窓から差し込む日差しに目を覚ましたのが午前五時。
ふてくされて二度寝をしようとしたのが午前五時三分。
そして、暑さに耐え切れずに飛び起きたのが午前五時十三分。 

 

「ちくしょう………、結局十分しか寝てないじゃねーかよ。 いくら暑いっていったってこれは反則だぞ、これは」       

 

気温は約三十度。湿度は約85%。
これはもう、寝ていられる温度じゃない。湿度じゃない。
不快すぎて耐え切れん! 


今日はもうどこにも行かないって決定!
この決定だけは誰にも覆させん!絶対に! 

 

さて、そうと決まったら何をするか。
部屋の中を見渡してみても何もない。
そりゃそうだ。だって俺、高町トーヤは、電化製品と相性が悪いのだから。 

 

いや、その悪いって言っても使い方知らないとか、そういうことじゃなくて、
単純に、俺が使うと誤作動を起こしたり、爆発したりと変な動きするだけだ。
別に使い方には問題ねぇよ。でも、何故か誤作動しちゃうんだよな。
実は体から電磁波が出てたりして。 

 

「なんてな。そんなことあるわけがねーじゃねーか」
わははは、と心の中で笑い飛ばしてみるが、 

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぁ」
一気に、鬱に陥る。 

 

あれだけバカみたいにテンション上げ続けてきたのだ、反動が来てもおかしくはない。
もともと俺はそんなに明るいほうじゃない。どちらかといえば無口で暗いほうだ。
だが、そんな俺にいろいろなことを喋らせるくらい、この島の連中は面白かった。 

 

そいつらに合わせるために一体何日分のテンションゲージを使っただろう。
数日分じゃすまない、よね。 やっぱり。 

 

さてこれから人付き合いなどをどうしようかと考えているうちに、俺はいつの間にかベッドに立てかけてあったベースを触っていた。

 

「……………………………………………………………………」                                               

 

無意識のうちに、俺はそれを睨んでいる。 何故かは、結構はっきりとしている。   

 

答えは、すごく単純。
まったく、弾けなくなったからだ。

 

道化師の人たちがいるスタジオに偶然遊びにいったあの日、姫乃と、セッションしたあの日から、                                                                俺は、このベースが弾けなくなってしまった。

 

いや、正確には指が動かない、が正解だろうか。

左手が弦を抑えようとすると、指が痺れる。
それでも無茶して引き続けていると、おしまいにはベースを取りこぼす。
そして、痺れた左手の指は次の日までまともに使えない。 

 

………後遺症としては、あまりにも皮肉すぎる。
確かに、あのときの俺はおかしかった。それは認める。
でも、指が動かないということはそれとは別だ。 

 

たかだか、と言うのは悪いかもしれないが、弦楽器を弾いて、それで指が動かなくなるなんて、割に合わない。                                   

 

「ああくそ、馬鹿みたいだ」                                                             

 

自己嫌悪気味に、そう呟く。

さっきまでなんか理由を述べていたけど、
それは全部ただの言い訳に過ぎない。 

 

「怖い……だけじゃねぇかよ。情けない」


そう、突き詰めれば必ずそこにたどり着く。
ただ、指が動かなくなることが、すごく怖いだけなんだ。 

それが怖いから、今日までこれに触れなかった。                                                         

 

でも、今日は違う、今日は、自分から触れた。 

 

「…………………………………………」

その場に座りなおしてベースを構える。 

 

そうして一弦一弦鳴らしてみる。 やはり開放なら問題はない。                                                                     問題なのは、フレットをおさえたときだ。

ゆっくりと、フレットをおさえて弦をはじく。 一度響いた音に続くようにフレットを選んで掻き鳴らす。 

 

「………………………………………!」                                                              

 

動いた………、 指が………、スムーズに動いた!!! 

 

「やった!元に戻った!」                                                                       

 

思わずその場で大ジャンプ。

そして着地のときにテーブルに足をぶつけ、ベッドに頭を打ちつける。                                             

 

「いっつ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 

 

でも、そのときはうれしくて仕方がなかった。
また、こいつが扱える、こいつに扱ってもらえる、そう思うだけで胸がすっごく高鳴った。 

 

その気分を邪魔するかのように、電話が鳴った。

 

「誰だよ、こんな時間に………」

時計を見ると………、十時?

あれ?俺確か五時に目覚めたはずだよね?
何で今十時?どっちが間違い? 

 

ベッドの上の目覚ましは五時三十三分を告げている、
しかし壁にかけてあるほうの時計は十時半。 

 

これって………、一体どういうこと?

