土曜日の校舎はとても静かだ。

午前授業で人がいなくなったためだろう。

本来なら、この静けさに身を任せて屋上でボーっとしてみたい。

 

でも、今はそんなことは許されない、とひかるは思った。

 

ひかるは今、聖祥大付属小学校の校舎の中を走り回っている。

一階をあらかた見回った後、二階へ続く階段を二段飛ばしで駆け上がる。

 

そして階段を登ってから一番最初に目に付いた教室のドアを開けて中を見る。

その教室から、魔力反応が無いことを確認してからひかるは次の教室に向かう。

 

そのような調子でひかるは全教室を見終わり、生徒玄関に戻ってきていた。

体力は普通の人の何倍もあるのだが、走った距離が距離なので、肩で息をしている。

 

「くそ………、これだけ探しても見つからないなんて………」

 

膝に手をつき、周りを見回してみる。

もちろん誰かがいるはずも無く、魔力の残滓もまったく感じられない。

先程から続く状況に流石のひかるも閉口している。

 

「手詰まりかよ、くそったれ………!」

 

悪態を一つついてから立ち上がり、走り出す。

教室はすべて回った、後残っているのは体育館と中学、高校、大学の敷地だけだ。

 

中学、高校までなら何とか探しにもいける。

だが、それ以上になると流石に無理が生じてくる。

 

だとしたら、少ない確率にかけてでも、体育館に向かうしかない。

そう思ったひかるは正面玄関右手の渡り廊下を通って、その先の分かれ道を右折、

その先の廊下を走り抜けて体育館へと向かう。

 

意外に長い渡り廊下を走り抜けたひかる。

彼の目の前には体育館の一般入り口の扉があった。

 

引き戸式になっていて、ひかるから見て左側には一般入り口とかかれた紙が張ってある。

その扉の取っ手を掴んで思い切り開け放つ。

 

なぜか饐えたにおいが中から飛び出してくる。

 

「ここか……………?」

 

照明がついていないのか、体育館の中は真っ暗で、中の見分けがつかない。

その中にゆっくりとひかるは足を踏み入れていく。

 

彼が体育館の中ほどまで歩いてきたとき、急に照明の一個がついた。

 

 

「…………………………………」

 

 

その証明の下に立っている人物をひかるは睨みつける。

どうしてお前がここにいるんだ、という表情で。

 

 

「牧原 聖」

 

 

光の中で姿をあらわした少年、それは、ひかるの初めての友達、牧原 聖であった。

もっとも、今の彼の様子はひかるの知っているそれとはだいぶ違うが。

 

聖の服装はいつも着ている聖祥大付属の制服ではなく、黒を基調としたジャケットとズボン。

髪は左目を隠すように伸ばされていて、それ以外は肩の下くらいの長さに留めてある。

 

彼の右手には紋様が刻まれていて、それが首の部分にも表れており、

彼の右目には憎しみに近い光があふれている。

 

そして、ひかるが目をつけたのは右手についている手袋。

黒色をベースに手の甲の部分に小さめの宝石を取り付けたもの。

指先は露出するようにできており、どう考えても防寒用ではなかった。

 

そして、ひかるの目線はその宝石に集中している。

 

「それ、『ルキフグス』だよな。 どこで手に入れてきた?」

 

ひかるの質問に聖は笑うだけで答えない。

その態度に苛立ちを覚えていくひかる。

 

「………答えろ」

 

途端にひかるの目に殺気がこもる。

見るだけで人を射殺すようなひかるの目を見ても、聖は動じない。

 

「………ずるいよね、君だけこんな世界を知ってるなんてさ」

 

「なんだと?」

 

「魔法に彩られた、僕たちとは違う世界。すごいじゃない、面白そうで」

 

体育館の天井を見上げる聖。

彼の眼に映っているのは体育館の天井などではない。

もっと別の、未知なる世界への期待と興奮。

 

「………てめぇが思ってるほど面白くなんかはねぇよ」

 

ひかるがそう言うと、聖は目線を前に戻す。

その目は、その表情は、嘲りに包まれていた。

 

 

「そうじゃないんじゃない? アルハザードの生物兵器」

 

 

ひかるのこめかみがぴくりと動く。

と同時に感情を抑えろ、という声も頭の中に響く。

 

「教えてもらったよ、君が普通の人間じゃない、化け物だってこと」

 

「………それがどうしたよ」

 

「いや、滑稽だなと思って」

 

聖は右手を床と平行に上げる。

 

「だってさ、兵器として生み出された君が、人並みの幸せを掴もうとしてるなんてさ」

 

