存在が認められなければ、人はどうなるのだろう。

『いない』ということになってしまうのだろうか、

それとも、その『いない』ということ自体が、存在の証になるのか。

 

その研究課題が発表されたときに、狂喜した科学者がいた。

 

彼の考え方は常人のそれとはまったく違う。

彼の求めるもの、それが今回の研究課題だった。

 

そうして生み出されたもの、それは『無』

存在を認められないもの、そして、己ですら存在を確信できないもの。

 

その『無』を、彼は擬似的に生み出し、操ることを考えた。

 

もちろん、そんなことが黙秘されるほど研究者たちもバカではない。

だがしかし、彼はそれを作り上げてしまった。

 

擬似的に生み出された『無』は、彼の思うがままに誰かを襲った。

そして、時空管理局が事件に介入、事は収まったかに見えた。

 

 

これが今回つづられる、ある少年の一週間の物語の、

始まりともいえる、事件である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海鳴市にある私立聖祥大付属小学校。

ついこの間夏休みが終わったこの学校では、

転校生のうわさが広まっていた。

 

実は海外から来る大富豪の息子なんだとか、

はたまた親がいない不幸な少女なんだとか、

皆は勝手な論争、いや想像を繰り広げてきた。

 

そして今日、その転校生がやってくる、ということで、

校内は朝からざわめきたち始め、

生徒も心なしか浮ついた状態になっているようだった。

 

そんな中、それを心配、いや危惧する者たちがいた。

そう、いわゆる教師たちである。

 

子供たちは早く転校生を見たいと思っている。

教師たちは、それを危惧していた。

 

子供のエネルギーとは恐ろしい、

転校生の精神に関わるようなら大変だ。

 

聞けばその子は親がいない中で生活してきたという。

それも、学校に通う余裕も無いままに。

 

なので学校初体験、それがとても心配だった。

 

やはり、人間というものは新しい環境に慣れるまで時間を要する。

その子は見た限りでは大丈夫そうだったが、

人間、見かけで判断してしまうことは非常にまずい。

しっかりとした対応をと、教師側は暗黙の了解にしていた。

 

けれど、その心配はほんの十分後に消し飛ばされる。

 

それほど、転校生は学校になじむのが早い人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラとドアが開けられ、担任の先生が教室に入る。

先生が教卓につくと、生徒たちは自主的に席に座る。

 

起立、礼、着席、といった一連の手順が滞りなく進む。

その後担任の先生が簡単な連絡等を済ませ、本題に入り始める。

 

「えー、みんなも知っているとは思うけど、

 今日から転校生がやってきます」

 

その言葉と同時にざわめき立つ教室。

廊下側の生徒は廊下を覗き込もうとしたり、

窓側の生徒は廊下の方に身を乗り出していた。

 

「じゃ、じゃあ中に入ってもらうわね」

 

先生は一つ咳払いをしてドアを開ける。

開け放たれたドアの向こうから規則正しい靴音が聞こえる。

 

靴音の主は、教室に入るとき、音をほとんど立てずに入ってきた。

着ている服は聖祥大付属小学校の男子用の制服。

 

彼の髪は燃え上がるような炎髪で、

彼の目は何処までも透き通った蒼。

彼の瞳には切り裂くような光と、暖かな光が宿っている。

 

「では、自己紹介、というか名前だけ言ってもらえる?」

 

先生がそう言うと、彼は教壇の前まで歩いていき、そこで歩みを止める。

くるり、と前を向き、教室内の全員が静まり返ったときに、

 

 

「始めまして、八神ひかるです」

 

 

八神ひかるは、『転校生』として、

私立聖祥大付属小学校に入学した。

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介も済み、恒例の質問攻めを切り抜け、

意外なプレッシャーに耐えながら、ひかるは自分の席についた。

 

いや、正確には席に着く前に隣の人に目がいったのだが。

 

ひかるの席はちょうど教室の中央くらい。

教室の広さは一般的な小学校と同程度で、四十人分くらいのイスと机、そして教卓と黒板が前にある。

列は五列が六人編成、窓際と廊下側の二列が五人編成となっている。

 

その中でひかるの席は四列目四番目。

本当に中央ぐらいの位置に彼は座ることになる。

 

そのひかるの席から見て右手に座っている、髪を肩位まで伸ばした少年。

前髪が少し鬱陶しそうだったが、彼はそれを気にすることも無く、

ただ満たされていないような目で、ひかるの事を見ていた。

 

