初夏、というにはまだ日差しがたりないと思われる五月の中旬。

海鳴市の商店街の中を、私立聖祥大付属中学校の生徒が三人歩いていた。

彼らは一様にクレープを食べていて、真ん中の長髪の少年はチョコバナナ、

右側の茶髪でツンツン頭の少年はイチゴミルクにノンカロリーのダイエット用コーラ、

左側の炎髪蒼眼の少年は、ホイップクリームにバナナとイチゴのトッピングをしている。

 

まだ夏服になっていない制服のネクタイをこれでもかと緩め、

額から大粒の汗を流しているのは茶髪の少年。

 

それに対して、優等生ほどではないものの、ネクタイをそこそこに上げ、

汗すら流さず、おいしそうにクレープを食べているのが長髪の少年。

 

二人の中間ぐらいにネクタイを下げ、面倒くさそうな表情をして、

ちびちびとクレープを口に運んでいっているのが炎髪蒼眼の少年だ。

 

「うだー………、思った以上に暑ぃ〜」

 

「これで暑かったら夏場はどうするのさ。 学校これないよ?」

 

「ほっとけ、熱血馬鹿は暑さに弱いんだろ」

 

んだとコラァ! と元気そうに叫ぶ茶髪の少年。

対して炎髪の少年は気だるそうに空を見上げるだけ。

 

「おいコラ八神、てめぇ今日こそ決着つけてやろうか?」

 

「無駄だよ。 だって皇(すめらぎ)君一回も八神君に勝って無いじゃん」

 

「モヤシは黙ってろ!」

 

「もやしじゃない! 僕は牧原 聖!」

 

「うるっせーよ皇。 大体この暑さなんだから少しは遠慮しとけ。

 お前がいるだけでその場の温度が五℃は上がるんだよ」

 

「なめんな! 俺の魔力変換資質があればな、三千度の炎を………、へぶっ!」

 

暴走を始めている茶髪の少年、皇 紅(すめらぎ こう)の頭を炎髪の少年が殴る。

紅の持っていたクレープが紅の顔面に命中し、クリームが顔につく。

 

「アホ! 一般人もいるんだぞ! この場で魔力だのなんだの言うんじゃねぇ!」

 

「お、おーけーおーけー、場所を変えよう。 そこで決着だぜ八神ィ!」

 

顔についたクリームを拭き取りながら間の抜けたことを言う紅。

 

「や、八神君、こいつ話わかってない………」

 

「気にするなよ聖、とりあえずぶっ飛ばせば話はつく」

 

呆れ顔で紅のことを見ている長髪の少年、牧原 聖は炎髪の少年の方を見る。

同じく呆れ顔で紅を見ている炎髪の少年、八神ひかるは大きなため息をつく。

 

「今日こそそのすかした面を泥で真っ黒に染めてやるぜ!」

 

「勘違いすんなよ阿呆。 お前なんざまだ眼中にはねぇんだ」

 

「はぁ、また結界張って始末書その他書くのは僕なのか………」

 

勇み足で近くの土手まで向かう紅と、だるそうに後をついて行くひかる、そしてとぼとぼと歩く聖。

彼らが土手についた十分後に、妙にぼろぼろになった少年が一人、発見されたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、くそっ、昨日の馬鹿のせいで体が軋んでやがるな」

 

特任隊の隊長室の椅子に背を預けながら八神ひかるは呟く。

大きく背伸びをして、先日の馬鹿騒ぎの疲れを逃がそうとする。

 

これといって目立つものを運び入れていない隊長室は、目の前にオフィスに続くドアがあるだけ、

ひかるが座っている椅子の後には、普通のものよりは少し大きめの窓がついており、

そこには今はカーテンのようなものがかけてあって、外の景色を見ることができなくしてある。

 

「さーて、今日はどんな手が………、っと」

 

ひかるは自分専用の端末に来ているメールをチェック、

いらないと判断したものから順にデータを消去していく。

 

その中には差出人不明のものもあり、内容も様々。

ゴシップに近い内容もあり、顔をしかめながらひかるはデータを消していく。

 

つらつらと並べられていく文字の羅列を縦から横に一度目を通してデータを消す。

面倒なので、同じようなタイトルのメールは優先的に削除していく。

 

「まったく、どこの誰がこんなにメールよこすんだか」

 

愚痴を一言呟いて、ひかるは机の右端に置いておいたカップを手に取る。

中に入っているのはイギリス製の紅茶。 それを軽く喉に流し込む。

 

十分に熟成された茶葉の香りが鼻腔を通り抜け、苦味や渋み、色々な刺激が口の中を駆ける。

淹れたてを少し過ぎ、程よい熱さになった紅茶の味を堪能しながらひかるはメール削除を続ける。

 

「さて、と。 粗方終わったかな」

 

