今日も少し退屈だった、とひかるは愚痴をこぼす。

と言ってもそれは一人言にしかならない、

ひかるの隣には今現在誰もいないからだ。

 

はやては出張任務、なのはは管理局への呼び出し、

フェイトは何か用事があるらしいが、詳しくは知らない。

 

友達も何人かでき始めていたが、そのほぼすべてが家とは反対方向。

唯一同じような方向だった奴も塾へ行くとの事でキャンセルされた。

 

「勉強よりも友達ですよ、今の俺にとっては」

 

今まで学校に通わなかったひかるとしては、まず友達と呼べる人をたくさん作りたかった。

 

他の人と比べて内向的なので、一人でいると気分が滅入る。

自分と人間の違いを見つけてはその違いに苦しむ。

 

バカらしいとしか思えなかったからこそ、友達が欲しかった。

一時だけでもいいから、『普通の小学生』として生きてみたい。

 

普通の人には、少し理解しがたい願いである。

 

 

 

 

 

 

 

「買い物、といってもおやつを買うのが精一杯」

 

コンビニで立ち読みを済ませ、菓子パンを買ったひかる。

近くの駅のベンチに座り込んでそれを食べているところだ。

 

行き交う人々はみな急ぎ足。

なぜに急ぐ?とひかるは尋ねたくなってしまう。

 

(どうせ死ぬ時期は決まっている。それなのになぜ急ぐんだろう)

 

無限でない時間を精一杯生きようとしているんだな、とひかるは勝手に当たりをつける。

自分には『永久』がある。 でも、普通の人には、そんな夢みたいなものはない。

 

『永久』がないのだから『今』を生きる。

自分にもそういう生き方ができるのだろうか。

 

(多分、無理。 絶対に俺は命を顧みない)

 

無茶と言われることは、いくらでもやってきた。

命に関わることなんて、いくらでもあったことだ。

 

でも、それはもう嫌だ、と思う自分もいる。

守りたいあの子達のためにも、生きなければならない。

 

泥臭くっても、惨めでも。

 

 

 

 

 



 

「あら、ひかるくんだっけ?」

 

「こんにちは」

 

喫茶、翠屋。

高町なのはの両親が経営する喫茶店である。

 

店内は綺麗に掃除されていて、店主の性格がよくわかる。

通常のカウンターの席、店内に並ぶテーブルとイス以外にも、外に席があるという店だ。

 

喫茶、というからにはお茶、そしてデザートが主流のこの店。

ここのデザートは本当に絶品と呼ばれる味だった。

 

中ではウエイトレスさんたちが行き交い、時折注文の声が飛ぶ。

その中に経営者、高町桃子の娘高町なのはの姉、美由紀の姿もあった。

 

店内の込み具合は普通程度。

空いている席も何席かあり、ひかるはそのうちの一つに歩み寄る。

 

「えーと、注文は何? それと、なのはは今日は帰りが遅いよ」

 

「じゃあショートケーキ。 それと目的は単にケーキです」

 

はいはい、といって美由紀はカウンターに向かう。

しばらくして、トレイに乗ったケーキと紅茶が運ばれてきた。

 

「はいご注文のケーキです、紅茶はサービスね」

 

「どうもありがとうございます」

 

礼を言ってからケーキに手をつけるひかる。

その間、耳に入ってくるのは奇怪な事件の話。

 

概要はこうである。

 

まず、忽然と人が消える。それも、知らぬ間に。

そして、その人の事を知っている人の記憶からその人のことが消える。

ここまでは、よくある都市伝説みたいなものである。

だが、加えて言うならここからが普通と少し違う。

 

消された人は、目に見えない暗殺者になって、人を襲う。

襲われた人は、そのことに気づかないまま、存在を消される。

そうして、『無』は増えていく、そういう噂話だ。

 

(アホらしいと言えばアホらしい。 人って本当に噂が好きだよなぁ)

 

昨日、リンディ提督からあるロストロギアの情報をひかるは聞いていた。

幸い、そのロストロギアについての情報はあったので、助言をしておいた。
ただ、それはもうこの世にあるはずがないのであまり警戒しなくてもいいだろうと彼は思っている。

唯一つ、そのロストロギアはコアを砕かない限り、持ち主を選び続ける点を彼は知らなかったが。

 

そんなことを知らないひかるは黙々とケーキを食べる。

翠屋のケーキはすごくおいしい、金銭に余裕があればお土産にしたいくらいだ。

 

でも、所詮は援助を受けている小学生。

むだづかいなんてことできるわけがない。

 

「………早く稼げるようになりたいな」

 

「それは結構大人びた発言だよね」

 

「ま、私たちには結構関係ないけど」

 

ひかるが声のした方に向くと、アリサとすずかが立っている。

二人とも良家のお嬢様なのか、何処かしらに気品らしきものが漂っている。

 

二人はひかるの向かいの席に座る。

すでに注文は済んでいるのか、あとからケーキが運ばれてくる。

 

「しょうがないじゃん、俺ん家ははやてと俺しかいないんだから」

 

「あれ?シグナムさんたちは?」

 

すずかがケーキに口をつける。

 

「……あの人たちはあくまで『守護騎士』 それ以上の迷惑はかけられない」

 

律儀なんだね、とすずかは言う。

でも、それは違うのでは、とひかるは思う。

 

自分がいない間、はやてのことを世話していたのはシグナムたちだ。

迷惑なんぞ、その時点でいくらでもかけてしまったことだろう。

それでも、迷惑をかけたくないということは、

 

(理由なんざわかってるよ。 ただ嫉妬してるだけなんだろ)

 

自分と過ごした年月よりも、長い年月。

その差が、ひかるの心に小さな嫉妬を生み出す。

 

