規則正しい足音が近未来的な廊下に響く。

足音の主は、弱冠十三歳、中性的な顔立ちの美少年。

黒いフード付きのコートを羽織り、同じく黒色のズボンにアンダーシャツ、

黒いブーツは足首の少し上くらいまでを覆う設計になっている。

 

腰に巻いたベルトのバックルは金属製のありふれたもので、

そこに刻んであるエンブレムは不死鳥をかたどっている。

ズボンの右ポケットからチェーンが少し垂れ下がっていて、

その先には小さな蒼い宝石がくくり付けられている。

 

アンダーシャツの上には黒色のジャケットが着こんであって、その上からコートを羽織る形になっている。

コートの裾は、少年の足元まで伸びていて、風を受けているようになびいている。

 

彼が歩いている廊下の先には最近新設されたある部署がある。

"時空管理局本局、遺失物管理部機動一課内、特殊任務班、特別遊撃部隊"

時空管理局内の"扱いにくい"高ランク魔道師を集めて作られた部署で、

名目上は普通の部隊がこなせない危険任務を担当する部署ということになっている。

 

少年はとうとう、目的地の扉に辿り着く。

一つ咳払いをして、深呼吸をしてから扉を開ける。

 

少年が入った瞬間、むせ返るようなタバコの匂いが彼の鼻をついた。

どこかの会社のオフィスにも似ているその部署内の机の配置。

少年が入った扉から見て縦二列、横には六つほど机が配置してある。

それぞれがくっついて配置されているためか、もともとは四列配置だった面影がある。

 

左手の壁には扉が三つ、右手には一つ。

向かって正面の壁には一つ扉があり、その上に"隊長室"とかかれたプレートがついている。

プレート自体は新品のようなのだが、なぜか傾いてつけてある。

多分ここの奴らの反抗一回目なのだろうな、と彼は思った。

 

彼は机と机の間にある一本の通路を進んでいく。

途中、室内のすべての人間から向けられてくる敵意。

しかし、彼はそんなことお構いなしに突き進んでいき、

隊長室の扉の前で百八十度反転し、デスクに座っている連中の顔を見たのち、

 

 

 

「始めまして、今回ここの部隊長を任されました、八神ひかると言います」

 

 

 

大胆不敵に、宣戦布告を仕掛けた。

それと同時に部屋中の敵意の視線がひかるに集まる。

 

明確にひかるに対する敵意を向けてくる視線。

敵意だけでなく恐怖や畏怖の念が込められている視線。

単なる好奇心や興味の混じった視線までもがひかるに向けられている。

 

ひかるはそんな視線を投げつけてくる連中の顔を目だけで追っていく。

どいつもこいつも目が死んでやがるな、と彼は心の中で思う。

 

「とりあえず隊長室はここでいいのかな?」

 

ひかるはやんわりと近くの隊員に訪ねる。

 

「ええまあ、でもそこ、今は単なるボロ屋ですよ」

 

「ああ、確かそこ倉庫にしてるんだっけな?」

 

「知らねーよ、ここに着てから一回も入ったことねーし」

 

「誰か鍵でも持ってきてやれよ、新しい隊長さんによぉ!」

 

「知るか、てめーがもってきやがれ!」

 

「どーせならここにいる隊長さんじきじきに………」

 

と隊員の一人が言いかけたときだった。

轟音とともにドアが思い切り開け放たれる。

そのあまりの音の大きさに思わず耳を塞ぐ面々。

 

「鍵なんか必要ないよね、こうすれば」

 

もぎ取った取っ手をちらつかせながらひかるは言う。

それを青ざめた顔で見る隊員たち。

 

取っ手が外れて開きっぱなしになっているドアをどかし、

入り口を通って中に入るひかる。

 

「うわぁ……………、汚ねぇ………」

 

彼らが隊長室と呼んでいる部屋は本当に物置に近かった。

見渡す限り、物しか目には入ってこない。

 

「………片付けるか」

 

先ほどの反抗を力技で制圧したひかるは隊長室の整理を始める。

隊員たちが言うとおり、部屋の中には物がダンボールなどに入れておいてあるだけで、

机は愚か、椅子の一つすら置いてはいない状況だった。

 

部屋自体はそれほど広くなく、形は正方形に似た感じの四角。

入り口の真正面に窓がついていて、左右に一応カーテンらしきものがついている。

右側の壁にはアンティーク調の時計が一つ、左側の白い壁には何もない。

 

「とことん殺風景、というかここ本当に隊長室か………?」

 

