ホームルーム開始五分前を告げるチャイムが鳴る。

と同時に玄関に飛び込んでくる生徒たち。

その数はいつもよりはるかに多い。

 

 

「何でまた今日に限ってこんなに遅刻しそうになる奴が多いんだか」

 

 

学校の最上階で窓から下を見ていたひかる。

彼がいる教室にもたいした数の人は来ていない。

 

教室を埋める机に対して、生徒の数はその半数くらい。

主不在で寂しそうにしている机が多いな、と彼は思った。

 

彼は窓を離れて教室の前の方に向かう。

 

教室の前についている黒板の端っこには文字が書いてある。

白のチョークでかかれた文字を見て彼はため息をつく。

 

 

「テスタロッサさん、何でこないんだろ………」

 

 

黒板に書いてある文字、それは、

『日直 八神 ひかる、フェイト・T・ハラオウン』の二文字であった。

 

 

 

 

 

 

本日、遅刻者大勢。

ひかるは朝の会で渡された日誌にそう書き込んだ。

 

今日は学校始まって以来といわれるくらいの遅刻者の数で、

全校生徒の半数以上が朝の会に遅刻したらしい。

遅刻理由は決まって、寝坊してしまった、というものだった。

 

最初は遅刻と思われていたフェイトが休んでしまったので、ひかるは一人で日直を行うことになった。

一時間目が終わったので、黒板消しを片手にチョークの文字を消しに入る。
幸い前の時間はあまり黒板が使われなかったので、チョークの跡はついてはいない。

 

 

(休み、とは聞いたけど、明確に理由が説明されて無かったよな)

 

 

頭の片隅でフェイトのことを気にしながら黒板消しを動かす。

きゅっきゅっ、という音が響く。

 

白や黄色、赤色の線が綺麗に消されていく。

作業を済ませてひかるは自分の席に戻る。

 

日直の仕事というのは結構簡単で、

黒板を綺麗にしたり、日誌を書くだけでいい。

後はプリントを集めたり、先生の手伝いをしたり。

管理局でやっている任務に比べれば相当簡単な仕事だった。

 

日誌の今日行った授業を書く欄に、ひかるは一時間目の様子を書き込む。

ひたすらに書き込みを続けていると、ふと隣の席に目が行った。

 

 

「………こいつも来てなかったんだっけ」

 

 

ひかるの隣の席には牧原 聖という少年が座っている。

それがいつもの光景、日常と呼ばれるもの。

 

しかし、今彼の隣の席には誰も座ってはいない。

牧原 聖はフェイトと同じく、学校を欠席している。

 

「………おかしい、って当たりをつけちゃいけないよな」

 

ひかるは日誌を閉じて立ち上がる。

喧騒を抜け出し、足早に教室を出て行く。

 

廊下を右に曲がり、突き当たりの階段を更に上に登る。

一段飛ばしで階段を駆け上がり、屋上に続くドアを開ける。

 

屋上はやはり殺風景で、ベンチが四台ほど配置されている以外に変わった点は無い。

落下防止のためのフェンスは付いているし、余計なものも一切置いてはいない。

 

その屋上の真ん中にひかるは立つ。

六芒星の外側に丸、そして蒼い色をした線が何本か入っている魔方陣を展開し、魔力探査を行う。

 

 

「さぁ………、これで当たるか………!」

 

 

ひかるは目を瞑り、精神を集中させる。

青色の魔力の糸が見えない探索機となって町中に広がる。

 

しかし、ひかるの思惑から思い切り事は外れた。

 

 

「ありゃー? 見知っている反応しかない?」

 

 

拍子抜けした、といった感じで彼は魔方陣を閉じる。

そのときちょうど授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 

「やば、授業始まっちまう!」

 

大急ぎで扉を開けて階段を駆け下りていく。

そのとき屋上に他の誰かがいたことにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 



 


「えー、ここで塩素とナトリウムが化合し、塩化ナトリウムができるわけで………」

 

先生が黒板に小学生に理解できるかどうか怪しい事を書いていく。

ひかるが思うところ、それを理解できるのはこのクラスで半分もいないだろう。

 

もうすぐお昼休み、生徒たちはお腹を空かしながら授業を受けている。

そのせいか上の空になっていたり、ぐーぐーお腹を鳴らしているものがいる。

 

教室で授業を受けている生徒は三十八人。

その中でまともに授業内容を理解しているのは多分十数人。

半数以上が弁当を心待ちにしている状況である。

 

そんな様子の教室内で、ひかるはまじめに授業を受けていた。

多少天邪鬼な彼はこういう状況だと途端にまじめになったりする。

 

カリカリとシャープペンシルを動かし、黒板に書いてある文字を書き取る。

ただそれだけの動作なのに、ひかるは今まで以上に集中していた。

黒板に書いてあることは、ひかるの中ではすでに常識のレベルのこと。

でも、それをまた書き取って、記憶していくことがすごく楽しかった。

 

疲れを忘れ、気だるさを忘れ、時間を忘れ、そして気にしていることすべてを忘れて。

黙々と、ひかるはシャープペンシルを動かし続ける。

 

