白い、砂浜。どこまでも続く海岸線。凪から風が吹き、俺の髪を揺らす。

 

一歩一歩、踏み出してみる。自分の足が砂を踏む感触、なぜか、妙に心地よかった。

 

波が押し寄せている。まるで、俺を引きずり込みたいかのように。

 

でも、行ってやんない。俺は、海原よりも大空が好きなんだ。

どこまでも続く青、同じ青でも海の色と空の色はどうしてこんなにも違うのだろう。

透き通った青と、深い青。その綺麗さが、俺の心を癒す。

 

ふと、気づいた。

 

俺は何故此処にいるんだろう……………。

 

 

 

                                               

 

「……ああ、またか。まったく、進歩無いな、俺」


布団をどかし、ゆっくりと起き上がる。気がつくと、汗でシャツが濡れていた。

 

「今日も……暑そうだな…」

 

濡れたシャツを脱ぎ捨て、箪笥から新しいのを取り出しすかさず羽織る。

それでもあまり変わりは無い、すぐに汗を吸ってしまうからだ。


仕方が無いのでキッチンに向かい炊飯器を開ける。

湯気を立てているご飯を茶碗に盛り、冷蔵庫から昨日の残りの料理を取り出す。

ちゃぶ台に料理を並べる。いつもの席に座り、はしを持ち出す。

 

「いただきます」と手を合わせる。冷えた豚肉のバター焼きをほおばり飯をかきこむ。


味噌汁をすすってサラダに手をつける。どれもおいしいのだが……、やはり、温かい料理には到底及ばない。

仕方なしにご飯をかきこんで暖かさを演出しているだけだ。味も素っ気もない。

数分で食べ終わり、後片付けをして出かける準備をする。

 

……おっと、その前にこいつとちょっと遊んでやるか。

ベッドの近くに立てかけてあるエレキベースを手にとり一弦一弦かき鳴らしてみる。

ベース独特の低音が部屋に流れる。 心地よい雰囲気と時間。

 

う〜ん!今日も音に狂いなし!やっぱりこいつ優秀だよな、音合わせてから一度しかずれたこと無いもんな。

このベースは俺がここに入居したときに、部屋においてあった物だ。

 

前にいた人が持っていったかどうかは知らないが、アンプ、チューナー、

その他エレキベースをライブで使うための機材がまったく無く、少し埃をかぶったこのベースだけが部屋に放置されている状態だった。


ネックの太さは普通のベースより少し細めに設計されているので俺でも持ちやすい。

弦は一般的な四本。ヘッドも少し小さく、頼りなさげな印象があるが、多分こいつはかなりいい音を出すベースなんだろう。

楽器に関してまったくの素人だった俺でも音合わせをしてみて、近くの楽器屋でアンプを借りて弾いてみたときには身震いした。

 

なんせ、音量が小さくてもかなり響く。このほっそい体のどこからそんな音が出てくるんだ?ってぐらいだ。

それから俺はこいつにはまり始め、今ではそれなりに弾きこなせるようになってきている。

でも、俺が尊敬するバンド、『道化師』のべーシストのシュウさんに比べればまだまだ見劣りする。

 

まあ、そんな上手な人と比べてもね。意味ないか。

 

ふと気づくと時計は六時五十分をさしていた。

ヤバイヤバイ、また遅刻する所だった。どうも集中しすぎるくせがあるな〜、俺。

カバンに今日使うものを詰め込んで大急ぎで部屋を出る。

 

俺の部屋は二階の端、だからいつもこのアパートの住人たちとは顔をあわせる。

だが今日に限って誰とも会わなかった。あの早起きの大家でさえ。

いつも通る住宅街の路地を通り抜け、バイト先の店へ向かう。

 

ここから歩いて四十分の所にある『翔翠亭』という名の食堂が俺のバイト先だ。

はやりすぎず廃りすぎずという絶妙の人気具合を維持し続けている店。
常連さんも多く、学生にも安くて美味いというわけで大人気だ。

店の裏口から厨房に入る。厨房ではコックたちが料理の下ごしらえをしている。

 

「トーヤーーーー!早く着替えて皮むき手伝えーーー!」

 

「三分ください!」

 

店長にどやされながら更衣室で着替え始める。
入ってすぐ、右側のロッカーの、右から三番目が俺のロッカーだ。

そそくさと着替えを済ませてコック帽をかぶり、厨房へ出る。

 

「店長! ここにあるジャガイモ、皮剥いちゃっていいんすか〜?」

 

「自分で判断しろい! おい、川原。 お前ここはいいから肉の下ごしらえしてこい」

 

「カツ丼の肉ですかー?」

 

「そうだ! それ以外になにがある!」

 

「仲原ー! お前まーた下ごしらえで手ぇ抜いたな! ちゃんと筋切っとけっていっただろうが!」

 

