ホールに響き渡る破壊力の高い歌声、

その辺のギタリスト気取りが尻尾巻いて逃げ出すようなテクでかき鳴らされるギター、

とてつもなく安定感がある、まさに大黒柱のようなベース、

激しく、そして正確なリズムを叩き出すドラム、

そして、流れるような華麗な速引きでそれらとアンサンブルする、深い青のギター、

ここは俺たちがいつも使っているスタジオ。今俺たちは三年ぶりに出すニューアルバムのレコーディングをしている。

 

「よ〜〜し、少し休憩にすっぞ」

 

「つっかれたぁ〜〜〜」


もう腕が上がらない。情けないな〜、この程度で。

 

「凛坊、ちょいとギター走りすぎだな、速弾き得意なのはよくわかってるが飲まれちゃいけねぇよ」

 

「はい」


『道化師』のボーカル、テツさんが自分の声の調子をあわせながら言う。

 

「テツ〜〜〜、サビのとこの最後辺り、少し音はずれてねーか?」

 

「うるせぇ!今日はちょっと調子が悪いんだよ!」

 

「だったらいつも調子はずれじゃねーか。この前のやつも最初のとこ音はずしてたろ」

 

「なにぃ〜〜〜!シュウ!てめぇ言わせておけば〜〜〜!!」


テツさんがベース担当のシュウさんに飛び掛ろうとしたそのとき、

 

「なにやってんのあんた達はっ!!!!!」

 

うお、すっごい怒鳴り声。マイク使わなくてもホール全体に響くな。

今とんでもなくでかい声で二人を叱り飛ばしたのがマネージャーの沙羅さんだ。この悪ガキ4人組の保護者みたいな人。

 

「ったくテツ!あんた練習の合間になにやってんの!」


沙羅さんが鬼の形相でテツさんに詰め寄る。

あ〜あ、テツさん耳捕まれた。そのまま引きずられてる。

 

「シュウ、あんたもちょっとこっち来なさい」

 

沙羅さん、目が笑ってませんよ、それにその手招きが地獄へのお誘いに見えてしょうがないんですが。

あ、シュウさんが逃げようと………したが残念。あっさりと捕まってしまった。

テツさんと同じように耳を捕まれながら連行されていく。

 

そしてドアがしま………… 

な、なんだ今の叫び声!?まるで何かの断末魔のような……

………か、考えるのやめよう。

 

「凛君、ここのソロパート、もう少し飛ばし気味でもいいよ。そのほうが曲のリズムにも合う」


メインギターのマヤさんが軽く俺の肩をたたく。

 

「でもあんまりスピードあげるとあわせるの大変なんじゃ………」

 

「気にしない気にしない、今はいろんなことを覚えるのが重要だからね」

 

「ありがとうございます」

 

いつもながら、道化師のメンバーには頭が下がる。

ただ単にバイトしに来た俺をメンバーとして迎えてくれたり、

本人に教えることなくソロパートを弾かせたり、

色んなテクニックを教えてくれたり、

まだ技能的に未熟な俺にしっかりと合わせてくれたり、

本当に、いろんなことをしてもらっている。

感謝しても、しきれない。

 

「よ、よ〜〜し〜〜、もっかい合わせるぞ〜〜」


テツさんがスタジオに入ってくる。それと同じくしてシュウさんも足を引きずりながら入ってくる。

 

「合わせにくかったサビの辺りから凛坊のソロまでな」

 

「「「「うぃーっす!」」」」

 

テツさん、ふらふらになりながらもがんばるのはいいんですけど、

いつか、倒れますよ。

 

「ほいじゃ行くぞ〜〜、ワン、ツー、スリー、フォー」

 

ドラムのクマさんがスティックをたたくと同時に俺のエンジンがうなりを上げる。

そしてここからあふれるような重低音と高速の音符たちが暴れ始める、そんなときだった。

 

「すいませーーーーーん!このスタジオでここ以外に空いてる部屋ってどこにありますかーーー?」

 

思いもしなかった来訪者が来たのは。

 

 

 

 

