

「ハンバーグ用のひき肉が足りません!」

 

「トーヤ!買い出し行って来い!」

 

「了解!」

 

俺は財布を手に取り店を飛び出す。
今日は珍しく、いや、ありえないほど客がいる。

昼時ですらこんなに混まないのに。

 

店内は満席、従業員はフル稼働。

それでも客がさばききれるかもあやしい。

朝からこんなに混むなんて久々だ。

 

まあ今の俺は買出しが使命。

これの原因探った所で何にもなりゃしないんだけど。

 

「はいこれ!お釣りいらないから!」


あるだけの食糧を買い込んで店を出る。

かごがいっぱいになるほど買うなんて久々だなぁ。

「お、重いぞこんちくしょう、誰だ、アイスクリームまで頼んだ奴は………」


業務用ほどではないけどやっぱりアイスは重い。
しかもこの暑さ、帰りまで無事かどうか。

失敗した、ドライアイス入れてもらえばよかったな。

「時間との勝負って奴か………」


上等だ、と思いながら荷物を運ぶ。

いや、もう引きずるに近いか。 めちゃくちゃに重いし。

 

それにしても………なんで立ち話している人が多いんだろう。
この時間、この暑さなら家に引っ込んでるかファミレスにでも行けばいいのに。

 

「………ちょいと聞いてみますか」


本当は職務優先なんだけど。

人間野次馬根性を発揮してこそ人間だ!
………何言ってんだろ、俺ってやつは。

「あのー、すんません、最近なんかあったんですか?」


と世間話をしていたおばちゃんたちにできる限り不信感を持たせないように尋ねる。

 

「ええ、昨日、パトカーが走ってたじゃない?」

確かそんなこともあったなー、と記憶を反芻する。
うるっさくて今日の睡眠時間は合計五時間………、そんなことはおいといて。

「それがね、パトカーが走ってたわけはね、昨日、高校生が暴力沙汰起こしたからなんですって」


そこで俺は気がついた。 今まで立ち話をしていた人は、その高校生がどんなことをしたのかを想像していたのだ。

 

あ、アホらしいにも程がある。

そんなくだらないことに時間使うなよ。

 

あ、でも待てよ。

この辺で高校っていってもたいして数があるわけじゃ………

って、それ以前にこの辺で高校といったら一つぐらいしかない。

 

私立風見学園。

………な〜んかいやな予感がするのは気のせいだろうか。

まさかと思うけど、まさかなあ。

 

昨日から姫乃の携帯にかけてもつながんないんだよな。

たまには無視されてもいいか、とか思ったけど………

…………………おかしい、よな。

 

確かめに行くか、それとも何か情報があるまで待つか。 もしくは職務を優先するか。

いや、これはできないな、仕事失うよりも友達失うほうが嫌だ。

 

とにかく都合を作って様子見に行くか、と考えながら荷物を引きずる。

重い荷物を引きずって店の裏口までたどり着くと………

 

「………あれ?」


一瞬、呆然としてしまった。

キッチンの中はがらんどう、調理器具の他には冷蔵庫しかない。
いつもはにぎやかだったあの声も聞こえてこない。

「何で誰もいない?」


慌てて店の中を覗くと………

 

「おう、どこ行ってた、買出しはすんだのか?」


ひょい、と店長が更衣室に続くドアから出てきた。
な、なんだ。休憩してて見えなかったのか。 脅かさんでくださいよ、はは。

 

「どれどれ………お、アイス溶けてない。 サンキューな、これでパフェ作れるわ」


あのな、お前に感謝されてもうれしくないんだけど。
というかアイスを頼んだのはてめぇか仲原ァ! めちゃくちゃ重かったんだぞこれ!

そんな俺のことなど完璧に無視して仲原は厨房へ戻る。

 

「………鳩、質問一ついいか?」


と俺は団扇を使って涼んでいる鳩辺に尋ねる。

 

「何?」


いくら暑いからって舌出すな、舌。

お前まだ彼氏いないんだろう? 一人身なんだろう?
はしたないやつって見られたらそこでおしまいだぞ?

………ま、俺も一人身だけどね。

「………仲原の奴、最近急に真面目になったよな」

 

「それが?」


 何よ早く質問しなさいよ、と鳩が言うので仕方なく俺はこう質問した。


「原因、何だと思う?」

 

そしたら鳩はあっさりと、


「知らないわよ、そんなこと」


はっはー、これ以上ねぇってくらいのシンプル・イズ・ザ・ベスト。
簡潔でいて余計な脚色が無い、正に正当中の正当。

「ところで、あんたはどう思ってるの? なんか考えがあるから聞いてきたんでしょ?」


わ、詰め寄るな馬鹿。

俺はどっちかというとチキンなんだよー!

「………実は」


「実は?」

 

「………彼女でもできたんじゃないかと」


その言葉を聞いた途端、俺と厨房にいる仲原を除く全員が笑い出した。

そ、そこまで笑うネタなんだろうか?

「あ、あっりえな〜い!おっかし〜!」


「あ、あの三枚目どころか四枚目の奴に彼女なんていないわよ〜!」


そうですかお二人さん、俺の勘違いですか。

それならそれでよかったんですけど。

「まあ、もしいたらいたでちょっと話があるがな」


怖いっすよ川原さん。 自分が一人身なのをまだ気に………

って、目が本気だし、って言うか何指べきべき鳴らしてんすか!