ひかるは端末を閉じ、新しい紅茶を淹れてくるために席を立った。

それとほぼ同時に、特任隊オフィスに警報が響いた。

 

『緊急任務、緊急任務。 第87管理外世界で原住生物の暴走を確認。

 付近の住民が危険なので、特任隊は総力をあげてこれを駆逐せよ。 繰り返す………』

 

淡々と起こった内容を伝えるだけのアナウンスに敵意を向ける間もなく隊員たちはオフィスを飛び出す。

彼らの向かう先は決まっている。 時空管理局本局にある転移用のトランスポーターだ。

 

誰かが愚痴る暇も無く、特任隊は緊急任務へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第87管理外世界、そこは"地球"と呼ばれる星よりも、少し科学力が劣る世界。

しかし地球と違うところは、魔法という存在を人々が知っていること。 

そのため、そちらの方面に技術に関しては、何も知らない地球よりはるかに高い。

 

星の構成は、地表の半分が海、半分が陸というバランスの取れた構成。

しかし、陸地には未開の砂漠や岩場などが数多くあり、人々はそこを避けて暮らしている。

全体の約二十パーセントを締める森林地帯に近い町で、その事件は起こった。

 

第87管理外世界で言う午前十時ごろ、突然近くの森から原住生物が出現。

一般市民数名に危害を加えた後、その内の一名を捕食。

その後、大挙して現れた原住生物の集団に、警備隊は成すすべなく全滅。

住民は町を捨て、近くの岩場や砂漠に避難し、町はいまや魔物の巣窟と化しているらしい。

 

同時刻にその町に隣接する岩場で魔力反応が確認されており、関連性が疑われているが、

その一秒後には魔力反応は消えており、現場に行っても誰もいなかった、と証言する者がいた。

 

今回特任隊に課せられた任務は、この町の解放、及び原住生物の掃討。

行動範囲は現在支配下にある町、そして原住生物たちが現れた森。

 

ちなみに、トランスポーターが磁気干渉によって壊れる危険性があるので、

隊員たちが安全に帰ってこれる時間制限は約三時間ほどである………

 

 

「以上が今回の作戦の原案。 何か質問あるか?」

 

 

ひかるが渡された資料を作戦行動用のテーブルに置く。

特任隊の面々の中からは、一つの声もあがらない。

 

「はい、じゃあ最後にもう一つだけ。 タイムリミットが三時間である以上、遅れは許されない。

 というわけで、タイムリミットに間に合わなかった者は、置いていかれることもあると考えておけ」

 

「なるほど」

 

ふいに一番隊の先頭から声が上がった。

先頭にいるのは、ジェイク・ランブルグ三等陸佐。

 

「じゃあよ、もしもお前が遅れたんだとしたら、お前を置いていってもいいんだな?」

 

ひかるの前に不敵に立ちふさがり、挑戦的な目つきで睨みつけるジェイク。

年齢を重ねた鋭い眼光に、ひかるは全く屈することなく、

 

 

「かまわねぇよ。 もしも遅れたんだったらな」

 

 

「その言葉、忘れんじゃねぇぞ」

 

 

互いに敵意を剥き出しにして睨みあう二人。

数秒の睨みあいの後に、ジェイクは一番隊を指揮して森へと向かう。

 

それに続く形で作戦を無視して突撃していく隊員たち。

イーリス、セドリックが率いている隊も、森へと向かった。

 

「あれまぁ、みんなして完全に俺のこと無視してくれちゃって………」

 

森へ向かっていく隊員たちを、作戦会議をしていた場、小高い丘の上から見下ろすひかる。

彼は全ての隊員が森へ向かったことを確認すると、町のほうへ向き直る。

 

「まあいいか。 これだけのストレス発散要員がいると………」

 

右手に集まるは紅の業火。

左手に集まるは翡翠の烈風。

 

右手に集まった炎は真紅の刀身に片面がギザギザの形状を持つ剣に変わり、

左手に集まった炎は薄緑色の刀身を持ち、虹色に光る両刃を持つ剣に変わる。


 

「退屈しなくてすむよなァ!」


 

声と同時にひかるは跳躍し、町のど真ん中、魔物たちの群れの中に突っ込む。

空中で一回転した彼は、そのまま両手の剣を振り抜く。

 

 

「フレイム+トルネード! 羽ばたけ! イグニスフロウ!」

 

 

振り抜いた剣から発生した竜巻が原住生物の群れを上空高くまで飛ばし、

その次に現れる紅の火炎鳥が原住生物たちを消し炭に変えていく。

 

ぼろぼろと空中で崩れ、焦げた匂いを辺りに撒き散らしながらそれらは落ちていく。

骨の髄まで焦がし尽くしたそれの雨を浴びながら、彼は剣をもとの風と炎に返す。

 

「さぁて、お次は………、こいつだ!」

 

ひかるは跳躍し、背中に生やした六枚の翼で浮力を得て、その場に浮かぶ。

 

