八神ひかる一等空尉が特任隊に就任してから早二日。

おととい宣戦布告されたように、隊員たちはひかるのことを半ば無視していた。

だが、ひかるはそれを気にすることなく、日々隊内の巡回を続けている。

 

一日目は声をかけてくるものも少なく、会話も無かったが、

二日目には簡単な会話くらいには応じる者も出てきた。

とは言っても事務的になにがどこにあるのかを聞くくらいで、

いわゆる日常生活的な会話をしてくれるような隊員はどこにもいなかった。

 

隊長室にいても暇、特任隊のオフィスにいても暇。

どこへ行ってもやることも無く、ただボーっとしているのが性分に合わないのか、

ひかるは食堂に来てデータ整理と食事を一緒に行っている。

 

皿に盛られた管理局製の栄養価の高い料理の中から的確にナスだけを取り出し、避ける。

邪魔者(ナス)をどかした後にゆっくりと咀嚼しながら料理を食べていくひかる。

 

設立時に配られた書類や、本局提出用の日誌などを見て行くひかる。

書類に書かれていることは大体記憶してしまっているので別段問題は無い。

 

しかし、本局提出用の日誌は嘘を書くことが許されていない。

あの出来事をそのまま書けば、間違いなく特任隊は潰されてしまう。

ひかるほどの腕があれば、ある程度のごまかしは聞くかもしれない。

でも、それが通用するのはあくまで書類を提出したその場限りだ。

本局から専属の捜査官が一人でもやってくれば事は露見してしまうだろう。

 

何せ彼らは新任の隊長に敵意剥き出しにするような奴らなのだ、

そういう専門の職に対しても同じ対応をするに違いない。

 

そのことを考えつつ、ひかるは右手に持っていたフォークを食器の端に置く。

ふう、と一つため息をついて、持っていた書類をテーブルに放る。

 

「くそぉ………、いきなり難題吹っかけてきやがって………」

 

ひかるはテーブルに突っ伏して独り言を呟く。

彼の苦悩の声に周囲で話を聞いていたものは苦笑いを浮かべている。

 

ぶつぶつと呪詛みたいに愚痴をたれているひかるの席に近づく足音。

足音の主は彼が突っ伏しているテーブルの前で止まる。

 

 

「お兄ちゃん、また好き嫌いしとるん? ダメやでー、好き嫌いは」

 

 

ひかるが顔をゆっくりと上げていく。

彼が顔をあげた先にはひかるの妹、八神はやてがトレイを持って立っていた。

 

「………とりあえず座ったらどう?」

 

「人の話をはぐらかすんはよくないと思うで」

 

と言いながらもひかるに勧められた通り、ひかるの向かいの席に座るはやて。

はやてが少し体形を気にしていることをひかるは知っているので、

はやてのトレイに載っている料理が少ないことを咎めることはしない。

 

ひかるから見れば腹の足しにならないような量の料理に少しずつ口をつけるはやて。

その様子を見て、どうしてこう女性と言うものは体形に気をつけるのだろうか、とひかるは思う。

 

実際のところ、はやてはそこまでスタイルが悪いと言うわけではない、

それに、人間は外見だけでなく中身もとても重要なものだ。

シスコンであることを自覚しているひかるから見ても、はやては大変魅力的な女性である。

 

(まあ、好きな人の一人や二人いるほうが人生楽しいけどね)

 

ダイエット=それ、という公式に結びつけるひかる。

必然的に彼の顔がにやけ始める。

 

「どうかしたん?」

 

そんなひかるの顔を見て尋ねるはやて。

なんでもない、と返したひかるは書類の整理を続ける。

 

重ねた書類を綺麗に揃えて自分の左手に置くひかる。

日誌を手に取り今日合ったことを書くかどうかで盛大に迷う。

 

「………なんか、悩み事でもあるの?」

 

「うん………、とんでもなく面倒なやつが一つだけね」

 

ひかるは苦笑いを浮かべ、日誌を両手で閉じる。

ため息をつき、机に突っ伏すひかる。

 

「どないしたん? 元気ないようやけど」

 

「いや……、うちの部隊設立早々解散の危機かも」

 

「ご愁傷様」

 

「うん、本当そうなんだよなぁ………」

 

突っ伏したままため息をつくひかる。

気分が落ち込んでどうにもやる気が出てこない。

このままだと目的も果たせずに終わってしまいそうな気分になる。

 

「でも、続けたいんならどうにかするしかない、と思うけど」

 

「そう、だよな。 それしかやること無いんだよな」

 

ひかるは顔を起こし、確認するように言葉を反芻する。

兄の顔に生気が戻ってきたのを見て安心するはやて。

 

