夏が終わりを迎え始め、太陽が少し翳ったかと思いきゃ、そんなことは無く。

ぎらぎらと日差しをぶつけ続ける太陽はいまだに空に君臨していて、
本日の空は快晴、雲はなし、オマケに気温は三十度。

 

遮蔽物と呼べるものがほとんど無い一本道。

アスファルトで舗装された道路はまだ弱い日差しを強化して跳ね返す。

跳ね返された日差しは照り返しとなって人々に降り注ぐ。

 

三十度の気温と、アスファルトの照り返しで道行く人はみなグロッキー。

 

 

そんな中、元気に登校している小学生が二人。

 

かたや茶がかった髪の毛をしている女の子と、

炎髪蒼眼の気だるそうにしている少年である。

 

二人が通っている道には同じような制服を着た子供たちが大勢いて、

それぞれが、同じ学校目指してこの暑い中歩いているというわけだ。

 

 

「それで、何が聞きたいんだって?」

 

少年、八神ひかるは空を見上げながら言う。

 

「何で、でてっちゃったのか、とか」

 

少女、八神はやてはひかるのあとをついて行きながら尋ねる。

 

「………なんでだろうなぁ、いまさら考えるとバカみたいだったな」

 

ひかるは視線を前に向けながら昔語りを始める。

 

「父さんと母さんに生んでもらって、はやてが隣にいて、この家族のこと、妹のこと、守らなきゃって思ってた。

 でも、いつの間にか、心の中は復讐で荒んでいて、それで飛び出した。 記憶すべてを消してから」

 

「…………………………………」

 

「はやては覚えてないだろうけど、三歳のころ、キャンプに行ったことがある。

 そのときに、あいつのせいで、大きな山火事が起こったんだ。

 俺は、火を消すことよりも、あいつを追いかけることを優先しようとした。

 そしたら、お前が俺のほうを見ていた。 すごく、怯えた目で」

 

「私、そんなこと覚えてへんよ?」

 

当たり前だろ、とひかるは言う。

 

「……そのときに、はやての記憶から俺のことを抹消した。 そのほうが、絶対に良いと、あの時はそう思った」

 

でも違うよな、とひかるは呟く。

 

「考えてみれば、本当ひどい兄貴だよな、全部ほっぽり出して、逃げ続けて。

 挙句の果てには妹の危機にも駆けつけてやれなくって

 もう、愛想つかされて勘当とかされても文句言えないよな」

 

ひかるが自嘲したようにそう言うとはやてはひかるの頭をペチン、と叩いた。

きょとんとしているひかるに向かってはやては笑顔を見せる。

 

 

「でも、戻ってきてくれたやないか」

 

 

最高に近い笑顔でそう言うはやて。

 

「確かにおいたはものすごくしてもうたのかもしれへん。

 けど、それはそれ、過去のお話やと私は思うんよ。

 大切なんは、やっぱり、今やないんか?」

 

「今……………………」

 

「そや、今。 今は、お兄ちゃんやってるやろ?」

 

「そう………、なのかな………」

 

信じられない、といった様な呟きを繰り返すひかるの背中をはやてが思い切り叩く。

 

「お兄ちゃんが自覚持たんでどうするんや!」

 

「いや、それは、その…………………」

 

口ごもってしまうひかる。

 

「お兄ちゃんが安心するまで、私は何度でも言うで。 確かに間違いは犯してもうたのかもしれへんけど」

 

一拍置いてからはやては続ける。

 

「私のところに戻ってきてくれて、守ってくれるって約束してくれた。

 それだけで、十分すぎるほどの罪滅ぼしになるんよ、私にとっては」

 

笑顔でひかるにそう告げるはやて、

対してひかるは、前を向いて、ただ歩き出すだけ。

 

「これだけいい話したんやから感想とかあらへんのー?」

 

「べつにねぇよ、ただ感謝してるって事意外にはな」

 

顔を見られないように歩調を速めるひかる。

そのひかるの後ろを、笑顔でついていくはやて。

 

はやてに対する感謝の念が、そっと彼の口からこぼれ出る。

 

 

(ありがとう、はやて)

 

 

現在時刻、七時四十八分。

学校まで、残り二十数分の道のりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっす『ひじり』、髪上げたのかー?」

 

ひじりと呼ばれた少年は少し嫌そうに顔をあげる。

よく見ると昨日まで下げられていた前髪がきちんと分けて上げてある。

昨日までの雰囲気とは一変、中性的な顔立ちと優しげな瞳がいかにも美少年という雰囲気を作っている。
しかし、当の本人はそのことにまったく気づいていない可能性が高い、というか気づいていないだろう。

「転校二日目から元気だね。 それと僕は『ひじり』じゃなくて『せい』だってば」

 

「気にすんなよ、細かいな」

 

「君が大雑把なんじゃ………」

 

そう言いながら口ごもっていく聖。

その聖の隣の席に、ひかるはカバンを置く。

 

「今日一時間目なんだっけ」

 

「確か国語」

 

ひかるはへー、といいながら机の中に教科書を突っ込んでいく。

その様子を聖は少しあきれたように見ている。

 

頭の寝癖が思ったよりひどく、頬にケチャップか何かがついていて、

朝ご飯であろう何かの食いカスが唇や鼻の頭に付着している。

 

こんな状態でよく学校に来れたな、と聖は思う。

 

そんなことを気にもせず、ひかるは机に突っ伏して寝る。

ため息をついた聖は同じようにして机に突っ伏す。

 