「オイ凛坊。アイツ、なんてやつだ?」


テツさんが買ってきたコーヒーを飲みながら質問してくる。

 

「前に住んでたアパートの隣人です。名前は高町トーヤ」

 

「アイツもギターやってんのか?」

 

「………さぁ」

 

俺が覚えている限りでは、あいつの部屋に入ったことは一度しかない。

そしてその記憶が正しければあいつが今肩に担いでいるのはそう、あのエレキベースだ。

そういえばよくアンサンブルしたいな〜とか言ってたときに一度だけ見せてもらったっけ。

あの後一度合わせてみたけどなんか上手く行かなかったから止めたんだ。

あの頃、あいつすんごい下手糞だったっけ。何ヶ月前だろ、その頃。

 

「へー、ベースやってんの」

 

「はい、といってもまだまだ下手の横好きレベルですけど」

 

「同じベース弾きとしてうれしいわ。普通はベースよりギター選ぶもんな」

 

俺から見て左側がシュウさん、真ん中がマヤさん、右側が高町だ。

三人でなにやらベースの話に花を咲かせている。

 

「そうだ、せっかく来たんだし、どのくらい弾けるか見せてもらってもいいかな」


マヤさん!? いきなりなに言ってんですか!?

 

「こ、この場でですか!?」

 

「俺としても見ておきたいね。もしかしたら逸材かもしんない」


シュウさんも煽らないでくださいよ、そりゃ自分と同じ楽器使っているやつが来てうれしいのはわかりますけど………

 

「か、買いかぶりすぎですって。それに俺まだ人に聞かせるようなレベルじゃ………」


………確かにそうだ。俺がアパート出て行く前は基本すらままなっていなかった。

あれからどれだけ練習したかはわからないけどそう簡単に上手くなるものではない。

俺だって、中学生からずーっとやってようやくこのレベルだ。

それでも、プロのギタリスト、マヤさんみたいな人には到底及ばない。

 

「なあ、人に聞かせることができるのが、楽器弾くやつの最低条件か?」

 

「えっ………」


テツさんが高町の前で仁王立ちしている。

………俺がもし高町だったとしたら……すごく、怖い。

 

「人に聞かせることよりも、まずは自分が弾きたいって思うことが最低条件じゃないか。俺はそう思う」

 

「……………………」

 

「だから、自分のレベルがどうこう言うな。今自分ができる限りのことやればいいんだ」

 

………楽器弾くやつの最低条件、か。

やっぱりテツさんの言うことはすごい、メッセージ性に満ち溢れていて、人の心を動かす。

格言って言葉があるけど、あながちウソじゃないのかもしれない。

だって、テツさんの言葉は、俺の胸によく響くから。

 

「………わかりました」

 

ん?高町の目つきが………変わった?

なんかすごいオーラを発してねーか?…気のせいか?

 

「曲は何でもいいんですか?」


高町がケースに手をかけて言う。

 

「ああ、好きなやつで行け」

 

「じゃあ……こいつ!」


高町がベースのケースから楽譜を取り出す。

そのまま床に広げてベースを構える。

 

「おい、凛坊。お前メロディやってやれ」

 

「あ、はい」


慌てて近くに立てかけておいた俺のギターを手にとって高町の隣に立つ。

俺が見ると、高町はにこりと微笑んだ。

 

でも、目は笑ってないぞ。真剣そのものだ。

で?やる曲は………ディープパープルのHigway Star?いきなりそれかよ。

あれ?でもこいつ洋楽はあまり得意じゃなかったはず………

まさか俺に合わせてくれたのか?テツさんが俺を指名するのを見越して?

………まさか、ね。

 

「それじゃ行くぞ」

 

軽く足でリズムを取って………よし来たっ!

出始めからの高速ピッキングでかっ飛ばし、一気にトップスピードへ!

標識なんて完全に無視!限界まで飛ばし尽くしてやる!止められるもんなら止めてみろ!

ハイウェイを縦横無尽に駆け回り、近づく車はすべて蹴散らす!

よし、見えてきたぞ直線道路!

ここからさらにかっ飛ばして誰も追いつけなく………

 

『させるかよ』

 

な!?なんだ今の!?

