空を見上げれば、いつもそこには澄んだ青色が広がっている。
でも、空だって時々機嫌を損ねてしまうことだってあるのだろう。

憂鬱な日は、自身の気持ちを灰色に染め上げて悩み続けるし、
怒っている日は、天地に轟く轟音を、所狭しと響かせたりする。
悲しい日は、暗く湿った感情をむき出しにして、大粒の涙を流す。

まあ、つまるところ、自然だってそうなのだから、人間なんてものはもっと気まぐれなのだ。
都合のいいこと、必要なことはすぐに受け入れるくせに、それ以外は受け入れない。

他者と違うことを忌み嫌い、どうにかして誰もが同じになろうとする。
それでも自己主張を続けるものを卑下したり、侮蔑したり、切り離したり、
あまつさえ自分の主観だけで全ての物事を決めてしまっている輩さえいる。

悲しいときにそれを表に出さず、怒りを自らのうちに納めようとし、
喜びですら時には打ち消し、まるで感情を殺すことに最初から慣れているようだ。

空だってあれほど自分の感情に素直なのに、どうして自分たちは?
それを考えたとき、八神ひかるはふとした考えに行き着いた。




やっぱり、人間と言う生き物は難しいんだ。





















「はい脱出完了、それじゃ生き残ってないやつ手ぇあげろ」

快活な少年の冗談めかした言葉に反応するものは誰一人としていない。
地面にへたり込んでいるその全てが、息を切らして空を見上げている。

「くそったれ………、俺たち大人をここまで走らせんじゃねぇよ………」

「子供よりは大人のほうが体力あって当然じゃねーのかー?」

地面に座り込んでいるジェイクに、元気そうな少年が話しかけてくる。
大人の数倍の働きを見せる少年には、疲労の色がまったく見えない。

「隊長、ひとつだけ聞かせて欲しい」

「なんだよ」

ジェイクは立ち上がり、少年の蒼い目をしかと見据える。



「あんたの………、生きる目的は何だ? なぜ、あんたは生きようとする?」 



隊員たちの緊張が一気に高まっていくのが肌で感じ取れる。
その場の全員が、次に放たれるであろう少年の言葉を逃すまいとしていた。

そしてその場の全員を一瞥してから、少年は口を開いた。




「守るため」



それ以外に何がある、そう言っているようにジェイクには聞き取れた。

「なるほどな。 守るため、か」

誰を、とか、何を、とか、そういうことは関係なしに、守るとだけ言った。
具体的ではなく、とても曖昧ながら、はっきりとした意思を持って。

「良かったよ」

「なにがだよ」

先ほどとは一変、快活そうな表情から面倒くさげな表情の少年。
自分から見ればまだまだ幼い少年に、ジェイクは笑顔を向ける。


「あんたも俺たちとはそう変わんないんだなってことだ」


その言葉を投げかけられた少年は瞬間的に驚いた表情になり。

「変わってたらおかしくないか?」

と、素直に疑問をぶつけてきた。

「そういう意味での変わっているじゃねぇんだよ」

「どういう意味だよ」

「知るか、自分で考えな」 

何だよそれ、と文句をたれている少年を無視してジェイクは地面に寝転ぶ。
鼻腔に入ってくる草の匂い、青空になびくそよ風の薫りを肌で感じる。

この上のない安息を一瞬だけ得てから、ジェイクは呟く。

「隊長、ひとつ聞いてくれるか」

「なんだよ」

少年、八神ひかるはぶっきらぼうな口調で答える。
ジェイクはひかるを見て、それから話し出した。

「二十年ほど前、お前さんがまだ生まれてなかったころにな、とある事件があった。
 大量の子供が行方不明になり、そのまま帰ってこないって話だ。 ひとつの事件だな。
 もちろん管理局も本気でそれの解決に乗り出した。 まあ時すでに遅しってやつだけどな」

「昔話かよ」

「いいの、こいつの性分なんだから」

聞いてやんなさいよ、と赤毛の少女、イーリスがひかるの後ろから言う。

「当時、俺のいた部隊は犯人のアジトらしきところを突き止め、数日かけて突入体制を整えた。
 あとは隙を見て現場を押さえるだけだった。 しかし、功をあせった上司が命令したんだよ」