面白いでしょ? と聖は尋ねる。

その問いかけを受けてもひかるは目線をそらさない。

 

「兵器は兵器、人とは交われない。壊すこと、殺すことが目的の、存在していること自体が罪に近い、殺しの道具」

 

「………俺はそんなこと一切気にしたことねぇ。 少なくとも俺の周りにいる人たちもだ」

 

「ふふっ」

 

「…………………何がおかしい」

 

「いや、そういえばこの子も君とおんなじ、望まれない生命だったよねぇ?」

 

体育館の照明が新たにつく。

おそらくルキフグスの能力で誰かを操って点けさせているのだろう。

 

そして、光の下には、

 

 

フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが立っていた。

 

 

フェイトの制服は聖祥大付属の女子用のもの、

失踪当時の状態を保っているのか、生地等に痛みは見られない。

 

しかし、その目はいつものような赤い瞳ではなく、

虚ろで、何かに乗っ取られているかのような目をしている。

 

「………こいつっ………!」

 

「ふふふ、君に人並みに心配する心があるんだ。へ〜ぇ」

 

聖は口元に手を当てながら笑う。

 

「てめぇ!さっさとテスタロッサさんを放せ!」

 

「いやだね、それだけは」

 

「拒否したらどうなるかわかってんだろうな………!」

 

ひかるはただでさえ溢れ出している殺気を更に出す。

対して聖は飄々とした表情と態度を崩さない。

 

「知ってるけどさ、この子相手には君だって手を出せないことくらいは」

 

「…………………!」

 

ひかるの殺気が一瞬弱まる。

図らずもそれが聖の問いかけへの回答になってしまう。

 

「ま、同じもの同士の同情ってこと?バカらしくて笑えてくるけど」

 

「もう一度言ってみろや………!」

 

ひかるの怒りが頂点に達しようとしている。

握り締めた拳から血が滲み出している。

 

「もう一度言ってみろつってんだよこの野郎が!!」

 

ひかるが大声で叫ぶ。

 

そのひかるを思い切り真正面から睨みつける聖。

二人が放つ殺気と覇気で体育館はあふれ返っている。

 

「すぐむきになっちゃって、君らしくも無い」

 

「俺らしいっていうことがどういうことか教えて欲しいけどな」

 

「黙れよ生物兵器、存在自体が『罪』のお前には何も言われたくない」

 

聖の口調が変わった。

飄々とした態度から、冷徹で、事務的な態度へと。

 

「存在自体が『罪』………?」

 

「わかっているんだろう?お前が何のために作られ、何のために生かされたか。
世界樹を守護するなんて、そんな格好のいいことじゃない。 お前の存在価値は」

 

殺戮の兵器としてのお前だけだ、と聖は告げる。

 

そんな聖を睨み続けるひかる。

 

「誰からも望まれず、誰からも疎まれ、そしてできることは誰かを殺し、何かを滅ぼすこと。

 お前に他人は守れない、お前に誰かは救えない。そして、お前の存在はあってはならない」

 

聖はだんだんと口調を荒げてくる。

 

「お前を作る製法、人造魔道師の技術。罪で罪を作るこの技術。 これで生み出されたお前はこの世で最悪の罪」

 

聖がゆっくりとフェイトに歩み寄る。

 

「兵器の存在は罪だ、兵器は滅ぼすだけで何も生みはしない。  形が人だろうとそれは変わらない、この子のように」

 

聖がフェイトの頬をなでる。

操られているフェイトはそれにまったく反応しない。

 

その様子にひかるは明らかに嫌悪感を覚えた。

フェイトにこいつが触れていること自体が許せなくなっていた。

 

「大魔道師の娘の代用品として生み出され、ただ母親の言うことを聞く人形と化し、

 あまつさえ今は一人前の人間として生きようとしている。ふざけた話だ。 
 罪の存在にそんな権利があるわけが無い、あってはならない」

 

聖の話を聞いていくうちに、ひかるの心の中にある感情が芽生える。

どこまでもドス黒い負の感情がひかるの心を塗りつぶそうとしてくる。

 

「なあ、そうは思わないか、蒼炎の守護者、いや、罪を背負いし咎人よ」

 

聖の問いかけにひかるは答えない。

その代わり、ひかるの目は語る、

そんなわけあるか、と。

 

「認めろ、貴様は罪だ。 存在すること自体が疎ましい、ただの兵器。 無論彼女だってそうだ、彼女だってお前とまったく同じ………」

 

 

 

「違うっ!」

 

 

 

ひかるが体育館中に広がる大声で叫んだ。

 

「少なくとも、俺はお前の言うとおり望まれない命、『罪』だろうよ。

 でもその子は違う!その子には友達がいる、家族がいる、大切な人が何人もいるんだ!