「ん?」

 

ニコニコしているはやてを見て不思議に思うひかる。

彼としては妹が幸せならば別にいいので気には留めないが。

 

「それで? その部隊の人たちってどんな人?」

 

「みんな管理局内の問題児。 高ランクだったり、勤務態度悪かったり」

 

「実名出せる?無理ならええけど」

 

ひかるは一瞬だけためらいの表情を見せる。

 

「ジェイク・ランブルグ三佐、それとイーリス・スタンバーグ二尉」

 

二人の名前を聞いただけではやてが嫌そうな顔をする。

どうやら、この二人の名前は管理局内ではかなり知れ渡っているらしい。

はやての反応から見ても、それは明白だと言えるだろう。

 

「この二人、やっぱり要注意人物とか?」

 

「前の所属の部隊で隊長をぼこったことで有名な二人や。 どっちかって言うと危険人物やな」

 

「………過去に何かあったのか?」

 

「さあ? でもスタンバーグ二尉は昔どこかの施設にいたようやけど………」

 

施設? とひかるははやてに聞き返す。

はやては記憶を探り出すかのように額に右手を当てて考え込む。

 

「施設、いや、どっちかと言うと研究所やな」

 

「研究所、なるほどね」

 

イーリスの敵対心の原因の一つがひかるには見えた。

だが、研究所にいたことだけでは情報が足り無すぎる。

 

それ以外の連中についてもそう、彼らの過去の情報が足り無すぎる。

自分でも色々と探して入るのだが、なかなか目当ての情報にヒットしない。

どうやら管理局はそういう人物のデータを隠したがるらしい。

 

(汚点は隠しても隠し切れないものなのに)

 

無駄なことを好むなぁ、とひかるは心の中でもため息をつく。

 

「他に何か知っていることは無い?」

 

「あー、ごめん、何も無い………」

 

「ん、わかった、ありがと」

 

ひかるは書類と日誌をまとめて立ち上がろうとする。

 

「わああ、待った待った! そないに急がなくてもええやんか」 

 

はやてが突然立ち上がってひかるの肩を押さえ、椅子に座らせる。

ひかるはされるがままに椅子に座りなおす。

 

「どうしたの、突然慌て始めて」

 

「いや、ここで退いたらもう出番無いような気がして………」

 

「なんじゃそりゃ」

 

不思議な顔をしながらコップに水を注ぐひかる。

違和感を抱えているはやてにコップを差し出し、水を飲ませる。

 

「それでは出番を維持するために世間話でもする?」

 

「それもええけど、私ら同じ家に住んでるんやで? 会話なら家で嫌っちゅうほどするやろ」

 

「そうしたらもう一人くらい必要だな、誰かいないか………」

 

ひかるが席に座ったまま食堂の中を見回す。

だがあいにく、ひかるの見知っていそうな人は見つからない。

 

「ちぇ、誰もいやしないの」


残念そうにテーブルに向き直るひかる。
その後ろから、唐突に声をかけるものがあった。


「どうかしたの?」



 

突然声をかけられた二人は体を硬直させる。

そしてひかるがゆっくりと後ろに顔を向ける。

 

そこには薄緑色の髪を持つ、時空管理局の過去のエース、

リンディ・ハラオウン提督がにこやかな表情で立っていた。

 

「「りっ、リンディ提督!」」

 

あわてて椅子から立ち上がり、敬礼をするひかるとはやて。

滑稽な彼らの様子にリンディは微笑んで応じる。

 

「あら、いいのよ、いつもみたいに"リンディさん"で」

 

表情を崩さずに空いている椅子に腰掛けるリンディ。

冷や汗をかきながら椅子に座りなおすひかると、苦笑いを浮かべるはやて。

 

「いえ、ここは職場なので、階級呼称、及び敬語を使うのが適当かと」

 

「あらあら、いつもみたいな砕けた話を私は期待しているのに、

 それに世間話でもしようと言ったのはひかるさんのほうでしょう?」

 

「そ、それ聞かれてたんですか」

 

いったいどこから、そしていつの間に気配を消して俺の背後に?