悪態をつきながらもデスクを運び込んだりするひかる。

部屋の真ん中に新品のデスクを置いて、椅子を運び込んでくる。

 

風の魔法を使って埃を集め、炎の魔法で燃やし尽くす。

ダンボールの中のものは使えるものは運び出し、使わないものはその場で爆破。

その中から自分用の端末やパソコンを取り出し、ケーブルを繋いでいく。

 

とそのとき、修理したてのドアをノックする音がした。

 

「どうぞー」

 

ノブをまわす音がした後に、一人の青年が部屋に入ってくる。

歳は多分十八歳位であろう。整った顔立ち、つんつんに立っている栗色の髪。

パッチリとしていて、開かれた瞳の色はひかるのものより濃い青色、

しっかりと背筋を伸ばしていて、背丈はひかると同程度か少し小さいくらい。

 

薄いグレーのジャケットにチェック柄のワイシャツを着ている。

ズボンはジーンズに似た設計で、ベルトのところに拳銃が二丁さしてある。

ブーツはその服装に似合わないアサルトブーツ。

ファッショナブルなのか、実用派なのか、よくわからない男だった。

 

「失礼します、隊長就任の挨拶などは………」

 

「めんどい、パス」

 

手をしっしっ、と振りながらパソコンのケーブルを繋ぐひかる。

言われた青年の方は、ばつが悪そうにその場に止まっている。

 

「めんどい、と言われましても。 一応そういうことくらいやったらどうです?」

 

「じゃあ十分後、さっきと全く同じ状態でいろって伝えて」

 

わかりました、と言って部屋を出て行く青年。

その姿をこっそりと確認した後、ひかるは作業に戻る。

 

「あれ聞いたらなんて顔するかな」

 

自分がこれから言うことに対するリアクションを想像しながらひかるは作業に没頭していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざわざわとしている室内にひかるは足を踏み入れる。

一応隊列らしきものを組んでいる隊員たちがひかるの方を向く。

 

ひかるは隊長室のドアの前で腰に手を当てて立っている。

新隊長であるひかるを見る目は先ほどと同じく様々だ。

畏怖、敵意、羨望、その他色々な感情が向けられている。

 

その中でも特に強い敵意を向けている二人をひかるは横目で見る。

鮮やかな黒髪をはさみでただ短くしただけの髪型にしている男と、

軽めのパーマがかかっているような髪を首筋辺りでゴムバンドを使い、留めている少女。

 

男の左目には刀で切られたような傷が一本、左上から右下にかけて綺麗に刻まれている。

歳をそこそこに重ねているのか皺らしきものも幾つか顔に見られる。 しみもあるようなないような。

しかし放っている生気は歳を感じさせることなど全くなく、新たな上司、ひかるに向かって敵意をあらわにしている。

 

男の服装はひかるのものに似たコートの中に迷彩服のようなものを着ており、

首からは翡翠色の宝石をつけたネックレスをぶら下げていて、

ズボンは傭兵が使うような柄のない機能性重視の戦闘服。

ポケットがいくつもついていて、その中にカートリッジが入っているように見える。

ブーツは先ほどの青年と同じアサルトブーツの改良型だろう、

既製品よりも少し靴自体が大きめに作られているふしがある。

 

と、男を観察したところでひかるは視線を少女に移す。

 

少女の髪はひかるよりも色素が薄い赤。

ひかるのような紅蓮と言うよりは少しオレンジがかったと言うのが正しいだろう。

軽めのパーマがかかっている髪を背中の中ほどまで伸ばしているようだ。

顔立ちはかなり整っていて、なぜかフェイトに似ている部分がある。

くっきりとした眉や、花弁のような唇が彼女の雰囲気に多少似合ってない気もするが。

赤色の瞳からは疑心の念と、挑戦的な光が放たれている。

 

空色のTシャツに、耳にピアスらしきものをつけている。

スタイルは飛び出ているところは飛び出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる理想形。

ただ少しばかり胸の方が他に比べて見劣りする部分ではあるが。

 

肩幅は普通の女性とほぼ変わりなく、体つきもきちんと丸みを帯びている。

タイトスカートを穿いているわけではなく、軍服のような黒色のズボンを着用し、

腰のベルトには予備のカートリッジが数発と、赤色と青色の刀身を持つナイフのようなものが二本差してある。

 

その二人を観察し終わった後、ひかるは視線を前に戻す。

 

(ジェイク・ランブルグ三等陸佐、イーリス・スタンバーグ二等空尉………、か)

 

ふう、とひかるは一回だけ息を吐く。

そして息を吸い込んでから隊長就任の挨拶を始める。

 

