う〜む、困った。ひじょーに困った.
この状態では誰かが入ってきても言い訳できん。
それにこれから来る料理は果たして美味しいのか不味いのか、不安といえば、ものすごく不安だ。


けどまあいい匂いが漂ってはきてるし、大丈夫……だよね?
いや、その、人は見かけによらないって言うしさ、外見だけで料理下手かどうかは判断できないって、ほんと。 


いや、でも女の子に対して最初から料理下手というイメージ持っちゃいけないし………
ああ難しい、なんでこんなに人付き合いって難しいんだろう。 


「もう少しでできるから、ちょっと待っててね」

にこやか〜、にこやか過ぎる〜〜〜。

なんか最上級の笑顔向けられた気がするんですけど気のせいでしょうかっ!
な、なんて言うんだろ、く、工藤さん、あなたその格好似合いすぎっすよ。

か、かわいいというかなんと言うか、うがーーーーっ!た、耐えてらんねーーっ!
やばいよ本当に、心臓ひっくり返るってこんな気分なのか!? 何で俺がこんな気分を味わっているんだ!?
世の中のモテない男子諸君、本当にゴメンナサイ! 


ち、ちなみに神様、このような経験は俺がするものじゃありません。
も、もっと女の子にもてたいと思う奴がすべきです!


お、落ち着こう。思考回路が異常によりパニック起こしてる。
と、とりあえず何のそぶりも見せないこと、これが一つ。
できる限り邪推はしないこと、これ二つ。
三つ、これは夢だと思い込むこと、以上!


さ、最悪さっき上げた三つ守れば犯罪は犯さなくて済む。
こ、この状況だと何が起こってもおかしくは無い!
神様、どうか間違いを犯しませんようにっ!


なんて変なこと考えているうちに彼女が鍋を運んできた。
そしてその手には………蓮華?何故?


「あのーー……何故に蓮華を持っているんでしょうか」


「あ、その、寝込んでいるし、食べさせてあげようかなーって」

は、はいい!? な、なにをおっしゃいますかあなたは!?
いやちょっと待て待て待て待て待て、ラッキーにも程があるぞ。
夢だとしたらすごくうれしいのが一般男子。現実でもそうだろうけど。
でも俺の場合免疫が無いから心臓に悪いこの状況。


た、食べさせてもらうだなんてそんな、そ、そんなとこ誰かに見られたら大変なことになる気が………
あ、そうだ。この娘、外では男で通してたんだっけ。 なら………大丈夫、かな?

だ、ダメだろっ!一人で食べれるのにわざわざ人の手煩わせてどうする。
ここはきっちりとお断りせねば。 


「いや、いいです。一人で食べます」


「ダメだよ、無理しちゃ」

そ、そう言いながら蓮華をこっちに近づけないでーーーっ!
あ、でもすごくいい匂い、………美味しそう………
なんか、このままでもいい気がしてきた、このまま食べさせてもらうのも別に悪くは無いかな、なんて。 


って、な、何考えとんじゃ俺!
ぐああ、だ、誰か助けて、変な考えが俺の頭を支配していくよー。 

うう、仕方ない。この技を使ってごまかすしかない。
俺が右手をクルン、と回すと、そこにはいつの間にか箸が握られていた。
それを見てあっけにとられている工藤さんの手から鍋を受け取る。 


そして一口目を……………………
食えない。いや、ものすっごく食いにくい!
は、箸じゃやはり限度というものがあるか………
不覚だった、まさかここまで食べにくいとは。 


「………ねぇ、さっきの何?手品?」


「ん……、まあそんなもの」
く、くそっ!せっかく作ってもらったのに味わうことすらできんのか! 
必死に箸を動かすがなかなかお粥が取れない。
ようやくとれても箸から逃げていって食べれない。
昼から何も食べておらず、その上腹毀しているので手が震える。 


「……食べ………にくい?」
俺はその言葉に素直に頷いて答える。 

「最初から言えばいいのに。ほら、食べさせてあげるね」

と言いながら蓮華でお粥をすくう。 


「はい口開けてー」

工藤さんが笑顔で蓮華を差し出してくる。 

………腹、括ろう。

意を決して口をあける。
それと同時に俺の口の中に蓮華が滑り込む。
俺は口の中に入ってきたお粥を食べる。

むぐむぐむぐ、ごっくん。


「じゃもう一度口あけてー」


ぱく。むぐむぐむぐ、ごっくん。


「…………………………」

工藤さん? ………なんで小悪魔みたいな顔してるの? 


「はい、あーん」


……………………………………………………… 



「どうしたの?ほら、あーん」


なっ、なっ、なっ、何をやろうとしてんですかーーーーーーーーーーーっ!!!!! 


さ、最高の笑顔で、しかもこの状況で、あ、あろう事かその台詞ですか!?                                                                 何故だ!何故この娘はこんな台詞を俺に向かって言うんだぁぁぁぁぁぁぁ!!! 

「………いらないの?」


「イエ、イリマス」

最早台詞までロボットと化している。
緊張しすぎなんだろうか………


「じゃ、ほら口あけてー」 

あーん、と言いながら蓮華を俺の口に持って来る。 

うわーん!また腹括るのかよー! ちくしょー!こうなりゃやけだ! 

