少年は平凡な日常に退屈し、新たな世界を求めた。

少年が望むように、この一週間は過ぎようとしていた。

しかし、少年の思惑とは違うことが、幾つか起こっていた。

 

一つは、色々な人たちが皆に忘れ去られていくこと。

一つは、自分に取り付いたこの手袋に宿る意思のこと。

一つは、友達に手をかけてしまったこと。

 

 

そして、その友達の心を思い切り傷つけてしまったこと。

 

 

友達と向き合った瞬間から、自分の意思に関係の無い言葉が出てきて、

それらすべてが友達の心に突き刺さっていくのが目に見て取れた。

どれだけ抵抗しても体は言う事を聞いてはくれなくって。

 

それでも友達は叫んでた。

彼女は自分とは違うんだって、人間だって。

 

少年から見れば、どちらも人間だ。

でもルキフグスが言うには彼は兵器として生み出されて、

彼女は娘の代用品として生まれた存在だったらしい。

 

はっきり言って、そんなこと信じられなかった。

あれだけ普通に生きている彼らが自分たちとは違うなんて。

 

でも彼は言った、自分は望まれずに生まれてきた生物兵器だって。

彼は自分のことをあっさりと兵器だと言ってのけた。

 

その上で、彼女はちゃんとした人間なんだって宣言した。

兵器である自分とは全然違う、普通の人間なんだって。

 

でも、それは違うんじゃないかって、少年は思った。

彼だって人間だし、彼女だって人間だ。

二人とも、一つの命として、今この瞬間も生き続けている。

 

なのに、それを全否定してしまう自分が嫌だった。

言葉は自分のものじゃなくとも、喋っているのは自分だから。

 

自己嫌悪で心を閉ざす前に、少年は一つだけ気づいたことがあった。

自分は、彼とはどういう関係でありたかったのだろうか。

多分ただ話す事があるだけの関係は願い下げだったろうし、

それ以下の関係なんてもっと最悪だと思った。

 

じゃあ自分は何を思っていたのか、

それはすごく単純だった、気づいてみて始めて分かった事だが。

 


 

少年は、八神ひかるという不幸な少年の力になってあげたかったのだ。



 

ただ、それだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………行くよ、バルディッシュ」

 

『Yes sar』

 

フェイトがバルディッシュをザンバーフォームにして突撃してくる。

 

「止められるか、シャイニング」

 

『お望みならば』

 

じゃ、やってくれ、という言葉と同時にひかるも床を蹴って飛び出す。

バルディッシュを横薙ぎに振るうフェイトの一撃に合わせてひかるも剣を振るう。

 

金属と魔法の刃が衝突する不思議な音がなる。

と言ってもそれは金属音に近いものだが。

 

一撃離脱で交差する二人。

フェイトは体育館の壁を蹴ってひかるに突っ込む。

上段から繰り出される一撃を体をひねってかわすひかる。

 

フェイトは追撃をかけるかのようにバルディッシュを横に振るう。

刃の範囲ぎりぎりの間合いでそれを回避するひかる。

 

バック宙で後ろに下がり、息を整えようとする。

しかしフェイトはそんな隙も与えようとはしない。

自分の周りにスフィアを展開し、呪文を紡ぐ。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。

 バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト」

 

「………来い!」

 

剣を構えて迎撃体制をとるひかる。

 

 

「ファイア」

 

 

ひかるに向かって手を振り下ろすフェイト。

と同時にスフィアから大量のフォトンランサーが飛び出す。

 

「せいやーーーーーーーーーーーーっ!」

 

ひかるは掛け声とともに飛んでくるランサーを叩き落す。

本来ならばバリアを展開して防御するのだが、場所が場所だけに方法を変えている。 

 

数分もの間続く猛攻撃を何とか受けきるひかる。

しかし何発かのフォトンランサーは彼の体に傷を作っている。

 

「この………、味な真似を………!」

 

「バルディッシュ、カートリッジロード」

 

リロード音とともにカートリッジが装填され、フェイトの魔力が高まる。

その直後に恐るべき速さでひかるの懐に飛び込んでくるフェイト。

 

横薙ぎに払ったバルディッシュをシャイニングセイバーで受け止め、

もう片方の手を使ってフェイトの肩を掴もうとする。

 

しかしフェイトはひかるの腹を蹴り飛ばしてその場から離れる。

そしてまた新しくスフィアを何個か発生させる。

 

「フォトンランサー、打ち砕け、ファイア」

 

「ああもう無表情だなぁ!」

 

飛んでくるフォトンランサーを軽く消し飛ばしてひかるは走る。

足に魔力を集中させ、常人の数十倍のスピードでジグザグ走行しながらフェイトに向かって突っ込む。

 