朝の会が始まり、起きなかった二人に注意が飛んだのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間目の国語は退屈だった、とひかるは聖に言った。

それを聞いた聖は思いっきり苦笑いをする。

「それで寝てたって訳? 本当に君って図太いね」

 

「良いじゃん、毎日早起きせなあかんのよ」

 

「………あれ? 今関西弁………」

 

「え? 何か言ったか?」

 

白々しく口笛を吹くひかる。

それを見た聖の目がジト目になる。

 

「えーと、これはやてには秘密な」

 

「………別に良いけど」

 

助かる、と言ってひかるは教室を出て行く。

行き先は男子便所。

実質的に管理局で最強を誇る人間だってトイレくらい行く。

 

手短に用をたすと教室に戻る。

席につくとほぼ同時くらいに先生が入ってきて授業が始まる。

 

二時間目はまたもや算数。

今日は文章題が多めの問題集であった。

 

先生がプリントを配布すると同時に解答が始まる。

規則正しい音が教室内に響く。

 

(皆してよくもまあこんなつまんないことやるよ……)

 

心の中でため息をつきながらも、問題はしっかりと片付けるひかる。

授業終了五分前くらいに答案が回収され、子供たちは一息つく。

 

そんな中、ボーっとしている少年二名。

牧原 聖と、八神 ひかるである。

 

「なあ、何分で終わった?」

 

「二十分あれば楽勝だった」

 

「俺は二十三分」

 

「中途半端だね」

 

「ほっとけ」

 

テンション一定のまま会話をした二人は教室を出てグランドに向かう。

 

聖祥大付属の更衣室はグランドの近くにある。

設備は充実している、とまではいえないものの、それなりに使い勝手はいい。

 

入ってすぐのところにロッカーが何個か設置されていて、

その奥にはグランドへ通じる出口と、体育館へ続く出口の二つがある。

右側がグランド、左側が体育館である。

 

実はひかるはまだ知らないが、体育館へはもう一つルートがある。

正面玄関から右手の渡り廊下を通って、その先の分かれ道を右折、

そして真っ直ぐ進むと一般入り口から体育館へ入れるのだ。

 

そんなことを知る由も無い二人は普通に更衣室に入る。

はあ、とため息をついている聖と、相変わらずのひかる。

着替えを済ませ、荷物をロッカーに放り込んだ二人はグランドで並んでいる生徒に混ざる。

 

グランドの広さはよくわからないが、その辺の学校よりは広いだろう。

右端と左端にサッカーゴールが設置され、その間に白いラインが引かれている。

一般にいうトラックと呼ばれるそれは、一周約三百メートルほどのものであった。

 

「今日の授業って何よ」

 

「持久走。 嫌なんだよ、これ」

 

ふと周りを見ると、同じように嫌そうな子供が何人かいる。

それぞれがスタートラインに並んで合図を待つ。

 

先に走るのが女子、その次に男子という変則的組み合わせである。

よく見ると、なのはやフェイト、はやてにすずかにアリサまでもが参加していた。

 

「あの子達同じクラスだったっけ」

 

「………後ろにいて気づかないの、君は」

 

そんなこと知りもしなかった、という顔をしてからひかるは歩いてゆく。

聖はやはりため息を一つついてからその後を追いかけていく。

 

二十分ほどして、男子が走る順番が回ってくる。

女子は息を切らしているものがほとんどだった。

 

「高町さんが息切らしてる………」

 

「高町さんは運動にがてなんだよ」

 

「そして月村さんは息も切らしてない………」

 

「月村さんは運動大得意なんだよ」

 

人は見かけによらない、という言葉は本当だと思いながらひかるはスタートラインに並ぶ。

いまどき珍しい発砲によるスタート合図で男子が走り出す。

 

開始直後から何も考えずにトップを独走するひかる。

同年代の子供に比べ、その速さは格段に速く、

アスリートのようなペース配分もできている。

 

時折空を見上げたり、地面に目を落としたりして走るひかる。

空を見たときは雲の形が何に似ているか考え、

地面に目を落としたときは、今晩の夕飯をどうするかを考えている。

 

周りの男子が息を切らし、ペースを落としていくのに対し、優々と走るひかる。

息も切らさず、苦しそうな表情も見せず、ただ黙々と走る。

 

 

「………あれ?」

 

 

ふと気がついたとき、ひかるはもといたスタートラインに帰ってきていた。

トラックの中にはまだ走っている生徒が大勢いる。

 

驚きの色を隠せていない先生から記録を聞き、すぐに立ち去る。

そのとき、ひかるの服のすそを掴むものがあった。

 

ひかるが振り向いてみると、そこには肩で息をしている聖の姿があった。

 

「ぜぇ、八神くん………、はや、すぎるよ………、ぜぇ」

 

「ついてきてたの、お前だけかよ」

 

トラックを一瞥してから言うひかる。

 

「多分……、ね。 抜かされた記憶はないし」

 

「…………………………………………」

 

ひざに手をつき、肩で息をしている聖。

息も切らさず、トラックを走りぬいたひかる。

 

片や、ごく普通の一般的な小学生。

片や、とある世界で生み出された、人間型生物兵器。

 

どちらが優れている、といえばすぐにでも答えは出てくる。

でも、それだけじゃないと言うことも、世の中にはある。

 

だから、ひかるは聖の背中を軽く叩く。

 

 

 

「ナイスガンバ」

 

 

 

ただ一言だけ言って、そこから離れていく。

離れていくときに、声が聞こえた気が、した。

 

 

 

 


 



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