 

「あれ、電話……、って、もう鳴ってない!?」

何の用だったのだろう、と思いながら着信履歴を見る。
そこには知らない番号が入っていた。 

 

う〜む、もしかしたら俺大変なことしたのかも。
誰だったのだろうか、電話をかけてきた人物は。 

 

まあいいや、と気を取り直してキッチン(ボロ)に向かう。
食器や鍋などは前にここを使っていた人のものをありがたく使わせてもらってるのだが、いかんせん、そのすべてがボロい。

 

「………一体どういう使いかたしたら鍋が炭化しかけるんだろ」

俺が今握っているこの鍋も最初の頃は真っ黒に染まっていた。
それをこの状態に持って来るまでにどれだけ苦労したことか。 

 

「……なんか、物食べる気も失せるな」

最早、食欲なんてものは頭から消えうせていた。

炊飯器の近くにおいておいた豆パン(一個50円税込み)を手にとりその辺に座る。
袋を開けてかじってみると…………… 

 

ううむ、予想通り硬くなっている。
何日前のだっけ、二日?それとも三日? 

 

でもこれしか食うものないし、我慢しよ。

固い豆パンを時間をかけて味わい胃の中に落とす。                                                       

 

味もへったくれもない固い感触で口の中がいっぱいになる。 

おええ、やっぱり食べ物は放っておかずにさっさと食べるべきだ。
でないと今みたいにしっぺ返しを食う。 

 

「………腹痛くなってきたぞオイ……………」                                                            

 

最早しっぺ返しが来たのかと思い腹を抑えていると偶然パンの袋が目に入った。 

消費期限、五月。 

おいおい、期限切れのレベルじゃないぞ。

コックのくせに食べ物に対して何やってんだそんなやつは腹痛くして当然というかその前に何でこんな硬い消費期限切れのパンが家にあるんだ毎日チェックしているから普通気づくはずだろ大体あんな目に付く所に放置しておいて今まで気づきもしなかったのはどういうことだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!                                                       

 

と、心の中で、息継ぎなしで、本当に読みにくい言い方で叫ぶ。

 

なんてことしてるうちにさらに腹は痛くなる。
も、もう耐え切れる痛さじゃない気が…………… 

 

そう思った俺はダッシュでトイレに駆け込んだ……………

 

 

 

 

部屋の中にむなしく電話の音が響き渡る。
俺はうんうん唸りながらそれを聞いている。 

 

しかし予想に反してコール音は鳴り止まない。
仕方なしにベッドから転がり落ちて電話まで這う。 

 

「も、もしもし。高町です。ただいま腹痛に襲われています。 用件のある方は私がぶっ倒れた後に好きなだけどうぞ」

 

「はぁ?何言ってんだこの馬鹿。 おーい、俺がわかるかー?」                                                                     

 

て、店長だ。そしたらこれは翔翠亭からの電話? 

 

「はい、なんとか」

 

「夏バテか?朝から来なかったが」                                                                  

 

朝から………? 

 

ということは何か、俺は遅刻してたってことかそうなのかオイ。
ということはベッドにおいてある時計は時刻がずれてるのか。
ということは今まで俺は無断欠勤扱いだったのかーーーーーっ!!! 

 

「もしもーし、トーヤ?生きてるかー?」

 

「へ、へぇ」

 

「情けないやっちゃな、そんなんで大丈夫かよ」

は、腹痛くてしょうがないんすよーーーーーっ! 

 

「まあいいや、用件だけ伝えとく。 お前の知り合いらしき少年がお前のことを探していたのでアパートの住所教えた、以上!」              

 

へ?

 

「な、何勝手なことしてんですかぁ!そいつが俺のこ……あいたたた!」

 

「まあ気にするな、それよりもしっかり養生しろ。じゃあな」
ガチャリという音とともに電話が切れる。       

 

うう、痛すぎて何がなんだかわからん。寝よう。
猛烈な痛みに耐えながらベッドまで這っていく。
ずるずると全身を引きずってベッドに潜り込む。    

 

ち、ちくしょうこの五時間ずれ時計が、お前のせいで給料減ったらどうするんだ。 

 

ああくそ、痛みが少し和らいだと思ったら今度はこれかい。
それにしても一体誰だ、俺のことなんか探している奴は。
姫乃………とかじゃないだろ、この前あんなこと言った後だし。
そうしたら誰だろう、う〜ん、思い当たる節がない……… 

 

「すみません、高町さんご在宅でしょうか」                                                              

 

へ?どなた?いきなりドアを叩かんで欲しいな、って言ってもインターホン無いか。 

ただいま時刻は午後四時。こんな時間に誰が来る? 
疑問をもちながらも視線はドアのほうに向いている。
なぜか、それがごく当たり前なことのような気がして。 

 

「あの、どなたもいらっしゃらないんでしょうか、困ったなぁ、せっかくここまで来たのに………」                                                          

 

困って…いるのかな?声のトーンが少し落ちたぞ。 

どうしよう、中へ招き入れるか、入れまいか。
相手の情報は皆無、しかもこちらは現在行動不能、
このままじゃ入ってきた瞬間に抹殺されるって……… 

 

何考えてんだ、俺!?
ふ、普通ありえないだろ、今の考え!?
こ、これじゃまるで、俺が昔から誰かに命を狙われてきたみたいじゃないかっ! 