ま、まるでどこかのやくざ………にそっくりかも。

 

「ま、それはそれでいいことだな、あいつはハッピーだし仕事のほうもはかどるし、一石二鳥だな」


………店長、俺は貴方が今一番怖いっす。

合理的過ぎるし、打算働かせすぎだし。

 

「というより、トーヤ君が彼女いないのにあいつがいるわけないっ!」


「そうそう、あいつに比べたらトーヤ君のほうがずっとマシ」

……………………………………………………へ?

 

な、何をおっしゃいますかこの人たちは。

お、俺なんかがそんな、馬鹿な話なんてあるわけ………

 

え、あの、目が本気………。

ということは何か?俺って結構、その………

だあああっ!な、何考えてんだ!

そ、それより今は仕事、仕事。

 

お、思い出すな思い出すな。

工藤さんのことだけは思い出すな。

あ、あの人と俺は別の世界にいるの。

だ、だから意識しちゃいかん、意識しちゃ。

 

「トーヤー、フルーツ缶、どこにあるか知らないか?」


「ん?ああ、そこの棚のとこ」

サンキューなー、と言って仲原は手を振る。

き、気色わるっ。

 

と、とにかく今は職務に集中。

それしか考えるな、それしか。

 

 

 




 

一時間後、客足が減ったのを口実に抜け出そうとした俺は、捕まって厨房に戻された。

ちくしょう。あそこで鳩が気づかなければ逃げられたのに………

店長にはすきが見当たらないし、川原さんも目を光らせてる。

その他は……………まあ平気か。

 

ええい、捕まった以上は職務を全うすべし!

それではハンバーグ作りまーす。

 

「トーヤ、カツ丼のオーダーが入った」


ハイハイカツ丼ね………って、


「な、何でカツ丼!? め、メニューにそんな物ありましたっけ!?」

 

「昨日から入れた。ま、がんばって作ってくれや」


そんなむちゃくちゃなーっ!

この連絡をまともにしない軍人もどきがーっ!

でもま、言われた以上は仕方ない、か。

とほほ。

 

あい、それではカツ丼作りに変更します。

まず、できる限り分厚い肉を取り出し、筋を軽く切ります。

次に玉ねぎ、にんじん(必要なら)を刻んで軽くいためます。


そして油を入れた鍋を二つ用意します。

一つは高温、一つは少し低温にしておきます。

豚肉に小麦粉、とき卵、パン粉をつけ、高温のほうの鍋で数十秒揚げます。


次にあがったカツを、低温の油で十分弱揚げます。

この間にだし汁、醤油などの調味料で味を調えたタレを用意します。


揚がったカツを四〜六等分に切っておきます。

丼にご飯を盛って、その上にカツを乗せ、だし汁の中に入れた野菜ごとだし汁を注ぎます。

最後に卵で閉じてはい完成。

 

「カツ丼あがりました〜」


ウエイターにそれを渡して厨房へ戻る。

 

それではハンバーグに戻ります。

まずひき肉とパン粉、小麦粉を混ぜます。

後は粘りが出てきたら形を整えて一回焼く。

その後にソースの中にいれ、少し煮込んで完成。


なんて簡単な解説なんだろう、細かいところがまったく無い。

同じようにハンバーグもウエイターに渡す。

困った、注文が今のところない。

でも抜け出せないし、ホント、困ったな。

 

「七番テーブル、オーダー、カツ丼二つ、親子丼一つ」


ここは定食屋か?という感想を飲み込んで調理に入る。

 

カツ丼はさっきの通り、今回は親子丼行きます。

まず鳥肉を一口サイズに切ります。

次に卵を用意します。三個もあれば十分すぎるくらい。

だし汁を鍋で煮て、調味料で味付けします。

その中に鶏肉をいれ、軽く煮立たせます。

最後に卵で閉じて、器に盛れば完成。

 

「はい七番テーブル分、あがり」


またウエイターに渡す。
本当にやることないや。

店内の客は皆注文終えてるし。

 

ああどうしよう、これだけ暇だとやることないぞと思ったその時、


「トーヤー、なんかお客さんだぞー」

 

誰だ客って。

この時間に来る知り合いなんて一人も………

 

まあ来た以上は俺に用事があるわけだし、と思って入り口に向かうと、

「あ」


そこにいたのはなんと、白河ことりさんだった。

 


「……………………………………………」


うつむいて、目を少し腫らして、

悲しそうにしている彼女の姿を見た俺は混乱を極めた。

何すればいいのかもわからず、ただそこに立ち尽くすばかり。

そんな俺を見て、彼女はまたうつむいてから一言、

 

「お願いです。凛くん探すの手伝ってください」

 

今にも泣き出しそうな声で、そう、呟いた。

 

 

 

続く…

 

 

 


 

あとがき、

 

久しぶりと言えば久しぶりの翔翠亭です。

今回は『トーヤの日常』を描いていこうかな、という考えで書いたものです。

でも日常っていっても日常っぽくない。

本来なら学生やってるはずなのにそんなのとはぜんぜん違う。

『普通の大人』の日常を描いてしまいました。

 

こうなった原因として一つ、

こういう創作物には作者の意思が少なからず反映されると言いますが、

それが大きく出たのでは?と私は思ってます。

 

私は大人じゃありませんし、仕事をしている人々の日常を知りませんが、

多分こんなのじゃないかな、そうだったらいいな、

そう思って今回は書いていきました。

 

今回の話も前編後編になります。

この後どう発展するかはお楽しみに。

 

トーヤの目指すことは何か、まだはっきりしてませんが、

そろそろ、転機を迎えさせたいと思っています。

 

それでは、

 

 

 

 

 

 

(2007、4、6、)ちなみに私の誕生日。




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