 俺のことをどれだけ否定しようともかまうもんか、真っ向から受け止めてやらぁ!

 だけど、その子まで巻き込むんじゃねぇ!その子は、テスタロッサさんは正真正銘の人間だっ!」

 

「望まれ無い生命が何をほざく!」

 

聖がひかるに向かって怒鳴る。

聖から向けられる明らかな敵意を跳ね除けてひかるは続ける。

 

「そんなもん知ったことか! 俺は望まれていなくっても、その子は望まれてるんだ! 望まれて生まれたんだ!

 娘の代用品? そんなこと関係あるか! テスタロッサさんはテスタロッサさんだ、それ以上でもそれ以下でもねぇ!」

 

ひかるは叫び続ける、あらん限りの大声を出して。

自分の心にすべてを任せて、伝えるための言葉を放っていく。

 

「てめえの言うくだらない罪の観念なんぞ押し付けんな! 望まれようが望まれまいが関係あるか!

 今この瞬間にも、彼女のことを心配してくれる、大切に思ってくれる人が何人もいるんだ!

 だから絶対に言わせねぇ、テスタロッサさんが俺と同じ罪の兵器だなんて、絶対に言わせてたまるか!」

 

ひかるは感情のままに言葉を叫び続けていく。

大切な人たちの日常を守り抜くために。

 

それは彼が生まれたころからしてみれば、とんでもない行動なのかもしれない。

でも、今の彼と昔の彼は違う、まったくの別人と解釈しても差し支えない。

 

それほどまでに、蒼炎の守護者は成長していた。

もちろん、人間として。

 

 

 

「彼女は血塗られた歴史の中を歩いてきた俺とは違う、俺みたいに罪に汚れた手をしてなんかいない!

 何度でも言ってやる、世界中の誰が何を言おうとも、否定しようとも、テスタロッサさんは一人の人間だっ!」

 

 

 

体育館のど真ん中で最も人間らしいことを叫ぶひかる。

しかし彼の主張の中にはいまだ彼が引いている線が一筋見えた。

 

自分は普通の人間とは違う存在なのだという線が。

 

「だからとっとと彼女を放せ!でないと………」

 

「じゃあ放してやる」

 

「んなっ!?」

 

あっさりとフェイトから手を引く聖。

ゆっくりとひかるの方に歩み寄ってくるフェイト。

 

「…………………………………」

 

ひかるは笑っている聖、歩いてくるフェイトを交互に見る。

完全に何かが仕組まれている、彼はそう直感した。

 

彼は油断することなくシャイニングセイバーを起動させる。

右手に光る白銀の剣に聖が目を細める。

 

ひかるが剣を構えようとした瞬間、フェイトがバルディッシュを起動させ、斬りかかる。

正確に首筋を狙ってきた攻撃をひかるは受け止める。

 

「やっぱりか、お前この子に何しやがった!」

 

フェイトを押し返したひかるが叫ぶ。

一方聖はその様子を笑ってみているだけ。

 

「答えろ!」

 

縦横無尽にバルディッシュを振るうフェイトをいなし、質問を続けるひかる。

彼はフェイトのほうを見ることなくフェイトの攻撃を受け続ける。

 

「見ればわかるだろう、私の能力さ」

 

「そういやお前の力は存在を消すことだったよな」

 

ひかるがフェイトと斬り合いながら言う。

 

「その通りだ、そして私は無を操れる」

 

聖が両手を広げて天を仰ぐ。

飛べない鳥が天に恋焦がれるように。

 

「けっ、他人に頼ることしかできない他力本願のビビリ虫が」

 

ひかるの悪態を聞いて明らかに表情をこわばらせる聖。

 

「………少々おしゃべりが過ぎていたようだな」

 

聖は一言フェイトに指示すると闇に姿を消す。

気配を消した聖をほっといてひかるはフェイトのほうに向き直る。

 

操られ、虚ろな目をしているフェイト。

冷酷な先頭機械と化している彼女を止められるのは今現在自分だけ。

 

だからひかるは剣を握る、足を踏み出す。

 

 

 

「必ず助けてやる、だから今だけは痛い思いも我慢してくれよな」

 

 

 

誓いの言葉とともに八神ひかるはフェイトに向かっていった。

 

 

 


 

 

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