そしてゼロ距離でフェイトの肩に触れようとする。

しかしフェイトがすり足の要領で少しだけ足を後ろに送る。

肩を掴み損ねて体制を崩したひかるをフェイトは足をかけて投げ飛ばす。

 

ひかるは左腕を支点にし、投げ飛ばされた反動を使って起き上がる。

起き上がった直後のひかるに向かってフェイトはプラズマスマッシャーを放つ。

 

『rejection shield』

 

シャイニングセイバーが独断で防御魔法を実行する。

フェイトの放った雷撃がひかるがかざした六芒星の盾に防がれる。

霧消した雷が体育館の床を焦がすが二人は気にしない。

ひかるは闘志全開で、フェイトは無表情なまま睨みあう。

 

「あのな、無駄遣いはするんじゃねぇよ」

 

『魔力量は大丈夫です、それよりも身の安全を優先しました』

 

「あーそうかい、じゃああの子も助けられない?」

 

『まずは体に触れることが先決です』

 

「そーだよな、それができなきゃ始まらないよな」

 

ひかるは闘志を新たにする。

戦うためではなく、救うための闘志だが。

 

「バルディッシュ、行くよ………」

 

『Yes sar』

 

「いいコだ………」

 

フェイトはバルディッシュを水平に構え、カートリッジをロードする。

フェイトの足元に展開する魔方陣、その色が黄金色に染まっていく。

 

「疾風………、迅雷」

 

「っ!この場で使うかそんな技ァ!」

 

言うが早いかひかるは左手に魔力を集中させる。

 

『rejection field』

 

体育館と、その中にあるすべての器物に強力なバリアを張る。

もちろん、フェイトの技は自分が受けることを承知の上で。

 

「かかってこいや………、!?」

 

ひかるが剣を構えようとしたとたん、何本もの鎖が床から伸びる。

その鎖がひかるの両腕、両足を絡めとり、拘束する。

 

そして、闇の中から牧原 聖が姿を現す。

 

「てめぇ………!」

 

「あはは、面白いだろう。 場の雰囲気を読むというのはこういうことなのだな」

 

「ふっざけんじゃねぇぞこの外道がァ!」

 

全身に力をいれ、強引に鎖を千切ろうとするひかる。

しかしかなりの強度を誇るのか、鎖は音を立てるだけで千切れることは無い。

 

鎖が絡まっている部分から血が流れようともひかるは決して諦めない。

皮膚が抉れ、焼け付くような痛みが襲ってきても、決して。

 

「そう頑張るやつって、あまり好きじゃないんだよね」

 

聖は自分の周りに大量のスフィアを生成していく。

その数は百や二百程度ではない、膨大に次ぐ膨大。
千個近い数のスフィアが体育館を埋め尽くす。

 

「………俺と同程度!? お前聖の能力を無理矢理引き出してるな!」


「そんなこと気にする必要は無いよ。 これで終わるから」

 

聖がそう呟いた瞬間にフェイトがザンバーをかざし、突っ込んでくる。

それとほぼ同時に放たれる千個のスフィア。

 

体育館にはフィールドを張っているので被害はまったくでないだろう。

ひかる自身だって、防御フィールドを展開すれば助かるはずだ。

 

しかし、彼は自分の身よりも、他のことを優先した。

突っ込んでくるフェイトの体にバリアを張り、強度を高める。

 

そして、なんの対策もしないまま、ひかるは攻撃のすべてを受けた。

 

爆音と、煙がその場に上がる。

フェイトが剣を振り下ろし、聖がスフィアを放った場所。

そこには人間の死体があるはずだった。

 

「………………………!」

 

煙が晴れていくと同時に、見えてくるひかるの姿。

額から血を流し、腕や足には鎖が絡まっていて、

刃を受け止めた左手からは血が流れている。

 

そして、その眼は今までに無いほど白熱していた。

澄んだ蒼でなく、濃密で深い感情を宿した蒼。

 

顔を下に向けたまま、バルディッシュの刀身部分を思い切り握り締め、

 

 

「そうだ、そうだったよなぁ………」

 

 

そのままの状態でひかるは言う。

その眼は完全にいつもの彼の眼ではない。

 

「本気で切れること、すっかり忘れてたんだよなぁ………」

 

バルディッシュの刀身に亀裂が走る。

 

 

 

「潰す、粉々なんかじゃすまさねぇぞ」

 

 

 

バルディッシュの刀身が砕け散る。

と同時にひかるが鎖を引き千切って飛翔する。

 

傷ついたバルディッシュのリカバリーをした後、フェイトはひかるの姿を探す。

ひかるのことを捕捉できず、きょろきょろと周りを見るフェイト。

 

そして、同じくひかるを捕捉できていない聖。

二人が体育館の中をきょろきょろと見回し続ける。

 

 

「それではワンサイドゲームの始まりです、拍手拍手〜♪」

 

 