「待ちきれねぇからさっさと突撃しろってか」

「そのとおり。 その命令のせいで突っ込んだ隊員たちは悉く待ち受けていた罠の数々にやられていった。
 そんでもって、俺のそのときの上司は、その様子を見てもさらに奥まで進んでいったんだな。 
 そこだけは立派だが………、後が最悪だな。 誰でも気づくような単純なトラップに引っかかり、命を落とした」

寝転がりながら淡々とことを語っていくジェイク。

「俺は………、その事件の中で隊員二十名、親友一人を失った」

「んで、そこまで言って何が言いたいんだ?」

案の定、自分の予想通りに質問してくれている、とジェイクは思った。

「もしも、あんたが同じことを繰り返せば、俺はあんたを見限る」

それだけだ、とジェイクは言い残す。

それを聞いて、ひかるは少し息を吐いて、



「俺がそれほどのバカに見えたんだったら、お前の目は腐ってるぞ」



頓狂な答えだと誰もが思った。
しかし、物事の核心はついている答え。

「"信じた俺が悪かった"か、それとも"信じられたあんたが悪いのか"の違いか」

「分かるんならお前の目は腐ってないし、脳みそは正常だぞ」

人を小ばかにするのが大好きなやつだな、とジェイクは思う。
しかし、この少年といると実は相当楽しいのだろう、とジェイクは今更ながらに理解した。

なにせ、今まで会ってきた人間とは"空気"が違う。
これだけの雰囲気を持つ人間はそうそういない。

「ま、信じる俺が本物のバカで、信じられた隊長は本当の天才かもな」

ジェイクが小声で呟いた言葉は、どうやらひかるには届かなかったらしい。


(それでもいいさ、どっちがどうだとかは関係ない)


立ち上がり、ズボンに付いた草を払う。


(大切なのは、常に流れていっている"今"だろうが)


大きく伸びをしてから、傾き始めた太陽を見据える。


(残り少ない今、あんたのために使わせてもらうぜ、隊長)


ふと気づくと、イーリスがセドリックのそばによっている。

「………今更人見知り?」

「うるさいっ!」

どうやら聞こえていたようだ、イーリスはほほを赤らめながらジェイクに怒鳴ってきた。

「初対面時にアレだけ喧嘩売ってるんだぞ? もうお前のキャラは確定だ」

「う、うるさいっ! 今からでも多少なりとも修正がきくはずっ!」

「でもまあ、隊長さんに話しかけるのには勇気が要りますよね」

「何をやってるんだよ、お前らは」

ひかるがジェイクたちのほうに歩いてくる。
見ると、特任隊の面々は立ち上がって撤収作業を開始していた。

「ほれ、話すことあるんだろーが」

「う、うるさいっ! 自分で話すっ!」

きょとんとしているひかるの前にイーリスが立つ。

「あ、あのさ」

「なにさ」

遊び心満載の返し方をされたせいか、イーリスの肩の力が抜ける。

「その………、あたしこういう性格だからさ、友達とか少ないんだよね」

おずおずとイーリスはもじもじしながらひかるに話しかける。



「で、できれば、あたしの友達になってくれないかな………?」



ほほを赤らめて、うつむきながら、さらには上目遣いで。
まあ、友達になって欲しいと言うような顔じゃないよな、とジェイクは思った。

それで、話しかけられた本人はどうなのかと思ってそちらを見ると、
そちらはまあそちらできょとんとしていた。

当然だろう。


「ど、どうかな………」


性格と外見のアンバランスさが目立つイーリスだが、こういうところは少女らしい。
こうして恥らっている姿を見たら、誰もが心奪われると言うかなんと言うか。


「いいんじゃない? 別に」


こちらも満面の笑みで返すひかる。
少年なのに少女のような笑顔で笑えるこいつは何者なのだろう。


「あ、ありがとう………」


感極まったのか、イーリスは目の端に涙を浮かべながらひかるの手を握る。
涙を流したせいなのか、あたふたとし始めたひかる。

つい先ほどまでのあの存在感はどこへやら、今目の前にいるのは年相応の少年だ。
それがおかしかったのか、ジェイクはつい思ったことを口にしてしまった。



「管理局最強の魔導師も、女の涙にゃ弱いってか!」



そろって、爆笑。

その場の全員が、ひかるを中心にして、大笑いしていた。
何が起こったのかわからず、きょろきょろとするひかる。




その中でも、彼はしっかりと笑っていた………












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