といった、誰しもが気にする感想をひかるはどうにか喉元で留める。

 

「まだ敬語が抜けないのかしら、それだったら敬語を使うなという命令でもしましょうか?」

 

「リンディさんにそう言わせるくらいなら私は敬語使いませんけど」

 

「いや、年上の人には最低限の敬語は使うべきやと思う」

 

かわるがわる関西弁を交えて話すひかるとはやて。

いつもは関西弁を使わないひかるが関西弁を使ったのでギャップに吹きだすリンディ。

 

「む、俺が地元の方言で話すんがそんなにおかしいんですか?」

 

「いえ、その、イントネーションがはやてさんの言葉とすごく似てるなーと思って………」

 

「そりゃ、私もお兄ちゃんも関西出身ですから。 方言が関西弁になるのはしゃーないことです」

 

えっへん、といった感じで胸を張るはやて。

一方のひかるは頭を抱えて椅子に座り込む。

 

「と、とにかく、なんでリンディさんはここにいるんですか?」

 

「あら、今はお昼よ。 お腹のすいた人が食堂にいても問題は無いでしょう?」

 

笑顔でもっともなことを言うリンディ。

 

「まあ、そうですね。 と言うか、それ以外に目的あるんじゃないんですか?」

 

「………どうしてそう思うのかしら?」

 

少し身を乗り出したひかるに現役のころのまなざしをむけるリンディ。

リンディの射抜くようなまなざしを見てなお、ひかるはたじろぐことは無い。

 

「何も注文してないから」

 

「「へ!?」」

 

ひかるの解答に驚きの声を上げるはやてとリンディ。

確かにリンディの手にはリンディ茶の湯飲みすら握られていない。
しかしはずれだったらしく、顔を赤くしたひかるは椅子に深く腰掛けなおす。

 

「まあ理由はどうでもいいとして、話とか無いんですか?」

 

「あるわ、フェイトのことについて、一つだけ」

 

ほんのわずかではあるが、ひかるの耳がその言葉に反応した。

 

「実はね、最近フェイトがどうも元気が無いように見えて………」

 

「好きな人でもできたんじゃないですか? もう中学生だし」

 

「それを言ったら達観しているお兄ちゃんが異常なんやで」

 

そうかぁ? と不可解だと言う表情で言うひかる。

ちなみに彼は自分が女子部の生徒たちに人気なのを知らない。

 

「だって女の子が元気なくなるって言ったら大抵ダイエットに悩んでいるか、

 好きな人のことばっか考えてて他のこと何も頭に入らないときだけじゃないの?」

 

「あながち間違ってはいないけど、それだけじゃないんよ、女の子って」

 

じゃあ何があるのさ、と聞くひかる。

こういうところに、彼のデリカシーの無さが伺える。

 

「とにかく、中学生になった言うてもまだ十三歳にもなっとらんのやし、そういう話とフェイトちゃんは私は合わへんと思うで」

 

「どっちの話?」

 

「へ? ど、どっちって………」

 

「ダイエット、では無いでしょうね、フェイトのスタイルはまだ成長途中。

 となるとこの場合は恋愛についてのお話ということになるかしら」

 

冷静に二人の間に割って入るリンディ。

と言うか、何故この人がフェイトのスタイルについて知っているのだ。

いつどこでデータを取ってるんだろう、もしかしたら犯罪紛いじゃないか、と思うひかる。

 

「ま、まあどっちにしてもそういう話じゃないと思いますよ。

 元気ないのは中学校に上がったプレッシャーとかじゃないんですか?」

 

「執務官試験突破しといて、いまさら中学校でプレッシャーっていうのもどうも………」

 

「腑に落ちない?」

 

そうねぇ、と言いながらリンディはひかるが飲んでいた水を取る。

寸前で水を守り損ねたひかるは頬杖をつきながらジト目になる。

 

「まあその辺は置いときましょう。 それより、ひかるさんもはやてさんも好きな人はいないの?」

 

リンディが少し遊び心を働かせて質問するが、

 

 

 

「「いません」」

 

 

 

即答。




しかも同じ顔、同じような声のトーン、更にはタイミングまでピタリ一致。

これが双子の特性か、と言うかのようにリンディはため息をつく。

 

ひかるとはやてが不思議そうに顔を見合わせたそのとき、

息を切らしながら一人の青年が食堂に駆け込んできた。

 

青年はひかるの姿を見つけると、一目散に駆け寄ってくる。

 

「や、八神一尉! 大変です!」

 

「どうしたんだよ、えーと、その………」

 

「セドリックです、セドリック・ランパーシュ。 ってそんなことはどうでも良いですから速く!」

 

セドリックと名乗った青年はひかるの右腕を掴む。

 

「何があったんだよ」

 

「スティーブン・ロウエル少将が特任隊オフィスに………」

 

「あんだとぉ!? あのいちゃもん大好きなバカ少将が!?」

 

ひかるが大声で叫びながら立ち上がる。

ざわざわと食堂内が騒がしくなってくる。

 

「行くぞ! あの野郎に掻き回されたらたまったもんじゃねぇ!」

 

セドリックをつれて特任隊オフィスに向かうひかる。

彼の戦いは、着実に始まろうとしていた。

 

 

 


 

 

 

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