「行くぞ新魔法! スフィアシューター!」

 

『Sphere Shooter』

 

ひかるが両手を水平に掲げる。

それと同時に青色の魔力スフィアが百個、周りに生成される。

 

生成された百個のスフィアはひかるの意思で自由に動き回り、標的を狙う。

壁に隠れているもの、建物の中にいるもの、どこにいようと逃げられはしない。

ひかるの魔力によって操作されているスフィアは、標的を逃がすことが無い。

 

町中に飛んだスフィアは、それぞれ町中にいた生物に命中、

程度の差こそあれ、その全てに傷を負わせて爆砕した。

 

「まだまだ、俺の魔力はこんなもんじゃ尽きたりはしねーよっ!」

 

さらに千、五千、一万、一万五千とスフィアの数を増やしていくひかる。

町の上空には鮮やかに光る青色の球体がずらりと浮かんでいる。

 

「さーてぶっとびなさーい! スフィアシューター・デストラクションシフト!」

 

『Sphere Shooter Destruction Shift』

 

ひかるが両手を振り下ろした瞬間、大量のスフィアが町中に飛び立つ。

建物の影、地面の下、そして空中に残っていたものでさえも、

青色の球体はそれら全てを見逃すことなく、撃墜し、命を奪う。

 

町中で起こる大爆発。 吹き飛び、抉れる大地。

地面に血液が吸い込まれ、建物に鮮血がへばりつき、

爆破され、ぐちゃぐちゃになった死体がそこらに放置されている状態。

 

そこまで、ほぼ完膚なきまでに叩き潰した状態になってようやく、ひかるは地面に足をつける。

砂煙を適当に払い、地面に倒れ伏している生物の死体を踏み潰しながら、彼は町を回って行く。

 

ひかるの眼に宿る眼光は、十三歳の少年のものではなく、

ひかるが漂わせている雰囲気は、紛れも無い殺気。

 

「………まだ生き残りがいやがったか」

 

ひかるが呟きざまにライトニングセイバーを取り出し、横に薙ぐ。

決死の思いでひかるに飛び掛ったライオンに似た生物はあっさりと斬られ、地面に伏す。

血を流し、いまや放っておいても命が尽きるであろうその生物に向かって、

 

 

「ごめんな」

 

 

ひかるは、魔方陣を展開し、高威力のフォトンディザスターを放った。

生きる希望も、生きるだけの力も無かった生物は、あっけなく、この世から消えた。

 

『いいのですか?』

 

「いいさ。 今更、汚れた手が更に汚れたって、気にする必要ないだろ」

 

『そういうことではありません』

 

うつむいているひかるに語りかけるライトニングセイバー

 

 

『マスターの気持ちが、納得しないでしょう』

 

 

どんな形であれ、"生きているものを殺すこと"は罪である。

どれだけ正当な理由をつけたところで、それは変わらない。

 

「………ああ納得できないさ。 なんで、こいつらはこういう目にあわなくちゃならないんだろう。

 いつだって、悪いのはこいつらじゃない。 俺たち狩っている側が悪いんだろうが………」

 

自分の拳にこれ以上ないくらいの力を込めるひかる。

"今までずっと殺してきたから"、"罪"の大きさがよくわかるから。

 

だから、彼は殺しを躊躇わない。

 

自分以外の者の手が、汚れてしまうことを防ぐために。

巨大な罪を背負っていくのは、自分だけで十分だから。

 

 

「腐ってるよな、俺の性根」

 

 

『ええ、どうしようもないと思います』

 

 

淡々と事実を告げるライトニングセイバー

 

「でも、止まるしかないんだ。 誰かが先へ進むために」

 

『ええ、マスターが大切になさっている人々のためにも』

 

罪を知るからこそ、八神ひかるは止まらない。

罪を清算することができないからこそ、ひかるは手を汚し続ける。

罪を着せたくない人たちが、大勢できてしまったから。

 

 

「俺が先に進んでちゃ、いつまでたっても未来はあの子達のものにならない」

 

 

大切な人たちの次の世代に進む力を信じて。

自分は、その中の道標の一つで十分だ。

 

「だから、あいつらにもそろそろ理解してもらわないと」

 

『自分のことをですか?』

 

「いや、あまりにこの喧嘩が不利益なこと」

 

まじめな顔をして少し間の抜けたことを言うひかる。

しかし、デバイスたちは反論することが無い。

 

 

自分のマスターを、これ以上ないくらいに信頼しているから。

 

 

「さーて、あいつらの方はどうなってるのかね………」

 

 

ひかるが住宅地の先に広がる森の方を見たとき、

その森から大きな砲撃音と、炸裂音が聞こえた。

 

一瞬顔をしかめて飛び出すひかる。

 

 

 

 

彼の戦いは、まだスタート地点に辿り着いてすらいない。

 

 

 


 

 

 

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