あーんという声とともに口をあける。
これ以上ないってくらい、もう最上級に恥ずかしい。 



ぱく。むぐむぐむぐ、ごっくん。


………あれ? さっきよりも、美味しく感じる…… 



なんか、すごく美味しい。
今まで自分で作った料理や食べたものよりも、
工藤さんが作ってくれて、食べさせてくれてるこのお粥のほうが、
何倍も何十倍も何百倍何千倍も、美味しい。
幸せって、こういうのをいうんだろうか。だとしたら、今の俺はすごい幸せ者だな。 


少し時間がかかったものの、俺は出されたお粥をすべて食べ終わった。 
ありがたいことに工藤さんは片づけまでやってくれてる。
なんかもう、感謝感激なんとやら、って感じだな、今。


ふああ、満腹になったら眠くなってきた。 

少し、眠ろう…………………………………… 

 

 

 

 





 

…………………………………………………ん。
んん、ふあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ。 

よく寝たなー、今何時?
と思って起き上がろうとベッドの端に手をかけると……… 

………ん?なんだこの感触。
んーーー? さらさらしてる。 もしかして、髪?
気になった俺がそっちに目をやると………

「おわ、な、何でここで寝てるんだか」

工藤さんが、ベッドに頭を預けて眠っていた。

う〜む、起こすべき……………だよね?
でもなぁ、こんだけ気持ちよさそうに寝てるんだしもうちょっと寝かしといても………


「ううん……………」

かわいらしい唇から漏れた声に反応して俺は後ろに飛びのく。
少し心を落ち着けてからもう一度顔を覗き込んでみると………
うん、寝てる。完璧に眠っている。すやすやと寝息まで立ててる。
ということはあれは寝言に近いものか。なんだ、安心した。

それにしても…………………………

かわいらしい寝顔。男だって言ってもこれでばれるって。
うかつに昼寝もできやしないね、これじゃ。 

………………………………………………………………………


なんだろ、この寝顔見てるとなんか懐かしくなってくる。
この娘の寝顔、これはまるで………………… 


『母さんみたいだ』


!?

な、なんだ今の!? い、今俺心の中でなんて言った!? かあ………さん?俺の? 

『姉さんにも少し似てるよな』

ま、また出た!なんなんだこれ!


わ、わけわかんない。何なんだどうしたんだ俺。
急に意味のわからんことが次々と頭の中から出てくるなんて……… 


「………まさか………俺の……………」

俺の知らない俺、つまりは、記憶を失う前の自分。


昔の………………俺。


…………………………………………………………………


…………………何故だろう、何でこんなにも、記憶が取り戻されることが怖くて仕方が無いのだろう。
"高町トーヤ"は怯えていない。でも、記憶を失う前の“とうや”は怯えている。
………怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い!

まったくの別人の記憶なのに、何でこんなにも怖くて仕方が無いのだろう。
怯えているのは俺じゃない、それはわかっているのに。

「……………落ち着け、落ち着け………っ!」

ゆっくりと深呼吸をして昂ぶった心を無理矢理に落ち着かせる。
そうでもしないと、発狂しそうで怖くて仕方が無かったからだ。 

「……………うう……ん、ふぁ〜あ。 ………あれ、ごめんね、私寝ちゃってたかな?」


「あ、うん。思いっきり熟睡してた」 

悟られるなと、今の心情をこの娘に悟られるなと、俺の中にいる“とうや”が命じている。 

「……大丈夫?汗かいてるけど………」

そう言って心配そうに顔覗き込まないでください、今だけは。 


「あ、うんだいじょぶ。気にしなくていいよ」

こんな言葉でごまかしがきくとは思ってはいない、でも、今の俺にはこれしかできない。 
悟られないためには、『日常』を演じ続けるのが、一番だから。


「よかった。大丈夫なら、それで」

………胸に刺さる………とでも言うのかな。………違うかな? 
とにかく、そのときの彼女の言葉は、すごく、胸にしみた。 

これ以上無いってくらいに、俺の心が、涙を流していた。 

なんか、そんな錯覚ですら、感じることができた。

「じゃあ、もう帰るね」


「うん、じゃね」


彼女がカバンをとって部屋を出て行くまで、俺はそれしか言えなくって。
もう少しなんか気の利いた事言えば良かったかなと、そうでなくてもなんかもっと話せばよかったのかなと、後になってから、そう思っている。

でも、そのときの俺にはそれしか言えなかったのだから、それが最良の選択だったのだろうと、勝手に当たりをつけている。 

………だけどさ、後になってから思うんだよね。

何であの時俺は心の片隅で、工藤さんを引きとめようとしたんだろう?

 

 

 続く…

 

 

 

 


あとがき、

前後編になったこの話、楽しんでいただけたでしょうか。


そうだった人もそうでない人も読んでくださってありがとうございます。

もともとこの話はひとつになる予定でした。
でも書いていくうちに内容が多くなりすぎたので二つに分けました。 


ですので前編に比べるとこちらのほうが若干(いや、結構?)短めになっております。
まあ内容はありきたりなべたべたの話になっております。 
まあ初対面にほぼ近いこの状態でこれだけしてくれるなんて、世話好きにも程があると言えばそうなりますが、



書いてて思いました。



この状況だと勘違いするのが普通じゃないのか!?(マテ 



そこでも勘違いをしないで己を押さえつけることに尽力するトーヤ………
精神力が強いというのか、なんと言えばいいのか、ただの馬鹿ともいえます。

でも最後のほうでなんか感想持ってたし、いいんじゃないかな〜というのが今の感想です。

まあ二人が恋に落ちたりするのはちょっと先の話ですが、それまではがんばって続けたいと思います。
 

それではまた。

 

 

(2007、3、29)



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