「とっ、トーヤに言って下さいよ〜」


ここで働くコックは六人、店長の岩清水雅之、俺たちの総括を任されている川原祐樹。

俺の同僚の仲原翔哉、藤田歩美、鳩辺亮子、そして俺。

 

なんせこの数で客をさばくのだから数が足りない。俺なんか時折ウェイターとして狩り出されたこともある。

でも、やっぱりそれだけ人気があるのだから給料も高い。その辺の店の給料よりは段違いに高いと聞いている。

月に約三十万から三十五万。ありえない話だがこれだけの額を一月にくれる。

 

おかげで生活していくのにはほとんど苦労しない。むしろ最近は余った金を貯金するようになったぐらいだ。

そんなわけで俺は今日も皮むきに精を出し、スープの味を見るのに熱中して、お客さんのオーダーをしっかりと作る。

 

「トーヤ!大至急卵買ってこい!」

 

「うぃっす!」


裏口から飛び出し近くのスーパーに駆け込む。
厨房からあわてて飛び出したから着替えも何もやってない。
お客さんは当然のごとく知らん振りしてるけど、結構特殊じゃないか? 俺って。
しかし俺はお構いなしに卵のパックを籠に入りきらなくなるまで詰め込みレジに持って行く。

 

「全部で3987円になります」

 

「はいこれ! お釣りはいらないよっ!」


五千円札を叩きつけてダッシュで店に戻る。

お釣りは惜しいが仕事には変えられないよ。

「ただいま戻りましたっ!」

 

「おーう、早かったな。いくらだった」

 

「五千円使いました」

 

「ふ〜ん。まあお前のことだから釣りはもらわなかったんだろう。ほれ、とっとけや。」


店長は財布から一万円札を取り出した。

 

「い、いいんすか?」

 

「な〜に、手間賃だと思えばいいことよ。 それより、スパゲッティのオーダーが入ってるから、さっさと作ってくれよ。」

 

「うぃっす! ありがとうございます!」


それにしてもこの店長、よくもまあ俺の性格熟知してるよな。
ま、いっか。 おかげで得することもできたし、やる気も出るし。
俺が上機嫌でフライパンを持ってコンロの前に立つと、仲原がこっちを見てきた。

 

「なあ、何でお前ばっか店長に気に入られるんだ?コツでもあるのか?」

 

「まじめに仕事してれば気に入ってもらえるっつーの。 お前ふざけすぎなんだよ」

 

フライパンに油を引いてガスコンロに火をつける。手首を上手く回して油をフライパン全体に行き渡らせる。

軽く茹でてあった麺を取り出しフライパンに投入する。さらにバターを入れ手早く炒める。

 

「う〜ん。まじめかぁ。真面目ってあんまり好きじゃないんだよなぁ………」


まだ言ってるよ。
そんな仲原を無視して千切りにしたにんじん、スライスした玉ねぎをいれ、醤油を大量に加え、味を見る。

 

「………よし!後は仕上げだけだっ!」

 

菜箸でスパゲッティをかき混ぜ野菜を下のほうにしてスパゲッティで蒸す。
こうすると短時間でも野菜がやわらかくなって甘くなるんだな。

スピーディーに箸を動かし味を全体に行き渡らせ、手早く皿に盛り付ける。

 

「和風スパゲッティトーヤスペシャルあがりました!」

 

「よし!さっさと出して来い!」


 

え? 出して来い?



………やっぱりウェイターが足りないのかよ。はぁ……仕方ない。面倒くさいけど出してくるか。

 

「和風スパゲッティをご注文のお客様〜、どちらにいらっしゃいますか〜」


形式ばった台詞を口にしながら店内を見回す。すると、窓際の席で手が挙がった。

すぐさまそこに向かって移動し、客の座っている席の近くに立つ。

 

「大変お待たせしました、ご注文の和風スパゲッティでございます」

 

「あ、どーも」

 

高校生くらいだろうか、身長から言ってもそうだろう。そのくらいの少年が俺の作ったスパゲッティの皿を俺から受け取る。

 

「それでは」

 

そういって立ち去ろうとした瞬間だった。

 

「あの、なんか前に会った事ありませんか?」

 

「は?」


突然そう聞かれて戸惑ってしまった。

 

何聞いてんだこいつ?会った事あるかだって?

 

「す、すみません。あいにく記憶にございませんので………」


うわぁぁぁぁ!なに皮肉くさいこと言ってんだよ俺!