バカらしい、ものすごく。

惨めだ、あきれるほどに。

 

勝手な嫉妬で、自分の心を乱してしまうなんて。

 

「どうかしたの? 顔、怖くなってるよ?」

 

「おなかでも痛い? ま、そんなことはないと思うけど」

 

心配そうに顔を覗き込んでくる二人。

ひかるは空元気を出して体裁を整える。

 

「バニングスさんに心配されるとは思わなかった、ありがと」

 

「べっ、別に心配してたんじゃないんだからねっ!」

 

顔を赤くしてそっぽを向くアリサ。

その様子を微笑みながら見ているすずか。

 

その後、一時間ほど会話をして、彼らは別れた。

夕焼け空を右手に見ながら、商店街と、ビル群を左手に見ながらひかるは帰路につく。

 

綺麗なオレンジ色の光を放っている太陽、

そして、茜色に染まり、はるか広がる大空。 

どこまでも、どこまでも飛んでいきたくなる。

 

現実問題飛んでいってしまったらどうなるかは容易に想像できたが。

 

それでも、飛んでみたら、本当にどうなっていくのか。

誰もこないところへ、何もかも捨てて、飛んでみる。

きっと、ものすごく気分がいいとは思う、

 

 

思うけれど。

 

 

「俺には、それはできないよね」

 

護りたい、世界があるから、とひかるは言う。

どんなものにも代えがたい友人と仲間、今までで一番居心地がいい居場所。

全部、無くしたくない。 捨てるなんて、尚更だ。

 

もっと増やしたい、護るべきもの、護りたいもの。

自分にできることは限られてしまうけれども、

それでも、そのすべてに、輝きが持てる事を信じて。











 

「………どーも考え事に耽るクセがあるな………」

 

自重自重、と言いながら彼は見慣れた八神家の玄関を叩こうとして、

 

ふと気づいた。

 

(魔力反応………? しかも通常のレベルじゃない。 ランクで言うと、AA〜AAAクラス相当か?)

 

玄関にかけていた手を放して通りへ飛び出す。

魔力探索を始め、数秒で犯人の位置を割り出す。

 

後は与えられた身体能力とここ最近身についた地理観を生かして追跡を行う。

幸い、相手の方はひかるの行動に気づいてはいないようだ。

 

移動をしていないのがその証拠である。

 

「何処のどいつだか知らないけれども、潰させてもらうぞ、危険の芽なら」

 

周囲に人払いの結界を展開してからそこへ向かう。

とある公園の一角、そこに標的はいる。

 

 

はずだった。

 

 

しかし、ひかるがそこに飛び込んでみると、誰もいない。

魔力反応はおろか、人っ子一人の影すら見当たらない。

 

入り口から見て一番最初に目に入るところにはベンチしかなく、

その右手にある遊具も誰かが遊んでいるわけではない。

公園を囲んでいる街路樹の陰に、誰かが潜んでいるわけでもない。

 

注意深くあたりを観察してみても、変わった点なんか無い。

ガセネタか、俺も少し鈍っちゃったかな、とひかるがその場を離れようとしたとき、

 

 

肩口を、ばっさりと切られかけた。

 

 

「つっ!」

 

済んでのところで見えない斬撃をかわしたひかるは後ろを見る。

しかし、やはりそこには何も存在してはいない。

 

「見えないだけか? だったら………」

 

ひかるは右手に風の力を集める。

吹き荒れる風が一振りの剣を形作る。

 

「トルネード、ちょっと力貸せ」

 

『了解です、マスター』

 

薄緑色をした剣をひかるは水平に構え、振りぬく。

衝撃波とともに辺りを風がなぎ払う。

 

木々がゆれ、ベンチが吹き飛び、遊具が傾ぐ。

そして、吹き荒れる疾風の中、ひかるは見つけた。

 

鉈を持っている、小さな子供の姿を。

 

ようやく視認することができたその存在は、ひかるに襲い掛かる。

その目には、何の光も宿ってはいない。

 

子供とは思えないスピードで相手は飛び掛ってくる。

鉈を振りかざし、正確にひかるを殺すことのできる部位を狙う。

 

冷酷で、正確無比なその一撃をひかるは受け止める。

受け止める瞬間に左足で子供を蹴り飛ばし、地面に転がす。

 

「気絶ですまなかったらごめんな」

 

ひかるはトルネードセイバーを横に振りかぶる。

 

 

「疾風怒濤! 烈波旋風陣!」

 

 

振り払った剣が巻き起こす極大の嵐。

巻き込まれたものは、普通であれば助かることは無い。

 

巻き起こっている竜巻のような嵐が周囲のものを巻き込み、肥大化する。

それを右手を額にかざして眺めているひかる。

 

「えーと、どの辺に巻き込まれたー?」

 

ひかるが見上げると、子供は上空にいた。

意識は無いらしく、ただ浮かんでいるだけに見える。

 

ひかるは跳躍すると、子供を抱えて地面に戻る。

抱えられている子供は、やはり意識を失って眠っている。

 

何処にでもいそうな、純朴で純真な少年だ。

こんな子供が、鉈を持って襲い掛かってくることが、理解できない。

 

 

「どうなってやがる………」

 

 

子供を抱えたまま、空を見上げているひかる。

夕焼け空は、何も答えない、何も言わない。

 

『存在するもの』と、『認められないもの』。

 

境目が消失し始めた、この二つの存在。

 

認識できるか、それともできないか。

この議題によって生み出された負の遺産。

 

遺産を手にし、その力に翻弄される少年。

遺産に宿りし、消し去るものの思惑。

 

すべてが交差し、一本の線になったとき、

紅の炎髪を持つ、蒼眼の少年の戦いが始まる。

 

 

 

 

 


 

 

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