 

うわ、すごい。 か、完全にコントロールされてる。

 

俺の一人舞台に、別の奴が割り込んでくる。

そいつは俺の横に並んで勝負の合図を送る。

 

負けてられるか!

できる限りのスピードでかっ飛ばしてやる!お前に追いつけるか!?

ピックを動かす速度を今俺ができる限りの最高速に切り替える。

しかしこれは諸刃の刃、一歩間違えば演奏自体がめちゃくちゃになる。

だけどそれだけの事をする必要があるくらい、今の高町は上手くなっていた。

俺と同じ速弾きを難無くこなし、なおかつ正確な重低音で俺のギターをひき立たせる。

テンポも演奏者の俺に合わせてくれている感じがする。ものすごく弾きやすい。

 

くそ!負けてられないっつーの!

ピックを5,6弦に当てた後23フレットから一気に1フレット目まで………

っ!しまった!指が少し遅れ………

 

あれ?……ミスになってない?

 

た、高町がわざと俺の音を消したのか!?

こ、この状態でそんなことができるのか!?こんなアップテンポの状態で!?

み、ミスがミスにならない。失敗しても高町が正確にフォローしてくれる。

 

……絶対、負けてられるかよ!

よし行くぞ、ハイウェイの出口までのラストスパート!

メーターを振り切って、はるか彼方へ!

 

どこまでも、どこまでも!誰も追いつけない領域まで!

 

全身全霊、正真正銘の全力で羽ばたいてやるっ!

 

最後は綺麗にミュートをかけて音を切る。

これで、おしまい。

 

「………どうだ?」


テツさんが真剣な顔してシュウさんに尋ねる。

 

「………実戦でも使えるレベルだな。ただし………」

 

「イントロの二小節目、速弾きに入ってからの三回目のとこ。後、姫乃がソロに入る前の一小節目」

 

へ?

 

「へえ、スゲーなこいつ」

 

「お前が言おうとしていた所か?」

 

「大当たり。あと凛坊が少し間違った所な、あれのカバーは少し失敗だったな」

 

ま、間違い!? あ、あの演奏の中で自分の間違った所、全部記憶していたってのか!?

す、すごい。 たかだか一ヶ月くらいでこんなに上手くなれんのか………?

 

「まあ合格点はあげれるな。この年でこれだけ弾くことができるなら即メンバー入りだ」

 

「……ありがとうございます……」

 

「なんだ?あんまりうれしそうじゃねーな」


テツさんが高町の頭を撫でる。

 

「……いやその、昔姫乃とセッションしたときと感じが違ったのと。ど、道化師の皆さんに聞いてもらったっていう実感がまだわかなくて………」

 

「へぇ、昔やったことあんのか。……今はどんな感じだと思う?」

 

「今は………昔より格段に上手くなってますよ。それこそギタリストって呼べるくらいに」

 

「だってよ。 凛坊、お前から何か感想は?」

 

い、いきなり振らないでくださいよテツさん。

第一あんな演奏した後でそう簡単に感想なんて………

………た、高町がすごい真剣な目でこっち見てるよ。

や、やりにくいな、もう。

 

「すごく……その、上手くなってるよ。昔に比べればかなり速く、正確に弾けるようになってるし」

 

思わず、勝負挑んでたな。『負けてたまるか』って、何度も思った。

それだけ、高町は上手くなっている。

それこそ、誰も追いつけないぐらいの成長スピードで。

 

「どーもありがとうございます」


まだまだだけどね。高町がそう言っているように感じた。

 

「………さて、これだけの演奏聞かせてもらったんだ。何かお返しをしなくちゃな」


あれ?テツさんなにスタンバイしてるんですか?

よく見りゃマヤさんもシュウさんもクマさんも自分の楽器の前に立っている。

ちょ、ちょっとなんで俺を見るんですか!? 『まだわかんねーのか』って目で!

 

「やるぞ、凛坊。俺たちの曲、こいつに聞かせてやるんだ」


マジですか!? まだ未発表の曲こいつに聞かせるんですか!?