 

「あ……そっすか………」

 

「で、ではごゆっくり」

なんか居たたまれなくなってそそくさと厨房へ戻る。

 

戻ると同時に仲原に捕まった。

 

「おいトーヤ、お前知り合いいなかったんじゃないのか?」

 

「道であったこととかを律儀に覚えててくれたんだろ」

 

「ホントにそれだけか〜?」

 

「いいから! さっさと戻って仕事するぞほら早く!」

 

仲原を押し込んで厨房に戻り、また料理を作り始める。

にしても、あの人。どこかで見たことがあるよーな、ないよーな………

ま、気にするだけ時間の無駄かな。

 








 

「よっし!今日はここまで。みんなよくがんばってくれたな。それでは明日は休業なので各自自由に過ごせ。以上!」

 

「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」

 

やれやれ、やっと終わった。さて、とっとと帰って寝るとしよう。今日はもう疲れた。

ロッカーから着てきた私服を取り出しちゃっちゃと着替える。

 

「おつかれさまで〜っす」

 

「お〜う、じゃーな〜」

 

いつも通りに裏口から外へ出て帰路に着く。六月だと言うのになぜか暑い。汗が滴り落ちてくる。

何か飲み物が欲しくなったので辺りを見回すと…………、


あった、自販機発見!早速何を買うか考える。

まあ好きだし無難な所で一般的なスポーツドリンクを買い、歩きながら飲む。

それにしても、あの客。何で俺のこと知ってたんだろ。どこかであったかな?

 

……………………う〜〜〜ん、ダメだな。やっぱり覚えてない。
もしかしたら記憶の片隅にでもと思ったがそれも外れた。

気になる。 これ以上ないよ世界中どこ探してもって位に気になる。
いきなり『どこかで会いませんでしたか』って聞かれると俺の過去のことを何かしら知ってるんじゃないかって思いに駆られる。

 

最近のことか?俺、最近のことってよく忘れて後から思い出すんだよな。

スポーツドリンク片手に空を見上げる。月がすっごく綺麗だ。

 

最近………最近…………、あれ?

気づくとアパートまで帰ってきていた。

 

「なんだ、無意識のうちにたどり着いちゃったのか」


がっくりと肩を落とす。

 

「まーた無駄な時間を過ごした………」


どうも俺は考えに耽ったり、趣味をやり始めると周りが見えなくなるくらい熱中するらしい。悪いくせだ。

階段を上がろうとすると大家が下りてきたので会釈する。

 

「あのっ!」

 

「なんですか?」

 

「えーと、最近何かありました?この辺で」

 

「さぁ………ああ、そういえばちょっと前に一人このアパート出て行ったっけ」

 

「………………あ、ありがとうございました………」

 

そんなことあったっけ?ダメだな俺、そんなことも覚えてられないのか。

いや、ただ興味がなかっただけなのかもしれない。
人間って興味のないことにはまったくと言っていいほど反応しないしな。

ちょっと腐ってんじゃないのかって階段を上り部屋へ向かう。

階段を上がるときも、部屋に入って飯を食うときも、その後の趣味の時間も、なぜかさっき言われた言葉が頭から離れなかった。

 

「………出て行った?誰が、何時」


自問自答が声になって飛び出す。

 

「………………あ〜もうわっかんねぇっ! 寝よ!」


ベースを放り出してベッドにダイブする。
そのままの勢いで布団をかぶり電気を消す。



 

……………………ね、眠れん。どうしよう、困ったな。



 

たかが人一人のことでこんなにも精神を揺さぶられるとは、修行が足りんな。

それにしても、203号室の奴、どこ行ったんだ?

なんか同年齢っぽかったからよく話したっけ。

アイツの部屋に合ったギター、格好よかったな〜
あの深みがかった青!もう見るだけで心惹かれたもんだ。

 

…………そういえば、あいつ何時からいなくなってたっけ。いつだったっけな〜、う〜〜〜〜ん。

考えに浸っているうちに睡魔が襲ってきたので俺は思考を中断し、眠りに着こうとした。

 

203号室…………格好よかったギター…………今日出会った奴…………そして、出て行った奴。

 

ああ、思い出した。なんだ、知ってたんじゃないか。

 

あいつの名前はそう、

 

 

姫乃、 凛。

 

 

 

 

 

 

 続く…

 


あとがき。

とうとう始まりました。私の勝手な見解によるD,C,の二次創作です。

 

このシリーズを書くにあたって、まずは九郎さんに心から御礼を申し上げたいと思います。

ご覧になっていただいたかたはわかるのでしょうが、D,C,のキャラは、今のところ登場してません。

 

凛君は九朗さんのオリジナルなので、正確にはオリジナルのキャラばかりが登場しているわけです。

これからどうやってD,C,のキャラとからませていくかは模索中ですが、

なんとなくこれで行こうってのはあります。(たとえば、トーヤをべーシストにしたこととか)

 

ちなみにこの話、私が書いているSSの一つと合体させます。

要はクロスオーバーで、違うSS同士の人たちが出会ったらどうするか、というのを書いていきたいと思っています。

 

まだまだ未熟な所だらけですが、面白くかけるよう、なおかつ完結できるようにがんばりたいと思います。

 

 

 

 

(2007、2,27)



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