 

あ、ありえねぇ、一体俺、何してたんだろう。 
こんなことが自然と頭の中から出てくるなんて、異常としか、言いようが無い。 

 

「すみません、本当に誰もいないんですか!?」

あ、忘れてた。 

 

「鍵開いてるから勝手に入って来てください」

できる限り感情を押し殺してそう言う。 

 

緊張した状態で開かれるドアを見つめ続ける。
何故だろう、何で俺はこんなにも緊張しているのだろう、

別に、誰かに襲われて命を落とすわけでもないのに。

 

「こんにちは………って、た、高町くん、どうしたの?寝こんじゃって」                                              

 

ああ、よかった。別に命落とすことは無かった。 

俺は戸口で呆然と突っ立っている工藤叶を目で確認する。

 

「こんちは、何でここに来たの?」

 

「あ、ええと。この前来て欲しいって言ってたから………」                                                     

 

ああ言ってたね、そんなこと。 

 

「まあとにかくあがってあがって、今お茶でも出すから」

 

「だ、ダメだって!今まで寝込んでいたんだから。 ば、場所だけ教えてくれれば私がやるよ?」

 

「あ、そう。じゃお言葉に甘えさせてもらいます。 
 キッチンはそっち、用具は上にある戸棚と下についている収納の中探れば多分全部そろう」

左腕だけ動かして場所を教える。 

 

彼女はちゃぶ台の近くにカバンを置いてキッチンに向かう。
制服着てるし学校帰りかな、何でわざわざこんなとこに寄ったんだか……… 

 

それにしてもさっきの感覚はなんだったんだ。
あんなに鮮明で、あれだけ自然だったあの感覚、
まるで昔から、何かに殺される宿命を背負っていたかのように。 

 

う〜む、こうなると記憶が無いのが歯がゆく感じるな。
本当に何やってたんだ、昔の俺。 

 

「高町くん、湯飲みか何かない?」

キッチンから工藤………さんの声がする。 

 

「湯飲みは無い、戸棚にカップはあるはず」

 

場所を指示してあげるとすぐにそこからカップを二つ取り出してくる。
なんちゅう手際のよさだ、こりゃ将来誰かと結婚しても大丈夫そうだな。
いや、それ以前にそんな感想もつなよ、俺。 

 

「はいどうぞ。ちょっと熱いかもしれないけど」    

 

「どうも」                                                                                  

 

素直に手渡されたカップを受け取って口に運ぶ。
ううむ、旨い。お茶ってこんなに美味しかったっけ?  


俺の家においてあるお茶っ葉は商店街で分けてもらった安物だ。
なのに入れる人が変わるだけで美味しさは増す。
う〜む、これぞ料理の神秘。永遠に解けない謎だ。 

 

「何でこんな美味しいお茶ができるんだろ……」

そう口に出したその時、 



 

ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぅ。



 

まずいっ!腹が鳴ってしまったっ!

 

「た、高町くんお腹空いてるの?」

 

「ひ、昼から何も食ってない………んだけど……」

ぐわーっ!恥ずかしーーーーーーっ!
よ、よりにも寄ってこの状況で鳴るか!普通!
ああ、これで俺は食欲魔人として認定されるのか、とほほ。

 

「お粥かなんか、作ってあげようか?」

 

へ?

 

い、今なんとおっしゃいましたか姫!
俺の聞き間違いじゃなければ彼女がいない男子にとって最もうれしい台詞の一つをおっしゃった気が!? 

 

「あ、えーと、その。お、お願いします………」

 

「うん、わかった。じゃ高町くんは寝てていいよ。 すぐに作るから」
え、エプロンなんか持ち出しちゃってまあ………

 

ちょ、ちょっと待て、ということは何か?俺って女の子の作った料理が食べれるのか!?
な、なんで!? 何でそんなラッキーなイベントが起こるんだぁ!?
と、友達すらまともにいないのになんなんですかこの状況!                                                   

 

しかも親とかいないし二人っきりだし!
まずいぞ、このままでは大変なことになりかねん。
とにかく落ち着け俺!おちつくんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 

 

あ、でも工藤……さんが料理上手いか俺知らないんだった。
う〜む、急に不安が襲ってきたぞ。
果たして、この先に待つのは天国か地獄か。



それは神のみぞ知る、なんだよなぁ…………………


 

続く…

 

 

 


あとがき、

今回からは『ちょっと遊び編』ということでトーヤにいろいろな経験をさせます。

 

初音島散策やさっきみたいな二人っきりの場面,
他にもいろんなとこへ行ったり人に会ったりとトーヤ大活躍です(笑) 

 

今回と次の話で前後編となりますが、
もう落ちが読めた方もいるんじゃないかと、そう思うしだいであります。 

 

そんな人もそうでない人も、この小説に付き合ってくれたことに感謝します。
何せアクセス数は少ない閲覧者はいないと最悪路線突っ走ってますからね〜 

 

ま、それもそれとしてしっかりと受け止めましょう。

 

それでは。

 

 

 

 

 (2007、3、28、)



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