「………このときに、マグネシウムと酸素が3対2の割合で化合して………」

 

キーンコーンカーンコーン♪

 

「あら、チャイムが鳴っちゃったわね。じゃあ今日はここまで。 
 えーと、日直は………、じゃあ、八神君号令をお願いできる?」

 

ひかるはノートを取るのを止めて顔をあげる。

 

「起立、礼」

 

生徒が立ち上がって礼をする。

と同時に喧騒に包まれる教室。

 

ふと、ひかるは生徒の数を数えてみた。

出席数、三十八人。 休み、二人。

教室内には四十個の机とイスがあり、

それぞれに生徒が座っている、はずなのに。

 

「三十………七!?」

 

驚愕の表情を浮かべるひかる。

慌てて彼は先生に詰め寄る。

 

「せ、先生!このクラスって生徒数四十人ですよね!?」

 

すると先生はきょとんとした顔をしてこう言い放つ。

 

 

「何言ってるの、八神君。このクラスはもともと三十八人編成でしょ?」

 

 

そのときひかるは世界が反転した感覚に襲われた。

 

「え………、じゃあ今日休んでいるのは………」

 

「牧原君一人のはずよ? それがどうかしたの?」

 

なんでもないです、と言ってひかるは自分の席に戻る。

 

(嘘だろ………、『最初からいなかったこと』になってるなんて………)

 

今日の朝までは、確実に先生はクラスが四十人であると知っていた。

朝確認した時点では、教室にいた生徒は三十八人だった。

連絡を聞いたときには、休みはフェイトと聖の二人だった。

それが、変わってしまった、ほんの数十分の間に。

 

教室にいる人間は、今のところ三十七人。

でも、これが少なくなる瞬間も来るかもしれない。

そして、このことを知っているのは、多分自分だけ。

 

そこまで考えてひかるはあることを思い出した。

 

「………! た、高町さん!」

 

「?どしたのひかるくん」

 

窓際にいたなのはがひかるの席までやってくる。

 

「あ、あのさ」

 

「なあに?」

 

ひかるは一回気持ちを落ち着かせるために息を深く吸う。

そしてゆっくりと吐き出した後、恐れていることをなのはに聞く。

 


 

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンって女の子、知ってる?」



 

なのはは一瞬きょとんとした表情になって、

 

 

「ううん、知らないよ」

 

 

と首を横に振りながら答えた。

 

「やっぱりね、そういうことになるか………」

 

「どうしたの? 何かあったの?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

ひかるは一瞬机に視線を落とす。

その目にはとある感情の光が宿っている。

 

「ねえ、そのフェイトちゃんって子、ひかるくんの知り合いなの?」

 

純真無垢な声で尋ねてくるなのは。

その顔を直視できずに、少し顔をそむけながらひかるは答える

 

「うん、知り合いって言うか、友達」

 

「へぇ、私も今度会ってみたいな。どんな子なの?」

 

「………すっごく、優しい子。友達思いで、少し直情的になっちゃうときもあって、

 ブラコンで、真っ直ぐな心をしてて、髪は金色で、とっても、素敵な子」

 

「会って、みたいな。私もその子と、フェイトちゃんとお友達になりたい」

 

笑顔でひかるにそう告げるなのは。

ひかるはそのなのはをやっぱり直視できない。

 

「ねぇ、いつ会えるかな、フェイトちゃんと」

 

「すぐにでも会えるよ、そしたらきっと友達になれる」

 

ひかるは笑顔を装ってなのはを見る。

純真すぎるなのはの顔をまともに見ることができなくても。

 

「フェイトちゃんってどこに住んでるの?」

 

「この街。高町さんの家から近いところだよ」

 

「へえー、じゃあお友達になったら毎日遊べるね」

 

「その前に仕事があるじゃん………」

 

「にゃはは、忘れてた。 あ!魔法のこととかどうしよう、教えた方がいいかなぁ………」

 

「大丈夫、向こうも魔道師だから」

 

「そうなんだ、じゃあ安心だね!」

 

「そう、だね……………」

 

ひかるは決意を固めていく。

 

この状態がすごくやりきれないから。

皆が大切な人のことを忘れて、そのまま暮らしていくことが嫌だから。

守りたい人の日常が、壊されようとしていることがはっきりとわかるから。

 

それは許されない。絶対に。

それだけは、許してはいけない。

 

ひかるはゆっくりと立ち上がる。

決意の光を胸に秘めて。

 

「ひかるくん、どこ行くの?」

 

なのはに呼び止められて、ひかるは振り向く。

思い切り作った笑顔だとわかる顔で。

 

 

「大丈夫、すぐに思い出させてあげるから」

 

 

「思い出す?」

 

 

またきょとんとするなのは。

 

そのなのはを見て、ひかるは更に決意を固める。

幸い、明日は土曜日。

授業はあるが、午前中には終わるそうだ。

 

全部取り戻して、日常に帰る。

 

それが、目的だとひかるは心の中で結んだ。

 

 

 


 

 

 

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