「えーと、本日付で時空管理局機動一課内特殊任務班、特別遊撃部隊、

 通称"特任隊"隊長に就任しました、八神ひかる一等空尉です」

 

ちらほらとやる気の無い拍手が起きる。

 

「前の所属は航空武装隊の2078航空隊。 知ってる奴は少ないとは思うけど」

 

 

 

「空戦魔道師部隊の中でもかなりの新参部隊、そしてそこに集められた奴らはエースクラスが基本。

 災害救助から凶悪事件まであらゆる事件を担当する部署。 あんたは確かそこのエース」

 

 

 

壁際にいたジェイクがつまらなさそうに説明する。

それに続いてイーリスとジェイクがひかるの方に近づいてくる。

 

 

「"エース・オブ・ストライカー"八神一等空尉、でしたっけ?」

 

 

ジェイクが挑戦的な目つきでひかるの経歴を述べていく。

対してひかるは好戦的な笑みでジェイクを睨みつける。

 

「………よく知ってるな」

 

「一応上司のことぐらいは知っておくべきじゃねぇのか?」

 

「どんな奴でもこれから従うことになるわけだし」

 

口調から、態度から、視線から明らかな敵意を向けてくるジェイクとイーリス。

 

「………いい度胸してんじゃねーかお前ら」

 

「別に喧嘩売りにきたわけじゃない」

 

「その通り、さっさと挨拶続けてくださいよ」

 

そっけない態度を取る二人を一度睨みつけてから話を戻すひかる。

その後ひかるは出身地などの発表、部隊が設立された理由などを説明する。

 

「以上で大体の話を終わります。 後聞いて欲しいことは………、俺の理想くらい?」

 

理想、という単語に反応し、笑いをこぼすジェイク。

笑っている他の隊員たちを無視してひかるは話を続ける。

 

「俺の理想、と言うか理念みたいなものだな。 すごく単純だけど」

 

単純、とはいかにも中学生らしいワードだな、とひかるは思う。

 

「俺の理念は………」

 

一瞬であるが、室内の空気が研ぎ澄まされる。

全員が話に耳を傾けた証拠だろう。

 

その空気を察してからひかるは言葉を続けた。

 

 

 

「任務からは絶対に生きて帰るってことだ」

 

 

 

静まる室内、顔を見合わせる隊員たち。

きょとんとしているような顔をしているものもいれば、そうでないものもいる。

しかし、この場にいる誰もが同じ思いを心に抱いていた。

 

そしてそれは、極大の爆笑となって部屋中に響き渡った。

隊内の全員が腹を抱えて大笑いしている。

 

あまりにも歳相応なのか、それとも極限にまで馬鹿らしかったのか、

いや、その両方の気持ちが合わさっているからこそ、このレベルの笑いになる。

 

芸人が人を笑わせるのとは違う、人を馬鹿にし、見下す笑い。

すなわち部屋を震わすほどの嘲笑が響き渡っていた。

 

しかしその笑いを生み出した当の本人は笑顔でその場に立っている。

よーく見ると、額に青筋が一本ほど走っていたりもしているが。

 

「け、傑作だ! 最高に甘っちょろい隊長がやってきたぜ!」

 

「本当! ここまでの馬鹿、ひさしぶりに見た!」

 

腹を抱えて大笑いしているジェイクとイーリス。

二人は少し笑いをおさめるとひかるのところに歩いていく。

 

ひかるの目の前に立ったジェイクは右手をひかるに突きつける。

 

「てめえの好きにはさせねぇよ、こんな甘っちょろい野郎が俺らの隊長だなんて、絶対認めるか」

 

凄みを利かせてひかるの額に指を押し付けるジェイク。

しかし、ひかるは全く持ってその脅しに応じることは無い。

 

「いいんだな?」

 

先ほどまでの軽いノリの声ではない、ジェイクと同じように凄みが聞いた声。

 

「あん?」

 

「それは挑戦状として受け取って良いんだな?」

 

ひかるが言った台詞が意外だったのか、ジェイクは一瞬固まる。

だが、次の瞬間にはふてぶてしさを取り戻し、

 

「かまわねぇよ、もともとそのつもりで言ってたんだからな」

 

にやりと笑いながらジェイクは"宣戦布告"した。

もはや天災級の化け物、"アルハザードの生物兵器"に向かって。

 

 

「オッケー、じゃあやってやろうじゃないの」

 

 

互いににらみ合いながら離れていく両者。

 

戦いはこのときから始まっていた。

 

 

 


 

 

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