調子のよい、軽い感じの声とともに一陣の突風が吹く。

思わず左手で顔をかばったフェイト。

 

そのフェイトの左斜め後ろの空中にひかるはいた。

それに気づいたフェイトが後ろを向く一瞬前にひかるは横薙ぎに剣を振るう。

アサルトフォームのバルディッシュごとフェイトを吹き飛ばす。

そして床を蹴って一直線にフェイトの方に向かう。

 

壁に激突する寸前で体勢を立て直し、壁を蹴って飛び出すフェイト。

そして正面から突っ込んできたひかると交差しつつ一撃を繰り出す。

 

その一撃を軽く弾いて空中で方向転換したひかるはフェイトの背後へ一瞬で移動する。

フェイトが振り向いた瞬間にバルディッシュを弾き飛ばし、剣を喉元へ突きつけ、

 

「シャイニング・バインド」

 

その呪文と同時にフェイトが拘束される。

必死に体を動かそうとするフェイトだが、腕は愚か、指先まで動きはしない。

 

足を動かそうとも、腰をひねろうにも、まったく動かすことができない。

口で呪文を紡ごうにも舌と唇が動かず言葉が紡げない。

 

「無駄、完全に動きは封じた」

 

ひかるはフェイトを一瞥してから聖の方に向き直る。

引き裂いたような笑みを浮かべている聖にとびっきりの敵意を向ける。

 

「すばらしいな、やはりお前はすばらしい………!」

 

「ぐだぐだと、うるっさいやつだな」

 

ひかるは笑みを浮かべている聖の方に歩み寄っていく。

シャイニングセイバーを左手に持ち替え、右手を握り締める。

 

「お前のその能力、ぜひとも我が力に………!」

 

両手を広げて天を仰ぐ聖を見てひかるは一言。

 

 

 

「てめぇはもういらねぇ、さっさと俺たちの"日常"を返しやがれこの道化人形が!」

 

 

 

そして思いっきり聖の左頬をぶん殴った。

それをガードすることも無く、ただ受け止め、倒れる聖。

 

その手から手袋がはずれ、床に落ちる。

体育館の中に静寂が戻る。

 

倒れている聖に近づいて助け起こそうとするひかる。

 

 

そのとき。

 

 

 

『甘いな、蒼炎の守護者ァ!』

 

「ぐがっ!?」

 

突然頭の中に響いた声とともに襲ってくる激痛。

頭が万力で思い切り締め付けられているかのような痛みがひかるを襲う。

 

「がっ……………、ぐぁ!」

 

両手で頭を抑えて苦しむひかる。

痛みに耐え切れないのか、次には膝をついてしまう。

 

(精神………、攻撃かっ………!)

 

精神が壊れそうな痛みに耐えながらひかるは前を見る。

ひかるが視線を向けた先には黒い手袋が落ちている。

 

『さあ蒼炎の守護者、貴様の体を明け渡せ!』

 

手袋から声が聞こえたとき、ひかるの心が嫌な反応を起こす。

いつも心の奥底に押し込めている感情が溢れ出してくる。

 

はやてたちに対する罪悪感、呵責、そして申し訳の無さ。

いつも心の片隅にある『闇』があふれ出てきている。

 

(そうか………、そういうことかよっ……………!)

 

罪悪感にとらわれ、押しつぶすような痛みに耐えながらひかるは考える。

 

(人は誰でも……、常に闇を抱えて生きている。 その闇に付け込む、それが奴の能力。

 そして、この闇に敗北した奴らは、あいつに体を明け渡すことになる………っ!)

 

重圧が更に増し、頭の痛みも頂点に達しかけている。

それでも、ひかるはゆっくりと立ち上がり、剣を取る。

 

(何とかできるのは……、俺だけだ。 聖を助けられるのも、テスタロッサさんを救えるのも、
 今この瞬間だけは、世界中で………、たった一人、俺だけ)

 

だったら迷う必要は無い、と彼は思う。

フェイトのバインドを解き、自分はゆっくりと前に進む。

 

(やることは、簡単だ。 ただ、あれを剣で貫けばいい………!)

 

手袋の前まで到達し、剣を両手で思い切り握り締めて。

 

 

『ば、馬鹿な! 私の精神波に耐えぬくだと………っ!』

 

 

頭を貫いて、体の真ん中に通っている芯に、一つだけ尋ねて。



 

(皆を救いたいんだろうが! ここで臆するなんて絶対に許さねぇぞ!)

 

 

 

「がぁああああぁああああああっ!」

 

 

 

手袋についている宝石に、剣をつきたてた。

ピシリ、という音とともに亀裂が走り、砕け散る宝石。

 

それと同時に、頭の中から痛みが消えていく。

フッと訪れた安心感に身を任せ、その場に倒れこむ。

 

 

 

そのときの彼の表情は、とても穏やかなものだった。

 

 

 

 


 

 

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