 

「ホレ、早く準備しろ。お客様がお待ちかねだぞ」

 

へ?お客様?

 

ふと見ると、高町がパイプ椅子に座ってこっちを見ている。

な、なんだよそのにやけ顔。俺になにを期待してんだ!?

………ええい、ここまで来たらしょうがない。演奏してやるよ! ただし、

俺の音聞いてびっくりするんじゃねぇぞっ!

 

 

 

「いや〜、面白かったな。あの小僧」

 

「やっぱり本職にはかないませんってか?んなことねーと思うんだけどな」

 

高町が帰ったあと、俺たちはここで宴会をしている。

………このペースだと、夜までに帰れるかどうか………

なんせ四人とも完全に酔っている。一体どれくらい飲んでるのだか。


さっきから話はずーっと高町のことばかりだ。

なんかよくわからんが、俺たちが演奏し終わった後のあいつの感想がえらく気に入ったらしい。

確かに『言葉が出てこない』って言われりゃうれしいわな。

 

「なあテツ、あの小僧、また来るかね」


シュウさんがビールを煽りながら言う。

 

「多分来るだろ。サイン渡していつでも好きなときに来いって言っておいたからな」

 

「よし、次に来たときには俺がテクニックを徹底的に叩き込んでやる!」


と言ってベースを大音量でかき鳴らすのやめてください!鼓膜破れます!

っていうか、明日も練習でしょ!? 酒飲んでていいんですかぁ!?

 

「ところで、凛君はいつか別にバンド組むの?」

 

「えっ……………」

 

……そんなこと、考えたこともなかった。

今は、ただギターが上手くなりたい、それだけしか考えてなかった。

 

自分の……バンド………

やるとしたら、ドラムは修ちゃん、ベースは高町、メロディは俺。

………この面子でボーカルできそうな奴っていたっけ……

俺はまず論外、修ちゃんはドラムだから不自然。高町は何とかなるかもしれないが多分ムリだろ。

う〜〜〜ん。ボーカルできる奴、でなきゃせめて歌が上手い奴………

 

あ、いた。ことりならボーカルできる。

でも、なんか不自然か?声楽で鍛えた声がロック系統の曲に合うかな?

っていうかなに考えてるんだ俺。バンド組むなんてまだまだ先の話じゃないか。

俺はまだ……この人たちから独立できるほど上手くない。

 

でも、いつか、

 

俺自身のバンドで、俺が作った曲を演奏できるなら、

 

そのときは、観客の心を動かす演奏をしよう。

 

俺はそのとき、そう心に誓った………………

 

 

 

 

続く…

 

 

 


 あとがき、

はい、まず先手打っときます。

 

トーヤのテクニックに関するおかしいぞという証言は受け付けません!

 

あくまでもトーヤのオリジナル、この小説の特別な設定ということにしといてください。

だって普通はベースがギターのカバーに入ることなんてできませんから。わかってますとも。

 

えーと、この小説でも反省すべき点があったので報告します。

 

まずトーヤと凛君のセッションのくだりですが、いかんせん文が稚拙なため曲の良さを表現しきれないでいます。ゴメンナサイ。

あと、『させるかよ』の所はトーヤが凛君にテレパシーを送ったものとして考えてください。

 

そうなるとトーヤはエスパーか?という話になりますがその辺は後々。

後は台詞の読みにくい所があったり、地の文が多いのに心情とかの表現が上手くいってなかったりと、

構成力不足、執筆力不足を痛感させられる部分も多々ありました。

これからは改善できたらな、と思います。

 

さて、ここまで書いといてなんですが、

 

次回は誰サイドにしよう?三択なんだよな。

お話の流れから行くと、トーヤ視点に戻しておくのが一番いいんだけど、一応凛君の視点でもお話は通じるし、

まだ正式に出てきていない、という点から行くとことりさんもすてがたいし………

 

う〜〜〜ん、今度の話は誰が主人公かで大きく書き方を変えねば。お祭り前夜だし。

というわけで、これからも読んでくださるとうれしいです。

それでは。

 

 

(2007、3、9、)



前へ戻る   次へ進む   トップに戻る