「こんちは、お隣さんになります」

 

「うん、よろしく」

 

ひかるは思ったとおりの話し方をする奴だな、と思った。

 

「君、八神さんのきょうだいか何か?」

 

「一応双子の兄やらせてもらってます」

 

「へぇ………、道理で似てると思った」

 

そう言うと少年は机の左に下げたカバンの中から教科書を取り出す。

つられてひかるも教科書を用意する。

 

「用意がいいね」

 

「そうでもねぇよ」

 

「そう?」

 

「それよりもさ、聞いてなかったことがあるんだけど」

 

「なに?」

 

「名前」

 

少年は一瞬きょとんとした顔になって、

それからふと思い出したかのように言った。

 

「牧原 聖(まきはら せい)、牧師の牧に、原は野原の原」

 

「『せい』って『静』って書くの?」

 

「ううん。 『ひじり』って字。 『聖なる』、の『聖』」

 

「なるほどね、じゃあこう書くのか」

 

ひかるはすらすらと聖の名前を書き上げる。

 

「字、上手だね」

 

「そうかぁ?」

 

「うん、少なくとも隣のクラスの先生よりは」

 

「………今度勝負してみるか」

 

「それ、いいかも」

 

聖がそう言ったとき、教室に先生が入ってくる。

教卓の前に先生が着くと、お決まりの号令が始まる。

 

起立、気をつけ、礼、といった一連の動作を軽く済ませる。

その後、先生が教科書のページを指定、授業が始まる。

 

今日の最初の授業は算数。

内容は、簡単な計算問題の羅列である。

それを授業時間内にひたすら解くというもの。

 

しかしこんな簡単な問題、ひかるにとっては問題ではない。

小学生レベルの計算など、無いに等しいレベルなのだ。

 

それを証明するかのように、二十分で問題を終わらせたひかるは、

先生の目を盗みながら昼寝をするという暴挙に出た。

 

 

もちろん、その後怒られたが。

 

 

 

 

 

 



 

 

二時間目、社会。 三時間目、理科。 四時間目、音楽(合唱)

といった授業を済ませたひかるは、教室でご飯を食べていた。

 

聖祥大付属は給食が無いので、持参した弁当がご飯である。

包みを開くと、朝自分で作った料理が弁当箱の中に並んでいる。

卵焼き、金平ごぼう、豚肉のしょうが焼き、そしてご飯という簡単メニューだが。

 

中身を半分ほど食べ尽くしたころに、はやてたちがひかるの席に集まってきた。

メンバーは、なのは、フェイト、はやて、初登場のアリサ・バニングスと月村すずかである。

 

「初体験の学校はどう?」

 

アリサがチョコスティックを咥えながら尋ねる。

 

「んー? まあこんなものかなってとこ」

 

さらりと流すひかる。

 

「勉強とか難しくなかった?」

 

「普通くらいでしょ。 というかこれができなきゃちょっと困ると思うけど」

 

ひかるの言葉に苦笑いを浮かべるなのは、フェイト、はやて、すずか。

この四人には、それぞれ何処かしらの教科に弱点があるのだ。

 

それとは対照的に当然という顔をしているアリサ。

彼女は学校内でも有数の天才で、テストなどほぼ百点が当たり前の人だった。

 

「それで、こいつがはやてのお兄ちゃんなわけ?」

 

「思ってたよりかわいい顔してるね」


初めて会うひかるを見て素直な感想を漏らすすずかとアリサ。

「初対面だよね、この二人とは」

 

「そやね、よろしくくらい言っといたらどや?」

 

「はじめまして、八神ひかるです」

 

「こんにちは、月村すずかです」

 

「あ、アリサ・バニングスよ、よろしくね」

 

ぎこちないアリサと、微笑んでいるすずかと挨拶を交わすひかる。

その後、昼休みの間中六人は喋り続けた。

 

内容はごく一般的なもの。出身のことや、今までのこと。

そして、ひかるも魔法にかかわっているということ。

 

そんな内容の、のほほんとした雰囲気の話が終わったあと、

ひかるは教科書を取り出し授業に備える。

 

ふと窓の外を見ると、空は綺麗に晴れ渡っていて、

雲ひとつ無い、これからの世界を暗示しているように見えた。

 

 

 

 

ただ一点、空から近くの山に、人影らしきものが降りてきた事以外は。

 

 

 


 

 

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